坂井希久子が新作小説、胸ときめく昭和初期と現代女性のドラマ

インタビュー

自由に生きられなかった昭和初期の女性と、閉塞へいそく感を抱く現代女性の人生が交差する人間ドラマを描いた長編小説「花は散っても」(中央公論新社)が、このほど出版されました。著者の坂井希久子さんは、2008年のデビュー以来、恋愛、官能、スポーツ、時代ものと、幅広い分野で小説を手掛けてきました。本作は、文豪・谷崎潤一郎へのオマージュ的な作品だといいます。坂井さんに、執筆の背景や小説家という職業への思いを聞きました。

【「花は散っても」内容】
磯貝美佐は39歳。義母と折り合いが悪く、優柔不断な夫とは別居中。6畳1間のアパートで、アンティーク着物のネットショップを一人で切り盛りしている。ある日、実家の蔵を整理していると、今は亡き祖母・咲子の時代箪笥たんすに大切にしまわれていた銘仙の着物と3冊のノート、そして、美しい少女の写真を見つける。着物は咲子には小さ過ぎ、写真の少女にも見覚えがない。一体、これは誰なのか。謎を解くために、美佐はのこされた3冊のノートを読み始める。そこには、女学生時代の咲子の華やかな生活と、「お姉さま」への甘く切ない思慕がつづられていた。

少女漫画のように「きゅんきゅん」する世界観

――本作は、祖母の遺した手記を孫娘が読むというスタイルで、現代と戦前・戦後の昭和が交互に描かれています。この作品を書いた経緯を教えてください。

元々は、2016年の「谷崎潤一郎没後50年」の企画として、中央公論新社から依頼をいただいたんです。私は、大学の卒論テーマにするくらい谷崎が大好きで、「ぜひ、やらせてください」と乗り気でお受けしました。谷崎へのオマージュなので、谷崎作品の「蘆刈あしかり」と「吉野葛」を下敷きにして、過去と現代がリンクする構成にしたんです。いざ書き始めると、過去のパートを書くのが楽し過ぎて、現在、過去、現在……と順番に書いていくのがもどかしくなって。過去パートだけ一気に書いてしまいました。過去の女性たちと現在の女性の生き方がリンクするような形に現代パートを入れていきました。谷崎への愛が高じ過ぎたせいか、現代パートがなかなか進まず、本当は16年に出版するはずだったのに、21年になってしまいました。「跳躍だけして、着地できるかしら?」という状態で、編集担当をお待たせしてしまいました。

――過去パートの女学生時代の描写は、昭和の少女漫画の世界みたいで、ドキドキして乙女ゴコロに火がつきました。

「きゅんきゅん」していただけました? 咲子が慕う「龍子お姉さま」は、私の中の“美しい”という概念をぎゅっと詰め込んだ存在です。あえて龍子の造作を細かく描写せず、「薄もやを透かして見るように、ぼんやりとうちけぶっている」と表現しています。

――龍子と咲子が銘仙の着物を身にまとうシーンが印象的でした。現代パートの主人公、美佐もいつも和服姿です。坂井さんはずっと着物がお好きだったのですか。

母がよく着ていたので、私も子どもの頃から着物が好きでした。京都に在住中に着付けを習い始めて、東京に出てきてからも、しばらく続けていました。きょう着ているさぎ柄の着物も母のものです。羽織は小説に出てくる銘仙です。色味は華やかですが、獅子の胴が黒いので、きょうの着物に合わせやすいんです。最近、お出かけしてなかったので、久しぶりにウキウキしながらコーディネートしました。

男性の鈍さは、女の人をすごく傷つける

――坂井さんの小説には、個性的なおじいちゃん、おばあちゃんがよく登場します。

祖母と暮らしていたからでしょうね。核家族で育った人と祖父母と同居していた人では、世代間の認識が違うんじゃないかな。祖父母もたまに会うだけなら、「お年玉やプレゼントをくれて、大好き!」になると思うんです。でも同居したら、「これほど面倒くさいものはない」になる(笑)。私の祖母は信じられないほど個性の強い人で、大嫌いでした。嫌いだけど、愛情はあります。自分の祖母ですし、とてもかわいがってもらったから。でも、やっぱり面倒くさい(笑)。そういう微妙な間柄で、戦前生まれの女性が身近にいたのは、小説を書くうえでは良かったですね。母は大変だったと思います(笑)。

――美佐と義父母の会食シーンは強烈でした。ねちねち意地悪なしゅうとめと、何も言えない情けないしゅうと。マザコン夫にもイライラしました。坂井さんは情けない男性をよく描きますよね。

