桑原あい ピアノ・ソロ「Opera」発売、スランプ脱出の理由

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桑原あいさん

ジャズ・ピアニストの桑原あいさんが、10枚目のアルバム「Opera(オペラ)」(ユニバーサルミュージック)をリリースしました。これまで、多彩なミュージシャンをゲストに迎えてアルバムを制作してきた桑原さんですが、本作は初のソロ・ピアノ・アルバム。「私にとって始まりの1枚」と語る本作に込めた思いや、30歳が目前の現在の心境を聞きました。

シシド・カフカ、山崎育三郎ら選曲の新譜リリース

桑原あい Opera CDジャケット
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【Opera】 「ニュー・シネマ・パラダイス」、「リヴィン・オン・ア・プレイヤー」「星影のエール」など、ジャンルの垣根を超えた名曲・ヒット曲のカバーを中心に全11曲を収録。カバー曲のうち5曲は、桑原の音楽を愛するシシド・カフカ、立川志の輔、山崎育三郎、社長(SOIL&“PIMP” SESSIONS)、平野啓一郎の5人がセレクトした。定価:3300円。

――初めてのソロ・ピアノ・アルバムをリリースすることになった経緯を教えてください。

私は元々、エレクトーン出身で、ピアノの鳴らし方にずっとコンプレックスを感じていたんです。それじゃあダメだと思って、14歳の頃から習っているクラシック・ピアノの先生にレッスンしていただき、ピアノが喜んでくれる演奏の仕方を研究してきました。いつか自分の納得できるピアノの音が出せるようになったら、ソロで演奏して録音したいという気持ちがあったのですが、2、3年ほど前から、納得できる音が少しずつ出せるようになったんです。それで今回、「ソロ・ピアノ・アルバムはどうですか」と提案され、「今だったら」とお受けすることにしました。

――映画音楽、ロック、J―POPなど、幅広いジャンルから選曲されています。演奏するのが難しかった曲はありますか。

シシド・カフカさんがセレクトしてくれたボン・ジョビの「リヴィン・オン・ア・プレイヤー」と、山崎育三郎さんがセレクトしてくれたGReeeeNの「星影のエール」ですね。

「リヴィン・オン・ア・プレイヤー」は、バンド演奏のための曲だし、本来、ボーカルとギター、ベースがないと成り立たないサウンドですから。この曲をどうやったらピアニズムに昇華させられるか、すごく考えました。一方で、原曲の良さも絶対に引き出したかった。出来上がった曲をあらためて聞いてみて、自分でもアレンジをすごく頑張ったなと思います。私自身はボン・ジョビを選曲するなんて絶対に思いつかないので、カフカさんには感謝しています。

――「星影のエール」はどこが難しかったですか。

そもそも邦楽をカバーしたことがなかったので、どうやってアレンジしたらいいのか分からなかったんです。それで、(ピアニストの)小曽根真さんがAIさんの「STORY」をソロ・ピアノでカバーした曲を参考にしました。その曲を聞いたら、「こんなにもシンプルに、こんなにも美しくメロディーを響かせるアレンジをなさったのか」と。アレンジのヒントと勇気をいただきました。

「星影のエール」は、朝ドラ(NHK連続テレビ小説「エール」)の主題歌で、毎朝お茶の間に流れていた曲です。誰でも口ずさめるようなアレンジじゃないといけないと思ったので、いかにメロディーをきれいに伝えるかを考えました。原曲のリズムのままだと、ピアノで弾くとチープな印象になってしまうので、原曲では3連符のところを8分の6拍子にして、ちょっとワルツっぽい感じを出してみました。

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クインシー・ジョーンズの励ましでスランプ脱出

――唯一のオリジナル曲「ザ・バック」は、アメリカの名プロデューサー、クインシー・ジョーンズに捧げる曲だそうですね。

2015年に、スイスの「モントルー・ジャズ・フェスティバル」というコンペティションに日本代表として出演した時のことです。その1年半ぐらい前から、曲が書けないスランプに陥って、音楽が嫌になってしまっていたんです。クインシーは、このフェスティバルを統括する立場で、私が演奏する直前、私のところに来てくださいました。そして、「賞のことはどうだっていいから、今の君の演奏をしてきなさい」と声をかけてくださいました。

