上海のレトロを満喫! 旧日本人居留地で旅情を楽しむ

リフレッシュ! 極上旅

 日本から飛行機の便数が多く、フライト時間も短い上海は、週末を利用したプチ海外旅行にぴったりの旅先。限られた時間で異国情緒を満喫するのなら、かつての外国人居留地である旧租界エリアの散策がおすすめです。1920年代の「魔都」を思わせる共同租界や、洋館が立ち並ぶ旧フランス租界が知られていますが、旧日本人居留地もまた風情あり。歴史とローカルな暮らしが調和する一帯はどこか懐かしさを覚えて、歩くほどに旅情がこみあげてきます。

パスポートを持たずに渡れた外国、その暮らしの跡地へ

 19世紀半ば、清(現在の中国)がアヘン戦争でイギリスに敗れ、不平等条約である南京条約を結ぶと、イギリスやアメリカ、フランス、ロシア、日本など当時の列強諸国が次々に「租界」と言われる治外法権地区を上海に建設しました。

 日本人が多く暮らしていたのは、虹口(ホンコウ)区の辺り。「日本人租界」とも呼ばれていますが、実際は各国の共同租界の一部です。第2次世界大戦の終戦直前には10万人もの日本人が住み、軍の施設をはじめ、日本人学校や日本人医師がいる病院、商店街もあったといいます。

かつて日本人が多く暮らしていた虹口区には、古い建物が多く残され雰囲気たっぷり

 戦前まで、上海は日本からパスポートなしで行ける“近場の外国”というイメージでした。夢を抱いて上海に渡った人もいたことでしょう。魯迅ろじんと親交を深めた情熱の日中友好家・内山完造や、日本を逃げ出し、妻と世界放浪の旅に出た詩人・金子光晴も暮らしていました。そんな史実にも、ロマンを感じてしまいます。

「多倫路文化名人街」に残る鴻徳堂教会

 そんな旧日本人居留地は、一部が古い建物を残したまま観光スポットとして整備されている一方で、街中にさりげなく歴史的建造物が溶け込んでいたり、庶民の暮らしが垣間見られたりと、独特の風情を醸し出しています。テーマパークではない、ヒストリーを感じさせる普通の街。これほど、旅好きの好奇心をかきたてるものはありません!

ローカルの暮らしを垣間見る 赤レンガ造りの老建築

 目的地は魯迅公園周辺。中心地から地下鉄で虹口足球場駅へ向かい、ここから散策を始めました。まずは日本人居留地だった頃の面影を色濃く残す、全長約1キロのストリート「多倫路(トールンルー)文化名人街」へ。観光客向けに整備されているものの、1920年代築の邸宅や、長屋のような3階建てのレトロなアパート、病院、教会などがそのまま残されています。

「多倫路文化名人街」の道沿いにある3階建てのアパート

 その一角にある、アンティークショップに入ってみました。小さな店内には、昔の電話機やタイプライター、食器、ポスターなど、過日の暮らしを思わせる古道具がずらり。なかには日本語で書かれたものもあり、日本人が暮らしていた頃に使われていたことがうかがえます。

 その見事なコレクションに圧倒されていると、店のおじさんがいろいろな話をしてくれました。この界隈かいわいは「小東京」と呼ばれていたこと、ほかの租界とは異なり、日本人と地元の人との交流もあったこと……。面倒くさそうに店番しているように見えたのに、すごい知識!

「多倫路文化名人街」で入った、アンティークショップ「大上海」の店内

 おじさんが薦めてくれたのが、この店から歩いて5分ほどの長春路(チャンチュンルー)です。訪ねてみると、2棟の赤レンガ造りの長屋住宅に挟まれた道は、風情たっぷり。1930年代に建てられた建物は今でも人が暮らしています。軒先には堂々とパンツが干してあるのに、その上を見ると瀟洒しょうしゃな英国建築らしさも見られて、ちょっと不思議な感じです。

暮らしの中に古い建築が残る長春路

 この雰囲気にかれてさらに歩いていくと、古い赤レンガ造りのアパートが連なる溧陽路(リーヤンルー)が。かつては日本で学んだ女性洋画家の関紫蘭(グァン・ズーラン)や、文学者の郭沫若(カク・マツジャク)も暮らしていたそうですが、今はローカルの暮らしがあります。洋館の屋根の上で猫が昼寝していたり、ベランダにかも肉が干されていたりと、ほのぼのとした雰囲気。

 駅へ戻る途中、歩いたのは名前もロマンチックな甜愛路(ティエンアイルー)です。「甘い愛の道」というネーミングが人気を集めているのでしょう、道路標識をバックにツーショット写真を撮るカップルも見かけました。

メタセコイアの並木がまっすぐに連なる甜愛路
甜愛路の壁画アート(上)、甜愛路の道路標識をバックに撮影する恋人同士も

 メタセコイアの並木が連なるこの通りは、まっすぐに延びる全長526メートルの美しい道ですが、路地に入ると、まるで迷路のような住宅街が。人々の暮らしが息づく古い洋館のアパートを眺めながら、のんびりと散策を楽しみました。

最後はおいしいご飯

 散策の後は、甜愛路の入り口にある小さな麺屋さんで、鴨と春雨のスープ「老鴨粉絲湯(ラオヤー・フェンスー・タン)」のお昼ご飯を食べて大満足。都心部のようにショッピングは楽しめないけれど、歴史的に大切な建物とローカルが共存するこのエリアが、大好きになりました。

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芹澤和美
芹澤和美(せりざわ・かずみ)
旅行ライター

 編集職を経て、1996年、中国・上海へ短期留学。帰国後、フリーランスの旅行ライターとして活動。主なフィールドは、98年から通い続けているマカオや、中国語圏、アジア、中米、南アフリカ。主に、旅行雑誌やカード会員誌、機内誌、新聞などで国内外の旅行記事や紀行文を掲載。著書に『マカオノスタルジック紀行』(双葉社)。

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