おばたのお兄さん コロナ禍でも収入がアップした理由

DTDX×OTEKOMACHI

小栗旬さんのものまねなどで人気のお笑い芸人・おばたのお兄さん(32)は、コロナ禍で仕事が減ってしまった芸能人が多い中で、むしろ収入がアップしたそうです。ゲスト出演した「ダウンタウンDXDX」(日本テレビ系、10月1日午後9時から放送)の収録後、好調の理由や、今後の目標について聞きました。

――収録はいかがでしたか?

(写真提供:読売テレビ)

いやー、いつもはお笑い以外の芸能人もたくさんいて、その中に何人かお笑い芸人がいるのですが、今回はダウンタウンさんをはじめ、大先輩のずんの飯尾(和樹)さん、尊敬している陣内(智則)さん、パンサーさん、霜降り明星さん、アインシュタインさんと、お笑いのドリームチームのようなメンバーで緊張してしまいました。でも、お笑い技術の高い方たちばかりで、僕をなんとかしてやろうという気持ちで助けてくれました。

「いろもの」でもいいから、一軍の9番バッターになりたい

――そもそも「おばたのお兄さん」という芸名はどこから?

「ひので」というコンビを2016年に解散した後、本名の「おばたかずき」を名乗っていました。当時、「とにかく明るい安村」さんが売れていて、芸人の間でも「キクチウソツカナイ。」みたいな名前を付けるのがはやっていたんです。それで、新しい芸名を付けようというときに、ジャングルポケットの太田(博久)さんの奥さんで、モデルの近藤千尋さんの助言で「おばたのお兄さん」と名付けました。

――呼びにくいと言われませんか?

そうですね。でも、この名前のいいところは呼び捨てにされないことなんです。よく芸人は一般の方に呼び捨てにされます。霜降り明星だったら、「おい、粗品!」「せいや!」って。でも僕は、怖そうな人からも「おばたのお兄さん」とか「お兄さん」って、さん付けで呼ばれます(笑)。呼び捨てにされた感が全くないんです。だから、自分でもめちゃくちゃ気に入っています。

――お笑いの道に進もうと思ったきっかけは?

子供のころから人を笑わせるのが好きで、友達や校長先生のものまねをみんなの前で見せて、笑わせていました。母親は「この子は将来、人の前に立つ子だ」と思っていたようです。でも、「お笑い=吉本」という認識で、「お笑い芸人にはならないで。吉本だけには行かないで!」とずっと言われていました。それを聞いて僕は「行かん、行かん」とかわしていたのですが、全校生徒の前で漫才を披露するほど、みんなを笑わせることが好きでした。

その後、大学進学で上京し、素人もエントリーできる「R-1ぐらんぷり」に出場したのがきっかけで「プロになりたい」と思い、吉本のお笑い養成所NSCに入りました。

――お笑い芸人として売れるためにやったことは?

(写真提供:読売テレビ)

NSCでお世話になった伊集院光さんの言葉に影響を受けました。伊集院さんの芸人草野球チームで、「お前は二軍の4番バッターになりたいのか、それとも9番バッターでもいいから一軍に上がりたいのか、どっちか考えたほうがいいぞ」と言われ、「9番バッターでもいいから一軍に入りたい、お茶の間に出たい」と思ったことが大きいですね。

たとえ「いろもの」と言われてもいいから、小さな劇場じゃなくて、テレビに出たいと思ったんです。世に出るために、わかりやすい小栗旬さんのものまねをして、みなさんに顔を知ってもらいたいと思ったのが大きなきっかけですね。リズムネタ、歌ネタ、ものまね、この三つに絞って、どれかが当たればいいなと思っていたら、小栗さんのネタが当たりました。

外出自粛中、インスタグラムの動画が人気に

――今回の「ダウンタウンDX」は、「今年飛躍した芸人大集合」がテーマでした。インスタグラムの動画が大人気ですね。アプリで子供の顔になってしゃべる「小学生コータ」のあるあるネタや、アニメ「ちびまる子ちゃん」の男子のキャラクターのものまねを一人で演じ分けているのがすごいです。

インスタグラム、TikTok、Twitter、YouTubeをやっていますが、インスタグラムのフォロワーは現在約81万人います。テレビだと出番が短くてあまりできない、細かいネタを中心にネットでやっています。

――最近では、オーディション番組から誕生した女性アイドルグループ「NiziU(ニジュー)」を手掛けた韓国人音楽プロデューサー、J.Y.Park(ジェイ・ワイ・パーク)さんのものまねが人気です。メイクをしていないのに、すごく似ていますね。

