泊まれるレストラン「オーベルジュ」 霧島の自然に抱かれて過ごす至極の時間

リフレッシュ! 極上旅

旅先をどこにしようか迷ったとき、決め手になるのは、どんな「食体験」ができるかということ。単に「おいしいものが食べたい」というだけでなく、料理を通して、その土地の風土や人々の気質、ときには過去や未来まで感じることができるからです。私が鹿児島県霧島市に行こうと決めたのも、大自然のなかで特別な食体験ができるオーベルジュ(宿泊機能があるレストラン)があるからでした。

野生のシカも現れる、国立公園の中のレストラン

オーベルジュは、宿泊施設も備えたレストランのことを言います。一般的なホテルとの違いは、あくまでも食事が主体であること。多くが郊外にあり、オーナーシェフが地域の特性を生かして料理をしています。その土地の風景のなかで、シェフ特製の食とワインをたっぷりと楽しみ、そのまま部屋に帰って休む。これこそが、オーベルジュのなによりの醍醐味だいごみでもあり、ぜいたくでもあります。

「天孫降臨」の神話が残る霧島神宮近くには豊かな自然が広がる。ここをドライブして、目的地へ

めざしたのは、霧島錦江湾国立公園のなかにある本格的なオーベルジュ。「天孫降臨」の神話が残る霧島神宮を過ぎ、「樹帯トンネル」と呼ばれる道路に入ると、美しいコントラストに迎えられました。訪れたときは、ちょうど紅葉のまっさかり。真っ赤に色づいたモミジや黄色いイチョウがトンネルのように続く景観は、この地に残る神話や伝説と重なり、神秘的にさえ感じます。

ふと森の中に目を向けると、野生のシカが! 思わぬ出迎えに気持ちを高ぶらせながら、「オーベルジュ異人館」へ到着しました。標高約600メートルに位置する英国調の洋館が、この日の宿泊先です。

オーナーシェフの金澤智玲さんは、駐ポルトガル日本大使公邸で料理人を務め、その後、リスボンで人気のレストランを営んでいた方。帰国後の2017年秋、もともとここにあったペンションを引き継ぎ、オーベルジュとして再スタートさせました。栃木育ちで霧島には縁のなかった金澤さんが新しい活躍の場としてここを選んだのは、豊富で質の高い食材と、ヨーロッパに似た自然環境があったからだといいます。

野生のシカがひょっこり庭に現れるのは日常茶飯事。豊かな自然の中に立つ「オーベルジュ異人館」

ポルトガルは料理が飛び切りおいしくて、日本との歴史的つながりも深く、文化も魅力的な、私が大好きな旅先のひとつ。そんな国で腕を振るっていたシェフが霧島で作る料理には、どんな世界観があるんだろう? そんな好奇心も、私が霧島への旅を決めた理由です。

ポルトガルに渡る前は、フランスやスイス、イタリアなどヨーロッパ各国で腕を振るった経験があり、ポルトガル全土のベストシェフ10人に選出され続けていた金澤さん。輝かしい経歴を聞いてやや緊張してエントランスを入ると、アンティーク家具を配した温かな空間に迎えられました。パティシエの奥様とフロアを担当する娘さんの家族3人で切り盛りするアットホームなたたずまいは、ポルトガルの田舎で泊まった小さく温かなホテルを思い出させます。

アンティーク家具が置かれた館内や緑豊かなテラス。ゆったりとした時間のなかで、心も癒やされる

ゲストルームは英国調のインテリアでまとめられて落ち着いた雰囲気。ホテルや旅館のような豪華さはありませんが、窓の外には静寂の森が広がり、この土地が持つ温かみや深みに包まれるような居心地の良さがありました。部屋のサイズも申し分なく、友人宅に招かれたかのような気分です。

英国調のゲストルームは、邸宅のような雰囲気

なにはともあれ楽しみなのはディナーですが、その前に、温泉へ。オーベルジュといえば、ごちそうとワインを謳歌おうかすることが目的ですが、ここには温泉といううれしいオマケもあるのです。敷地内の別棟に六つの貸し切り温泉があり、営業時間内であれば予約せず自由に入ることができます。

