フロストフラワーが浮かぶ 冬の川をカヌーで漂う

リフレッシュ! 極上旅

 厳冬期にしか見られない絶景に出会うべく、旅をした冬の「ひがし北海道」。風景を眺めるだけではなく、自然のなかに飛び込んでいくアクティビティーも体験しました。トライしたのは、静寂に包まれた早朝の川を行くカヌー。朝の太陽をキラキラ反射する川と雄大な湿原は、厳しい寒さを忘れさせてくれます。

高台の小さな宿から、雪景色の湿原を見渡す

 ふだんは寒い場所に行くのが大の苦手ですが、この旅で一番楽しみにしていたのが、早朝のカナディアンカヌーツアー。舞台となる釧路湿原は、東京23区がすっぽりと収まるほど広大なエリアに多種多様の動植物が生息する、自然の宝庫です。一般的に観光のシーズンは4月下旬から9月にかけてといわれていますが、最低気温が氷点下になる冬も、自然は生き生きと輝いています。

 宿泊したのは、釧路湿原に接する標茶町塘路しべちゃちょうとうろの高台に建つ「とうろの宿」。ドーム型木造3階建ての建物が周辺の自然にしっくりと馴染なじむ、欧風の民宿です。オーナーの小川清史さんは、日本で唯一のアウトドアガイドの資格である「北海道アウトドアガイド」に認定されたカヌーイスト。年間を通してカヌーツアーを行い、厳冬期も、気温が最も下がる季節だからこその美しい自然を案内しています。

高台に建つドームハウスが目印の「とうろの宿」

 前日に宿泊した帯広から塘路まで、冬は車で約3時間。到着した塘路の集落には、コンビニもスーパーも、街の喧騒けんそうもありません。代わりにあるのは、雪化粧をした幻想的な白樺林と、その中を走る機関車「SL冬の湿原号」が鳴らす汽笛の音でした。

リビングから集落と湿原を一望。望遠鏡をのぞいてみると、野生のシカが!

 湿原が広がる集落はとても静かで、大自然に抱かれているかのよう。さらに、「とうろの宿」のリビングにある大きな窓から湿原を眺めていると、跳びはねるエゾシカたちを発見! この景色を眺めるだけで、旅の疲れも忘れてしまいます。

ドーム型の建物は、リビングの屋根が高く開放的
夕食(予約制)は、地元のものをはじめ北海道産の食材を多用。この日は、サケとイクラの親子ご飯や、塘路湖産わかさぎ、鶴居ポークを堪能

 宿泊は基本的に朝食付きで、冬季(10~6月。一部期間を除く)は夕食(予約制)もいただくことができます。鶴居ポークのロールキャベツグラタンや塘路湖産わかさぎの南蛮漬けなど、地元の食材をおいしくたっぷりと楽しめたことにも大満足。パワーをチャージしてぐっすり眠り、翌朝のカヌーツアーに備えました。

野鳥が飛び交う幻想的な冬の川

 翌朝、釧路川支流のアレキナイ川へカナディアンカヌーを漕ぎだしたのは、ちょうど日の出の時間でした。夜行性動物が眠りにつき、鳥たちが飛び交う早朝の湿原は、想像以上に生命力に満ちています。ちなみに、私は早朝に出発するコースを選びましたが、ちょっとのんびり、9時からスタートするコースもあります。いずれも2時間にわたってマイナスの気温の中にいるので寒さ対策はマスト。安全のために、宿で用意するドライスーツも着用し、万全の態勢で臨みます。

湿原の中を流れる釧路川を、湿原を踏み付けることもなく行けるのも、カヌーの魅力(写真:武居台三)

 アレキナイ川で最初に迎えてくれたのは、樹上から鋭い視線を投げる黒い鳥。

 「あの鳥はオオワシ。よく似たオジロワシよりも全体的に黒く、肩の部分が真っ白なので見分けがつきます」

 小川さんのテンポのいい解説を聞いていると、南アフリカのブッシュのなかで体験した野生動物ウォッチング、サファリを思い出します。自然を眺めているというよりも、自然の中にお邪魔している、という感じがするのです。

エンジンがついていないカナディアンカヌーは、ひたすらパドルを漕いで前に進む。ビギナーでも、小川さんがアドバイスしてくれるから安心(写真:武居台三)

 聞こえるのは、パドルが水を切る、チャプチャプ……という音だけ。木々を水面みなもに映して鏡のように見えるアレキナイ川は、しだいに高くなる太陽を反射して、キラキラと輝いています。アトラクション的なものはまったくなく、ただただ、りんとして静か。人が暮らす街で、こんな環境が守られていることが驚きです。

 目の前の自然はあまりにも珍しく、つい、もっともっと、動物の近くに行きたくなってしまいます。でも、小川さんは決してむやみに近づいていこうとしません。

 「動物がいたらそっと見守る、細い川があってもカヌーは入らない……そういった姿勢でいることも、自然を守ることにつながります。自然は来る人を拒まず迎えてくれるからこそ、考えて行動したいですよね」と小川さん。

釧路湿原は、日本で最大級にして、日本で初めてラムサール条約に登録された湿地(写真:武居台三)

 日本最大級の湿原には、釣り人、カヌーイスト、野鳥を守る人など、いろいろな人たちがやってきます。誰もが釧路湿原の自然を愛しているけれど、それぞれに視点は異なり、環境を守るのは簡単なことではないのかもしれません。

 カナディアンカヌーを漕ぎ始めて、気づけば2時間。出発したころは薄紫色をしていた一帯は、すでに明るくなっています。ふと、目にしたのはフロストフラワー。厳寒の冬の朝、氷の上に水蒸気がのぼることで生まれる氷の結晶です。まさに「霧の花」という名のとおり、水面に咲き乱れているかのよう。出発する前は寒さばかりを心配していたのに、寒いからこそ現れる絶景に、すっかり引きこまれてしまいました。

川や湖の水面に張った氷の上に、氷から立ち上る水蒸気が付着して氷の結晶を作り、できあがるフロストフラワー
カヌーツアーを終えて宿で手作りの朝食。焼きたてのパンと、近隣の農場で作られる牛乳のおいしさに感動!

 釧路湿原はまもなく春。気温が高くなるにつれ、私が見た真冬の自然とはまた違った景色を見せていることでしょう。行くなら、ベストシーズンをめざしたいもの。

 「いつがベストかといえば、人それぞれでしょうね。木々の葉がない冬は野生動物を見やすくなるし、繁殖期で野鳥が多く飛来する4月から6月にかけては、鳥好きの人におすすめ。冬から春にかけては遠くに春を感じ、秋から冬にかけてはちょっと寂しくなる。そんな季節の移り変わりも素晴らしいですよ」と小川さん。

 季節を変えて美しい姿を見せる釧路湿原はきっと、いつ訪れても、私たちをおおらかに迎えてくれるのだと思います。

とうろの宿

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芹澤和美
芹澤和美(せりざわ・かずみ)
旅行ライター

 編集職を経て、1996年、中国・上海へ短期留学。帰国後、フリーランスの旅行ライターとして活動。主なフィールドは、98年から通い続けているマカオや、中国語圏、アジア、中米、南アフリカ。主に、旅行雑誌やカード会員誌、機内誌、新聞などで国内外の旅行記事や紀行文を掲載。著書に『マカオノスタルジック紀行』(双葉社)。

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