古刹めぐりに山城の歴史ロマン…緑豊かな能登の山へ

リフレッシュ! 極上旅

 海のイメージが強い能登ですが、それに劣らず、緑豊かな山も魅力です。1泊2日の能登の旅、海を満喫した翌日は、山寺と、七尾市の市街地を見下ろす山城跡へ。自然のなかに歴史が薫る環境は、知的好奇心を刺激しつつも、心を癒やしてくれます。

静寂に包まれた瞑想の道

 ややスピリチュアルなその名にかれて歩いたのは、「山の寺瞑想めいそうの道」。山の中に寺院が点在し、それぞれが散策路で結ばれています。

 ここに寺院群が誕生したのは今から400年も前のこと。後に加賀藩の初代藩主となる前田利家が能登の国の領主として小丸山に居城を築いた際に、敵から城を守る目的で29の寺院を配置したのが始まりです。現存するお寺は16。真宗寺院を除くさまざまな宗派の寺院が混在する、珍しい場所でもあります。

竹がうっそうと茂る「山の寺瞑想の道」を深呼吸しながら散策

 寺院群の入り口にある案内板には、「隠れキリシタンの寺」や「開運様の寺」、「七不思議の寺」など、それぞれのお寺の特徴が記されていて、興味を誘います。きっと、ひとつひとつにストーリーがあるに違いありません。

 とはいえ、すべてのお寺をじっくりと見て回ると1日はかかってしまいそう。今回は、ちょっと駆け足で巡ることにしました。

七尾市内からほど近いのに、山奥まで来た気分

 江戸時代の禁教令下、ひそかにキリシタンを保護していた本行寺ほんぎょうじ、日親上人の直筆マンダラがまつられる本延寺ほんねじ、地獄絵が描かれた閻魔堂が子どもの道徳教育に利用されたという西念寺さいねんじ……。どのお寺にも、歴史をしのばせる逸話や貴重な文化財が残されています。

こけの緑が美しい長齢寺(ちょうれいじ)の庭。前田家との縁が深く、貴重な寺宝が残る
西念寺へと続く、杉並木の参道を歩く

 すべてのお寺を拝観することはできませんでしたが、緑が薫り、野鳥のさえずりが響き渡る中を歩くだけでも、癒やし効果は抜群。「山の寺瞑想の道」は自然豊かな環境にありますが、七尾市街地から近く、アクセスは良好です。

天空の都市を思わせる七尾城跡と、レトロな歴史街道へ

 能登半島きっての絶景スポットが、七尾城跡。七尾湾を一望する標高313メートルの山中に残る山城の跡で、日本百名城と日本五大山城にも数えられています。

 築城は戦国時代真っただ中の16世紀前半。能登国の守護職だった畠山氏により、全国屈指の規模を誇る城が建てられました。山の地形を巧みに生かし、尾根にまで無数の砦を配置したダイナミックかつ堅固な城構えは、城攻めの名手、上杉謙信もうならせたのだとか。

 1577年、謙信の攻撃により落城した後は、経済・交通の中心地に政治の拠点が移され、交通が不便だった七尾城は廃城に。天災にも遭わず、場所柄、開発の手が入らなかったことが幸いし、みごとな石垣がほぼ当時のままの姿で残されています。

尾根に無数の砦を配置した大規模な城郭跡

 石垣は決して高く積み上げられているわけではないのですが、何段にも続いていて、下から見上げるとかなりの迫力。周辺には人工物がなく、しんと静まり返っていて、武将たちが命をかけて戦った時代にタイムトリップしたような気分になります。

本丸跡からは、七尾湾と七尾市を一望

 この城が面白いのは、単なる立てこもりの城ではなかったということ。多くの屋敷が点在し、日常的な政治活動や生活が営まれた場でもあったといいます。まさにここは、天空の都市。今は本丸跡から市街地を望むように、当時の人はふもとの城下町を眺めながら暮らしていたのでしょうか。

 山城を後にして向かったのは、七尾市内の一本杉通り。500メートルほどの通りには、寄せ棟造りの町家とモダンな建物が混在して、独特の風情を醸し出しています。

昔ながらのたるで醤油を仕込む一本杉通りの「鳥居醤油店」
創業80年の「昆布・海産物處 しら井」では、名物の昆布巻きをテイクアウト(一本杉通り)

 室町時代はメインストリートだった一本杉通りは、今はレトロな商店街。大正ロマンをほうふつとさせるカフェやギャラリー、天然醸造で醤油しょうゆを造る昔ながらの醤油店、老舗の海産物店をぶらりと練り歩くのが楽しい場所でした。

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芹澤和美
芹澤和美(せりざわ・かずみ)
旅行ライター

 編集職を経て、1996年、中国・上海へ短期留学。帰国後、フリーランスの旅行ライターとして活動。主なフィールドは、98年から通い続けているマカオや、中国語圏、アジア、中米、南アフリカ。主に、旅行雑誌やカード会員誌、機内誌、新聞などで国内外の旅行記事や紀行文を掲載。著書に『マカオノスタルジック紀行』(双葉社)。

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