確かに、情けなくてかわいらしい男性と、情けなくてムカつく男性しか出てこないかも。だって、“情けなくない男性”っていないじゃないですか。私、会ったことないかもしれません。「俺は男らしいオーラ」を出している人も、強がっているところが情けない。女性から見たら、男性はみんな情けないんです。

――美佐の夫の要一郞さんも悪い人ではない。ちょっと鈍いだけ。

男性の鈍さって、女の人をすごく傷つける。要一郞も声を荒らげたり、暴力的だったりはしません。妻の気持ちに寄り添おうと努力してくれるけど、肝心なところでとても鈍い。私の夫も結婚当初そうでした。例えば、私が締め切り間際で食事を作る暇がないとき、「じゃあ、俺は外で食べてくるから、気にしないで」と言う。妻も空腹だから、何か買ってくるという、気の利かせ方はしないんです。「ちょっと待って、私のゴハンは?」と言われて、やっと気がつく。男性と女性では気のつくところが違うんだなあと思いました。今は、お互いに理解し合っていますけど。

中央公論新社/1650円(税別)

――登場人物の一人、骨董屋の関くんは買ってきてくれるタイプですね。女の気持ちがよくわかる。しかもイケメン。

そうそう、関くんはそういう気遣いのできる人。イケメンだけど「恋愛対象は男性」というキャラです。登場シーンは少ないですが、彼がいないと物語が進まないというキーパーソンです。最初から、ラストシーンは関くんにしようと思っていたくらいです。

ストレス解消は、猫のもふもふ

――子どもの頃から小説家になりたかったのですか。

物心ついたときから、お話を考えていました。字が書けるようになったら、童話を書いて、絵が描けるようになったら、漫画を描いていました。小学校6年生のときに、平安時代が舞台の漫画を描いていて、十二ひとえがすごく面倒くさかったんです。小説なら十二単をいちいち描かなくいいんだと気がつきました。たまたま、童話で県の賞をもらって、「私は文章で生きていく」と決めました。親にも小説家になると宣言して、20歳を過ぎても言い続けていました。「言い続けていたら、何とかなるもんやなあ」と思っています。

――小説を書くときに、何かこだわりはありますか。

なるべくひねらず、奇をてらわず、素直に書こうと心がけています。デビューしたての頃、「プロ作家になるんだから」という気負いがあって、「二転三転させなきゃ」とか「読者を引きつけるように」とか、すごく考えていたんです。そうしたら、当時の担当編集者に「坂井さん、そんなに頑張らなくていい。あなたは、普通に書けばいいから」って言われたんです。新人賞を突破するには、審査員を「はっ」とさせるものが必要かもしれないけど、この先はいらないからと。なるほどと思って、普通に書いています。

――それは、坂井さんが普通に書いていても十分、独創的だからじゃないですか? 例えば、2008年にオール読物新人賞を受賞した「虫のいどころ」は、主人公の恋人が花粉症を治療するため、サナダムシをおなかに飼う話ですよね。

あれは新人賞を突破するための作品ですから。最初はサナダムシ目線で書こうと思っていたんです。当時、擬人化にはまっていて。トイレの落書きが主人公とか。通っていた小説教室の先生に「面白いけど、小説は人間を書くものだから。坂井さん、まず人間を書こうね」と言われました。サナダムシ目線だったら、落ちていたかもしれません。

――筆が進まなかったり、ストレスを感じたりしたとき、どうしていますか。

うちには猫が2匹います。私は猫さえいれば、それで満たされるんです。猫と日なたぼっこをして、温まった毛の中に顔を埋めて、もふもふしていれば何とかなります。仕事中もずっと膝の上にいて、体重が5キロもあるので、重くてエコノミークラス症候群になりそうです(笑)。

(読売新聞メディア局 後藤裕子/撮影:中央公論新社写真部)

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坂井希久子(さかい・きくこ)
作家

 1977年、和歌山県生まれ。同志社女子大学学芸学部日本語日本文学科卒業。2008年「虫のいどころ」(男と女の腹の蟲)で第88回オール讀物新人賞受賞。12年「泣いたらアカンで通天閣」が読売テレビによりドラマ化。17年「ほかほか蕗ご飯 居酒屋ぜんや」で第6回歴史時代作家クラブ賞新人賞を受賞。著書に「ヒーローインタビュー」「愛と追憶の泥濘」「虹猫喫茶店」「ハーレーじじいの背中」「ウィメンズマラソン」「居酒屋ぜんや」シリーズなどがある。

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