高橋真麻「おっぱいやめた」に罪悪感はいらない

インタビュー

フリーアナウンサーで情報番組のコメンテーターも務める高橋真麻さん(39)がこのほど、初めての著書「ネガティブだった私が見つけた、毎日ポジティブに過ごす秘訣ひけつ」(宝島社)を出版しました。女性誌「steady.」に約年間連載したコラムをまとめた一冊です。今年4月に第1子を出産し、子育てに奮闘中の高橋さんに、ポジティブに生きるコツを聞きました。

コロナ禍の出産で気づいたこと

――初出版おめでとうございます。ご自身のコラムが本になった感想は?

9年間勤めたフジテレビを退社し、フリーアナウンサーになってから、日々のことをつづったコラムが一冊になってうれしいです。しかも「こんなにかわいらしくまとめていただいて、ありがとうございます」という感じです(笑)。

――4月に第1子となるお嬢さんを出産されました。コロナ禍での出産は大変だったのでは?

みなさんに「大変だったでしょう?」と聞かれますが、私の場合は、夫に立ち会ってもらえなかったし、お見舞いも禁止。赤ちゃんとの面会も夫のみに限られて、それはちょっと寂しく思いました。でも、出産に対して、「私は絶対にこうしたい!」という執着もそれほどなかったので、すんなりと自分の中で消化することができました。本にも書きましたが、執着やこだわりを持ちすぎると、それがずれたときのショックが大きいので、あまり持たない方がいいのではと実感しました。

コロナ禍でもっと大変だったのは、絶対に誰一人、妊婦さんに感染させてはいけないと、必死に闘ってくれたお医者さんや看護師さんなど医療従事者のみなさんです。自分より大変な人たちを見ていたので、自分はそれほど大変だったとは思いません。病院のみなさんには本当に感謝しています。

――初孫の誕生に、ご両親もさぞかしお喜びだったのでは。

ようやく親孝行ができたなという感じです。結婚して、出産するまでにだいぶ時間がかかったので、両親はものすごく喜んでくれました。このご時世で、なかなか頻繁に会うことはできませんが、夫婦2人で子供を育てたいという気持ちをくみ取ってくれて、干渉しすぎることもなく、ちょうどいい距離感を保ってくれています。

――ご主人は育児に協力してくれますか?

 私が仕事の時は、代わりに面倒をみてくれます。出産して約半年ですが、夫婦2人でうまくスケジュール管理をして子育てをしています。

――2018年の12月にご結婚され、その直後の大手小町のインタビューで、「主人が『愛している』と言ってくれない」とおっしゃっていました。その後はいかがですか?

相変わらずです。人はなかなか変われないんだなと(笑)。私が理想としている、結婚してもラブラブで、毎日恋人同士のような夫婦というのではないです。主人は、同じクラスの好きな女の子をいじめる男子生徒のような人。ちょっとしたいじわるをしてきたり、いじってきたりするんです。記念日にプレゼントや花を買ってきてくれたり、言葉で「好きだよ」と言ってくれたり、そんなベタな愛情表現はなく、変化球ばっかりです。でも、その変化球を愛情だととらえています。

おっぱいをやめて「卒乳」を決断した理由

――まだお子さんが小さいので、働きながらの育児は大変では?

最近、ブログにも「卒乳しました」と書いたのですが、私は元々おっぱいの出が悪く、マッサージも試したけれど、うまくいかず、落ち込むこともありました。日本ではまだまだ「母乳神話」が根強くあって、「『完ミ(粉ミルクのみを与えること)』はかわいそう」と言われることもあります。「おっぱいをあげられなくてごめんね」と、罪悪感を持つお母さんもたくさんいらっしゃいます。「完母(母乳のみを与えること)」も「完ミ」も、それぞれの事情や体調の問題があり、他人がとやかくいうことではないと思っています。私は、授乳ができない分、話しかけたり、抱きしめたりして、愛情をいっぱいかけています。少しでも同じように悩んでいる人の励みになればと、公表しました。

 不安定な芸能人より、安定した局アナに

――芸能人一家に生まれたのに、なぜタレントにならず局アナに?

父は、私が生まれる前から現在まで芸能界で活躍していて、その姿を見てきています。だから、私もいつか、人前で何かを伝える仕事をしたいなと思っていました。アナウンサーになろうと思ったのは、例えば、食べたものについて自分の声で感想を伝える、見た景色を自分の言葉で伝えるということを仕事にしたいと思ったからです。

もしも病気になったり、トラブルに遭ったりしたときに、翌日から収入が一気に減ってしまう芸能人には、子供心に危機感や不安定さを感じていました。大きな会社に入れば、毎月お給料ももらえるし、福利厚生もしっかりしているし、年金ももらえて、女性は産休育休もあって、お金の面でも保証があって、安定感があると思って、局アナの道を選びました。

――フジテレビのアナウンサーになった後、高橋英樹さんのお子さんということでバッシングされたそうですね。

学生時代は、他人に非難されることは一度もなかったのに、アナウンサーになったとたん、「コネ入社」とか「親の七光り」とか「ブサイク」だとか、雑誌やインターネットの掲示板などですごくたたかれました。「アナウンサーになるために120%の努力をして、ようやくなれたのに、なんですべてを否定されなければならないんだろう」と、驚いたというのが正直な気持ちです。

――仕事面でもなかなかうまくいかなかったのですか?