緑を感じる露天風呂や、五右衛門風呂風の浴槽。沈殿している湯の花が舞うほど、お湯は濃厚

「食事が主体だから簡易的な温泉かな?」と、あまり期待せずに行ってみると、予想外に本格的! たっぷりの湯の花で白く濁る源泉かけ流しの単純硫黄泉が、湯けむりを上げていました。お風呂は、森林浴も楽しめる岩風呂や、周辺の緑を映す切り石風呂、五右衛門風呂風のお風呂など、趣がそれぞれに異なります。なにより、予約不要、貸し切りというのが快適。夕飯前にゆっくりとお湯につかって移動の疲れを癒やし、体調も胃袋の準備も万全にして、ダイニングへと向かいました。

オーベルジュの醍醐味をたっぷりと味わうディナー

ディナーは、暖炉の火が温かなレストランで。この日にいただいたのは、アミューズ(先付け)3品、オードブル、スープ、メインディッシュの魚料理と肉料理、デザート3品のフルコース。ワインは、ポルトガル産を中心に300種ほどそろっています。私は日本ではなかなかお目にかかれないポルトガル・ブサコ産の白ワインで乾杯をしました。

フランス産ムール貝のワイン蒸しに、栗とサツマイモの焼き菓子、白ワインソース、青唐辛子味噌みそを添えたアミューズは、ドングリの実をあしらい、霧島の自然を再現したかのような盛り付け。このオーベルジュに向かう途中に車窓から眺めた、まさにあの神秘的な自然風景を思い起こします。

「フランス産ムール貝のワイン蒸し、栗とサツマイモの焼き菓子 白ワインソースと青唐辛子味噌とともに」(左)は、秋の霧島を思わせる一品。右は「石川県能登島の赤土で作られた素麺南瓜、オマールエビを海老味噌メレンゲと柑橘つゆとともに 宮城県産ぶどう三種」

宮崎県産の天然の山栗のスープは、串に刺した山栗のフリットが添えられていて、ちょっと遊び心のある一品。使う材料は地元のものばかりではありませんが、これは食材へのこだわりが強いからこそ。霧島の食材も積極的に使う一方、全国各地の旬のおいしいものを探し出し、それらを見事に融合させて料理に仕上げています。地産地消にこだわらない自由な発想が生まれるのは、培ってきた経験や料理への信念があるからこそなのでしょう。

オードブルは「フォアグラのエスカロップ 福岡県産の巣みつで レッドオニオンとチョリソのミルフィーユ 柑橘ソースとともに」(左)。スープは「宮城県産天然山栗のスープ 宮城県加藤牧場のミルクの泡 天然山栗フリット 小林産和紅茶パウダー添え」

メインの魚料理には、「津本式究極の血抜き」を施し14日間熟成させた、宮崎県産イサキのコンフィーの登場です。「津本式究極の血抜き」は、魚の持つうまみを最大限に引き出すための処理法のこと。柚子ゆず味噌や木の芽味噌といった素朴な里山を思わせるソースと、熟成したイサキが絶妙にマッチして、「魚は断然、刺し身派」の私も、とてもおいしくいただきました。

メインの魚料理は「宮崎県産津本式“究極の血抜き”熟成14日目イサキのコンフィー 柚子味噌、木の芽味噌、焼き茄子ソースとともに 野菜のエクレア、マイクロリーフのサラダ添え」(左)。肉料理は「鴨の低温調理 アサリとコンソメのスープ ゴボウ、葉ゴボウ、ネギ、里芋とともに」。和食の食材が見事にフレンチに仕上げられている

フルコースを食べて、ワインを飲んで、そのまま部屋に直行できるのが、オーベルジュの醍醐味。翌朝もしっかりと温泉を楽しんで、朝ごはんをいただきました。

朝食は、窓の外に緑を眺め、朝の柔らかな日差しを感じながら

オムレツやサラダ、スープなど、一見するとオーソドックスな朝食は、霧島や石川県・能登の生産者から届いた野菜や卵、牧場育ちの黒豚が使われていて、一皿一皿にストーリーを想像します。朝の柔らかな日差しが差し込むテーブルは気持ちよく、食後のポルトガルコーヒーまで、ゆっくりと楽しむことができました。

オーベルジュ異人館

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芹澤和美
芹澤和美(せりざわ・かずみ)
旅行ライター

 編集職を経て、1996年、中国・上海へ短期留学。帰国後、フリーランスの旅行ライターとして活動。主なフィールドは、98年から通い続けているマカオや、中国語圏、アジア、中米、南アフリカ。主に、旅行雑誌やカード会員誌、機内誌、新聞などで国内外の旅行記事や紀行文を掲載。著書に『マカオノスタルジック紀行』(双葉社)。

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