居心地抜群、好奇心も刺激される天草の「本屋と活版印刷所」

リフレッシュ! 極上旅

活版印刷でつくったポストカード(写真左)と絵本作家・永田有実さん作の豆本

熊本・天草エリア北東部の上天草市からスタートした天草地方の旅も、いよいよ終わりに近づきました。最終日は、中心部にある天草市の街中へ。ここでも、個性的かつすてきな文化と、それを生み出す人々に出会いました。イルカが泳ぐ美しい海や豊かな緑で知られる天草は、知る人ぞ知るカルチャー発信地。天草の旅を終えたとき、いつも心が満たされているのは、そんな文化に刺激を受けているからなのかもしれません。

タイポグラフィーの美しさにうっとりする活版印刷

天草市本渡は、レストランやカフェ、ホテルが点在する天草地方の中心部。そのなかに、「本屋と活版印刷所」という、ユニークなネーミングのショップがあります。その名に誘われて店内に入ると、ほのかなインクと紙の香りに迎えられました。

街の中心部にあって立ち寄りやすい「本屋と活版印刷所」

一体どんなお店かといえば、店名どおり。一つ屋根の下に、本屋さんと活版印刷所があります。活版印刷というのは、昭和中期まで主流だった、鉛や樹脂製の活字を組み合わせた版(活版)を用いる印刷技法のことをいいます。

真っ先に視界に飛び込んできたのは、活字だけを使ったデザイン「タイポグラフィー」のポスターです。プリンターで印刷された文字や、パソコン、スマートフォンで読むことに慣れている目には、とても新鮮に映ります。

長島さんのタイポグラフィー作品は、公式ウェブサイトのオンラインショップからも購入可能

ポスターの作り手は、「NINE  LETTERPRESS」の長島裕介さん。古い木活字や手動の印刷機を用い、文字の配列やインクののせ方などを工夫しながら、手作業でポスターやポストカードを制作しています。

木の枠に文字を組み合わせた後、明治時代から使われてきた印刷機で印刷をする

グラフィックデザイナーとして活動していた長島さんは、「デジタルではない文字」の面白さに気づき、6年ほど前に、熊本市で本格的に活版印刷を始めました。その後、故郷の天草へ。

奇しくも、ここ天草は活版印刷との関わりがとても深い場所。16世紀、ヨーロッパを旅した天正遣欧少年使節が天草に伝えたのが、活版印刷機(グーテンベルク印刷機)でした。この印刷機を使って、「伊曾保物語(イソップ物語)」をはじめとする多くの書物が天草で出版され、1500部のベストセラーになったともいわれています。当時のヨーロッパでの出版部数は300~500部。ヨーロッパはもちろん、江戸からもはるか遠い地方で、想像を超える大フィーバーが起きていたのです。

出版元はコレジヨ(宣教師を養成する大神学校)。ここでは、ラテン語や哲学、天文学、芸術など、高度な学術が教えられていました。コレジヨで学ぶ人々は、読み書きができただけでなく、当時のほとんどの日本人が知らなかった「地球が丸い」ということも理解していたのだとか。

手作業のため、擦れやにじみの出方は、一枚一枚が異なる

長島さんは、そんな活版の文化が色濃く残る天草だからこそ、ここを拠点にしたかったのだといいます。全国各地から貴重な活版印刷機を譲り受けたり購入したりして、体制を整えたそうです。使われる機械や道具は最新のものではなく、使い込まれたもの。それなのに、そこから生まれる文字のインパクトは大きく新鮮です。

まるでおもちゃのような印刷道具。見ているだけでワクワク

「文字を並べる、刷る。そのアナログな仕掛けが面白いんですよ。男はみんなこういうのが好きじゃないかなあ」。そう話しながら手元を動かす長島さんは、なんだか楽しそう。刷り上がった紙には、生き生きとして温かみのある文字が浮かび上がっていました。デジタルプリントの文字にはないかすれや凹凸、インクのにじみ……。なんともいえないその風合いが、天草の印象と重なります。

伝えたい、読ませたい本だけが並ぶセレクト書店

隣の本屋スペースに並ぶのは、店主の永田ながた有実ゆみさんがセレクトした本。絵本作家でもあり、デザイナーでもある彼女自身が、「多くの人に読んでもらいたい」と思うものだけを販売しています。

活版印刷所と同じ屋根の下に、愛あふれる本屋さんが

その多くは、「ミシマ社」(本社・東京都目黒区)をはじめ、小規模ながらも独創的な本を続々と生み出している出版社の本です。その傍らには、永田さん手書きの推薦コメントが添えられています。

「ミシマ社」の情報や、手書きの推薦コメントもじっくり読みたくなる

永田さんがこの書店を開くきっかけになったのは、天草で年に1度開催されている「アマクサローネ」。陶芸や絵画、写真などを手掛ける様々なクリエイターが一堂に集う見本市です。実行委員でもある永田さんは、大好きなミシマ社からゲストを招き、トークライブなどを開催しているうちに、「本を大切に売る書店を天草に作りたい」という思いを強くしたといいます。さらに、アマクサローネでは、活版印刷を手がける長島さんとの出会いもありました。

やがて長島さんから提案があり生まれたのが、「印刷ができる本屋さん」でもあり、「本が買える印刷屋さん」でもあるこのお店です。アイデアを出し合い、内装もできる限り自分たちで行い、今年4月にオープンが実現しました。コンセプトをインテリアにも表現しようと、床はペーパーバッグフロアに。クラフト紙を破って貼り、接着剤と墨汁を混ぜて仕上げるお手製の床が、“らしさ”を醸し出しています。

絵本作家である永田さんが作る、手のひらサイズの豆本。そこには、天草の昔話や伝説が描かれている

「2016年の熊本地震の直後は、なにより本ばかりを読んでいました。力を取り戻すことができた本の力はすごい。そのときから、作っては捨てられていく印刷物ではなく、残っていく本を大切にしたいと、強く思うようになったんです」と永田さん。そんな彼女の視点で選んだ本であればなおのこと、読んでみたいという気持ちになります。

居心地のいい店内でじっくりと本選びを楽しんだ後、私は1冊購入。紙質や色で選んだブックカバーをつけてもらい、活版印刷のしおりを挟んでもらうと、「自分だけの本」になったような気分になるから不思議です。

本はすべてオリジナルのしおり付きで販売。大切に使いたくなる温かみのあるしおりは活版印刷によるもの

永田さんと長島さんの目下の夢は、活版印刷による本を天草で出すこと。400年以上前にこの地で素晴らしい本が作られたように、再び、天草らしい本が生まれる日が、今からとても楽しみです。

本屋と活版印刷所
NINE  LETTERPRESS

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芹澤和美
芹澤和美(せりざわ・かずみ)
旅行ライター

 編集職を経て、1996年、中国・上海へ短期留学。帰国後、フリーランスの旅行ライターとして活動。主なフィールドは、98年から通い続けているマカオや、中国語圏、アジア、中米、南アフリカ。主に、旅行雑誌やカード会員誌、機内誌、新聞などで国内外の旅行記事や紀行文を掲載。著書に『マカオノスタルジック紀行』(双葉社)。

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