入社してしばらくは、思うような仕事をさせてもらえませんでした。正直、ネガティブになって腐っていたときもあったけれど、与えられた仕事を一生懸命やっているうちに、徐々に仕事が増えていきました。最初の5年間はつらかったですが、一度うまくいってから風向きが変わって、ポジティブになり、物事がどんどんいい方に動くようになったんです。

――アナウンサーなのに、岩崎宏美さんの「シンデレラ・ハネムーン」を熱唱する姿が人気になりました。

それは、うまくいき始めてからですね。父に「誰がやってもいい仕事こそ、本気でやりなさい」と言われたので、私に求められているであろうことは何でも一生懸命やりました。すると、今まで頭ごなしに「真麻、嫌い」と言っていた人たちが「あれ? 意外にバラエティーで体を張ってがんばっているね」とか「ちゃんと聞いたら、ニュースの原稿もちゃんと読めるね」と評価してくれるようになりました。

フリーになって求められるもの

――2013年にフリーアナウンサーに転身しましたが、それからはバラエティー番組や情報番組に引っ張りだこです。

フリーになってからは、自分に何を求められているのか分からずに悩みました。局アナ時代は、「真麻にこういうことをやらせたら面白い」とか「こういうふうに使ってみたい」といった明確な意図があったうえで、お仕事を依頼されました。でも、フリーになると、初対面の方たちとの初めての仕事で、「真麻さんらしく」と言われ、「えっ!? この人が思う『私らしく』って何?」って。フリーになったばかりのころは、フルスイングして、空振りしてすべるみたいなことが多かったです。とにかく必死でした。

――生放送の情報番組でコメンテーターをされていますが、意見を求められて即座にコメントをするのは大変ではないですか?

コメンテーターって、とても難しい仕事だと思っています。アナウンサーは、基本的にあらかじめ書かれた原稿を読んで、皆さんにお伝えするのが仕事です。そして、番組を進行するために、コメンテーターに話を振るのが役目です。今は全く逆の立場で、アナウンサーさんにコメントを求められて、自分の言葉で意見を言わなければなりません。

私はそんなに思慮深くない方だと思っていて、自分で「何言っているんだ?」と思うこともあります。放送後にインターネットでエゴサーチをして、批判に落ち込むことも多々あります。でも、いろいろな意見があってしかるべきで、どういう意見があるか知りたいし、意見を次に生かそうと思っています。また、知ったかぶりや背伸びををせずに、等身大のコメントをすることにしています。

――共演者と意見がぶつかって、「不仲だ」とネットニュースになることもあります。

人それぞれ意見が違うのは当たり前だし、自分の意見を否定されたからといって、私は今まで、共演者に対して悪い感情を持ったことは、一度もありません。ネットで騒がれることがありますが、共演者は同じ番組を作るプロ同士、信頼関係が成り立っています。ですから、不快に思ったことはありません。

 シンプルライフにシフトチェンジ

――ライフスタイルもシンプルなものにシフトしているそうですね。

モノを減らせば、モノを探す時間は減るし、アップルの元CEOのスティーブ・ジョブズさんのように、同じ洋服をいくつも持って、選ぶ手間を省くというライフスタイルもあります。生活をどんどんシンプルにしていけば、時間を有効に使えるし、暮らしやすくなるのではないかと思います。

――この本を手に取る人に一言お願いします。

具体的に「こうすればポジティブになれます」とか「こうしたら明るく前向きになれます」という内容ではないんです。実際、私自身がいきなりパチッと、ネガティブからポジティブに切り替わったわけではなくて、じっくりじっくり時間をかけて、「負のサイクル」から「正のサイクル」に変わっていきました。今まで気になったいろいろな事柄に、前向きなコメントをしているので、読んでいただいて、ちょっとでも心が軽くなったり、明るい気持ちになったりしてもらえたらと思います。
(取材/撮影・読売新聞メディア局編集部・遠山留美)

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高橋 真麻(たかはし・まあさ)

1981年10月9日生まれ、東京都出身。フリーアナウンサー、元フジテレビアナウンサー。2004年、フジテレビに入社。以降、人気バラエティーや報道番組で司会を務めるなど、現在に至るまで活躍中。父は俳優の高橋英樹。18年12月、一般男性と結婚。20年5月、第1子を出産。