演奏本番では、課題曲とオリジナル曲を弾かなければいけなかったのですが、今の私の音を出すにはこれしかないと思って、予定外の即興演奏をしたんです。当然、私は失格になって賞はもらえなかったけれど、クインシーがまた来てくれて、「君の音楽は間違いなくジャズだ。足りないものは何もない。とにかくこのまま弾き続けなさい」と言ってくれました。その瞬間、スランプ中に抱えていた重たいものがスッと落ちたような気がして、涙が止まらなくなってしまったんです。

しばらく彼とおしゃべりをして、最後に「じゃあ、頑張るんだよ」と言って私の肩をたたき、帰っていくクインシーの後ろ姿を見ながら、「今の気持ちを音に残さないと、あとで絶対に後悔する。曲が書けない、スランプだなんて言っていられない」と思ったんです。

――「ザ・バック」とは、クインシーの背中、後ろ姿のことなんですね。

この曲は、日本に戻る飛行機の中で書きました。久しぶりに私の中でメロディーが自然に鳴り出して、「書けたぞ!」って。この時から私はスランプを抜け出して、再び音楽を愛せるようになったんです。だから今回、アルバムに1曲だけオリジナル曲を収録すると聞いた時、「『ザ・バック』しかない」と思って選びました。

――あらためて、「Opera」は桑原さんにとって、どんなアルバムですか。

私の目指すピアニストの姿が、このアルバムで少しだけ形になったかもしれません。ピアニストとしての私の第1幕がようやく開く。私にとって「Opera」は「始まりの1枚」。そんなふうに感じています。

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これからの音楽人生、楽しい予感がしてならない

――ピアニストとして、目指すことは?

60歳の時に、最高の音を出す。それがピアニストとして掲げる目標です。今年9月に30歳になるのですが、これからの音楽人生、楽しい予感がしてならないんですよ。私の歩んだ人生を音楽で映し出したいと思うなら、やっぱり年を重ねていきたいなと。以前は30歳という年齢にあせりを感じていたのですが、今は「30歳になったら、もっと楽しいだろうな」って。今までの30年間よりも、これからの30年間の方が比べ物にならないくらい、濃い気がするんです。それに、ピアニストである前に人として、楽しいことはもちろん、悲しいことやつらいことも全部ちゃんと受け止めようと思っています。 それが絶対、私のピアノの音になるはずだから。

より具体的な目標もあります。それは、作曲家として映画音楽を作ることです。映像に対して音楽がどうやって加担していくかに、すごく興味があるんです。「ニュー・シネマ・パラダイス」のように、メロディーを聞いただけで映像が頭に浮かぶような曲が書けたら最高ですね。

(取材/読売新聞メディア局 田中昌義、インタビュー写真も)

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桑原 あい(くわばら・あい)

1991年生まれ。洗足学園高校音楽科ジャズピアノ専攻を卒業。これまでに10枚のアルバムをリリースし、「 JAZZ JAPAN AWARD2013 アルバム・オブ・ザ・イヤー」、「第26回ミュージック・ペンクラブ音楽賞」、「JAPAN TIMES 上半期ベスト・アルバム(ジャズ部門)」など受賞多数。また、アメリカ西海岸ツアーなど国内外を問わずライブ活動を精力的に行う。このほか、テレビ朝日系報道番組「サタデーステーション」「サンデーステーション」のオープニングテーマ、J-W AVE「STEP ONE」のオープニングテーマを手掛けるなど、活動は多岐にわたる。2018年発売のオリジナルアルバム 「To The End Of This World」(ユニバーサル)がCDショップ大賞を受賞し、世界的プレイヤーであるスティーブ・ガッド、ウィル・リーとのトリオで2枚のリーダーアルバムをリリースするなど、今最も注目を集めるジャズ・ピアニストの一人。