ぶらりと訪れた三島(静岡県)の旅のお土産は、鞄いっぱいのお菓子でした。三島は、知られざるスイーツ処。創業100年を超える老舗や、文人も愛した洋菓子店、路地裏にあるのに大人気の甘味茶屋さん……。小さなお菓子には、歴史や作り手の思い、いろいろなストーリーが秘められていました。
世代を超えて愛される老舗の和菓子
三島に100年以上続く和菓子屋さんがあると聞いて訪ねたのは、「あさ木」。住宅街にあるお店は、老舗であることを主張するでもなく、温かくて素朴な雰囲気にあふれています。
創業は1910年(明治43年)。ルーツは、あめやせんべいなどを売る「朝木商店」に遡ります。外観こそ「街のお菓子屋さん」ですが、店内に入ると目に映るモノクロの古い写真や、かつてお祝いの席に出されていた落雁を焼くための型が、この店の歴史を物語ります。

三島の人たちに「チョコまん」と呼ばれ、愛されているのが、ロングセラーの「チョコレート饅頭」。生クリームを入れた黄身餡とココア生地を焼き上げ、チョコレートでコーティングしたお菓子です。食べてみると、甘すぎず、とても上品な味。シンプルな見た目からは想像がつかない独特の風味は、しっかりと味わって食べたくなります。

このチョコまん、人気商品でありながら、9月下旬から翌年5月頃までの間しか販売されていません。理由は、気温や湿度が高い時期は、チョコレートを均一にコーティングするのが難しいからです。これも、一つ一つていねいに手作りしているからこそ。「いまだ試行錯誤の毎日ですよ。ただただ、気持ちを込めて作っています」。菓子職人歴50年以上の3代目、朝木保博さんの控えめな言葉に、このお店が世代を超えて愛される理由を垣間見た気がしました。

三島の誰もが知る洋菓子の老舗といえば、1932年(昭和7年)創業の、太宰治も愛した「ララ洋菓子店」です。当時は「喫茶ララ」という名だったこのお店に太宰治が通っていたのは、小説を書くため三島に滞在していた34年の夏。洋菓子とコーヒー、そしてレコードからBGMが流れるハイカラな環境を気に入り、毎日のように訪れていたといいます。
太宰がここに足しげく通ったもう一つの理由は、お店の美人ママのファンだったからとも。そのママこそ、初代オーナー・菊川儀雄さんの妻・千代子さん(ともに故人)です。千代子さんは東京から三島に嫁ぎ、「これからは洋菓子も人気が出るはず」と、三島で初めて洋菓子店を夫婦で開業した、チャレンジ精神旺盛な女性です。

55年頃から看板商品となっているのが、「ベビーシュークリーム」。その名のとおり、一口サイズの食べやすいシュークリームです。「小さければ、和菓子のあめ玉のように簡単に口に放りこめて食べやすい」と考案したのは儀雄さん。確かに、直径4センチほどのかわいらしいシュークリームは、散策しながら食べるのにもぴったりです。

発売開始から長い年月が経った今、ベビーシュークリームは三島のソウルフードに。2代目の恒明さん、3代目の儀明さんが、時代に合った新商品を開発しつつ、伝統の味を守り続けています。奇をてらわないけれど探求心もある、こんなお店が私は大好きです。
和と洋がミックスした、三島風スイーツをお土産に
三島きっての名所、三嶋大社のすぐ近くで1936年(昭和11年)から続いているのは、「兎月園」。三島のおいしい水で炊き上げたあめを使った美しい上生菓子は、舌だけでなく目も楽しませてくれます。
お土産にしたくなるのが、桜の花の塩漬けをあんに入れた焼き菓子の「三島ざくら」です。繊細な花びらを模したパッケージをワクワクしながら開いて口にすると、しっとりとしたカステラ生地が舌に乗って、幸せな気分に。その後は、こしあんの優しい風味と、桜の花の塩漬けのしょっぱさが、絶妙に混ざり合います。

お酒が好きな私が一番気に入ったのは、洋酒入りの栗あんをココア風味のソフトクッキーで挟んだ「ブイマロン」。コーヒーや紅茶だけでなく、ウイスキーにも合いそうです。

老舗ながら、スポンジケーキに和三盆を使うなど、和菓子と洋菓子のテイストをミックスしているのは、3代目ご主人のアイデアです。上品ながらも冒険心のあるお菓子は、オリジナル感にあふれています。
ここからすぐ近くの「甘味茶屋 水月」は、表通りではないにもかかわらず、地元で話題のお店です。名物は、糖度がとても高い三島甘藷(サツマイモ)を使った「三島甘藷どらやき」。見た目はごく普通のどら焼きですが、あんにはバターや生クリームが入っています。ふんわりとした皮といい、あんのクリーミーな舌触りといい、和菓子というよりケーキのよう。三島のスイーツはどれも、見た目はシンプル、食べて「おお!」と思わせるお菓子が多いような気がします。

スイーツをたっぷりと味わった後は、地元の方が薦めてくれたベーカリーにも足を延ばしてみました。市街地からは離れた住宅街にありますが、石蔵を利用した建物は、とても存在感があります。その名も「蔵のパン屋 堂の前」。パン職人の女性が工房でパンを焼き、そのお母さんが店頭に立つ、家族で営むアットホームなベーカリーです。
小さな店内には、個性的なパンがずらり。自家製マンゴー酵母を使ったハード系のパンや、トーストするのが惜しくなるようなきめ細やかな「食ぱん」など、パン好きの好奇心を誘うものが並んでいます。香ばしいにおいに誘われて「岩塩クロワッサン」をいただくと、表はさくっ、中は意外にももっちりとした食感に驚かされました。岩塩のしょっぱさも、生地の甘みを引き立てています。

手作りの無農薬野菜や箱根西麓三島野菜など、旬の食材を使う総菜パンも、三島の風土を感じさせてくれます。隠れ家のような石蔵の中で、ゆっくりと焼きたてパンをいただくのは、ぜいたくな時間でした。
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