J.Y.Parkさんをすごく研究しているので、自信はあります。僕は、ドラマ「花より男子2」で小栗旬さんが演じた花沢類のセリフ「まーきの!」で注目され、そればっかりだと思われているかもしれませんが、他にもいろいろできるんです(笑)。

スポーツ系の資格を取り、ものまね芸人からアスリート芸人へ

――今日の収録では、見事なバク宙を披露していました。スポーツ万能なんですね。

元々、日体大出身で、中高保健体育教諭免許も持っています。外出自粛中はジムが閉まっていたので、家でトレーニングする人たちと一緒にトレーニングができないかと考えました。インスタグラムに「おばたスポーツ」というアカウントもあって、フォロワーと一緒に朝からリモートストレッチをやっていました。それは、ものすごい一体感がありましたね。400人がおそろいのTシャツを作って、それをみんなで着て、リモートストレッチをやったこともあります。

――外出自粛期間中で、お笑いの仕事が減った中、どんな活動をしていましたか?

コロナ禍の影響は、長期戦になると予想していましたが、その時がターニングポイントだと思いましたね。「これは何か行動を起こさないと、絶対に深みから抜け出せない」と思ったんです。

ある日、「何か行動を起こすなら、今だ」と思い立ち、今後どうするべきかを計画し、一日のタイムスケジュールを立てました。そしてしばらくの間、毎朝インスタライブでストレッチをやって、ネタを考えて、動画を撮ってという一日を過ごしました。そうやって目標を持って行動していたら、結果が付いてきたという感じです。あと、朝は脳の活動が活発になると聞いたので、朝食の後、2時間くらい勉強して、メンタルトレーニングスペシャリスト、キッズコーディネーショントレーナー、スポーツフードスペシャリストと、スポーツ系の資格を三つ取りました。午後は休憩をはさんでスポーツ系の仕事をしたり、ネタを考えて夕方に動画を撮影したりして、夕食の後、動画を投稿するという毎日でした。

――コロナ禍で収入が激減したというお笑い芸人も多い中、すごいですね。スキルアップが収入アップにもつながったのですか?

SNSでの直接の広告収入ではなくても、SNSを通じて声をかけていただいて、それがいくつか大きな仕事につながったことがあります。この大変な中、生きていく場というか、生命線が見つかったような気がします。

――17年に小栗旬さんのものまねでブレイクした時には、「一発屋」といった評価をされていました。そこからアスリート芸人へとシフトした原動力は何ですか?

元々実験というか、トライ・アンド・エラーでどういう成果が出るかを見極めるのが好きでした。教科書や参考書を読んで頭でっかちになった人に語られても、「お前、それやってないじゃん!」と思ってしまうんです。自分で実際に体現しないと説得力もないので、学んだことをいろいろやってみようと。

「ひも」呼ばわりされるぐらいがちょうどいい

――先日のスポーツ紙に、奥様でフジテレビ・アナウンサーの山崎夕貴さんが退社してフリーになるという記事が掲載され、おばたのお兄さんがTwitterで否定していました。

フリーになるという事実はありませんが、彼女ももう10年以上フジテレビで働いているし、一生を会社にささげるという時代でもないと思います。「もし、仕事がつらくなったり、ゆっくりしてみたくなったりしたら、いつでも辞めていいよ」とは言っています。

――結婚当初は、人気アナウンサーと「一発屋」芸人との「格差婚」と世間から揶揄やゆされていました。くやしさをばねにして見返してやろうという気持ちはありましたか?

奥さんがアナウンサーだからどうのこうのとは、正直あまり思っていません。なんなら「ひも」と言われるぐらいの方が、芸人としては笑いにつながって面白いと思っていました。それよりも、僕は新潟県魚沼市の出身ですが、新潟で仕事があるとき、地元の人や家族が温かく迎えてくれるのに感謝しています。そんな人たちにも喜んでもらえるよう頑張ろうと思っています。

――今後の目標はなんですか?

インスタグラムのフォロワーを81万人から100万人にすることです。達成したら、何か違う景色が見えると想像しています。こちらからアクションしていくことで、ファンと心を通わせて、小栗さんのネタが好き、J.Y.Parkさんのネタが好きといったバラバラのファンではなく、「おばたのお兄さんが好き」という、強い絆を持ったファンを増やしたいです。あとは、いつか自分たちの家が欲しいですね。稼がなきゃ(笑)。(取材/撮影、読売新聞メディア局・遠山留美)

あわせて読みたい

おばたのお兄さん

1988年6月5日 生まれ、新潟県魚沼市出身。お笑いタレント、アイドルグループ吉本坂46のメンバー。NSC東京校18期生。中高保健体育教諭免許、メンタルトレーニングスペシャリスト、キッズコーディネーショントレーナー、スポーツフードスペシャリスト、SAJスキー検定1級の資格を持つ