12月に入り、日に日に忙しさと寒さが増すこの頃。週末は人混みを避けて、どこか気持ちのいい場所へと出かけたくなります。アクセスが便利で、冬も比較的温暖で、レンタカーなしで移動ができて、さらにおいしいものがあれば最高! そんなわがままな旅心をかなえてくれる場所が、富士山を望む静岡県東部にあります。新幹線で45分、湧水に彩られる静岡県三島市へ、ぶらりとショートトリップに出かけました。
ワイルドな日本庭園で水辺の意匠と名作に出会う
JR東京駅から東海道新幹線ひかり号で約45分、こだま号で約55分。東京からは居眠りをする間もなく、三島駅に到着します。のんびりと車窓から海を眺めながら行くなら、東海道線の各駅停車(所要約2時間)で行くのも、贅沢な時間の使い方です。
三島は、街のあちらこちらに富士山の伏流水が湧く水の都。駅の南側に広がる市街地には、せせらぎと、東海道の宿場町だった頃を思わせる小粋な風情が共存しています。
さっそく、駅を出てすぐの湧水スポット「楽寿園」に立ち寄りました。ここは、約1万年前の富士山噴火の際に流れ出た溶岩の地形を生かした日本庭園。もとは、1890年(明治23年)に造営された小松宮彰仁親王の別邸と池泉回遊式庭園です。

落ち着いた風情を想像しながら園内に入ると、そこは意外や意外、野鳥の鳴き声がこだまするワイルドな自然美が。溶岩の上に長い時間をかけて樹木が育ち、出来上がった野趣あふれる自然林と、日本庭園としての情緒が、絶妙にマッチしています。
広大な「楽寿園」の一番の見どころは、溶岩の間から水が湧き出す小浜池。水位は、富士山の積雪量や雨量と関係するとも言われ、最近では6~7年に1度、満水になっています。2018年はその当たり年。変動はあるものの、今は水辺の意匠を眺めるのによいタイミングを迎えています。
小浜池のほとりに立つ京間風高床式数寄屋造りの楽寿館は、かつての宮様の別邸です。自由見学はできませんが、1日6回行われる30分間のガイド付きツアーは見ごたえたっぷり。野口幽谷や滝和亭ら明治期の日本画家が描いた見事な襖絵や板戸絵を間近で鑑賞することができます。単に有名どころの作品を並べているだけではありません。眺めながら春夏秋冬や時間の流れを感じられるような演出に、ただただ感心してしまいました。
国の天然記念物・名勝でもある楽寿園ですが、地元では親しみある存在です。

園内には、メリーゴーランドやミニ機関車、それにアルパカやカピバラがくつろぐ「どうぶつ広場」もあり、ミニ遊園地として近隣の子どもたちの人気を集めています。名勝とは対照的な昭和レトロなメリーゴーランドがどこか懐かしくて、私も童心に帰ってしまいました。
せせらぎを散策して、太古の自然を感じるスポットへ
楽寿園から湧き出した富士山の雪解け水は、三島の街に流れ出ていきます。楽寿園を出たところにあるのは、蓮沼川と源兵衛川。源兵衛川には飛び石やボードウォークが整備されています。歩いてみると、木漏れ日は優しく、せせらぎも聞こえて、まるで森の中に迷い込んだような気分に。
初夏にはホタルが舞うほど美しいこの川は、今の景色からは信じがたいことですが、1960年代は経済成長に伴う地下水のくみ上げなどによって水量が減少。さらに、そこに家庭雑排水が流れ込んで水辺環境が悪化し、「汚れた川」と呼ばれていたこともあるといいます。

かつての姿を取り戻そうと立ち上がったのは、ここに暮らす人々でした。地域住民と企業、団体、行政などが協力して地道な保全・回復活動を行った結果、都市部を流れる河川としては他に類を見ないほどの豊かな生態系を持つ水辺環境が復活したのだそう。風景だけでなく、そうした背景もドラマチックだなあと思います。
もうひとつ、街の中心部で水辺散策を楽しめる絶好の場所が、白滝公園です。楽寿園からは歩いてすぐのところにあります。ところどころにゴツゴツとした溶岩があって、大昔に富士山が噴火した際、ここまで溶岩が流れてきたことを物語っています。太古の自然を感じつつ、しばし、ベンチに座って休憩。

公園を抜けて橋を渡ると、柳の木が並ぶ桜川につながります。川沿いには、住宅やカフェがあって、こちらもなかなかいい雰囲気です。

かつて執筆のために三島に滞在したことがある作家・太宰治は、1940年発表の小説「老ハイデルベルヒ」でこんなふうに三島を表現しています。
――町中を水量たっぷりの澄んだ小川がそれこそ蜘蛛の巣のやうに縦横無尽に残る隈なく駆けめぐり、清冽の流れの底には水藻が青々と生えて居て、家々の庭先を流れ、縁の下をくぐり、台所の岸をちゃぷちゃぷ洗ひ流れて、三島の人は台所に坐ったままで清潔なお洗濯が出来るのでした――。
時代は変わっても、その面影はしっかりと残されている三島の街。やっぱり水辺はいいなあと感じる、週末のショートトリップでした。
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