東京国立近代美術館の「ピーター・ドイグ展」で、展示作品を解説する音声ガイドナビゲーターを務めているのが、女優・のんさん(26)です。スコットランド出身で、「現代で最も重要な画家の一人」と言われるドイグ氏の個展は日本初開催。“創作あーちすと”と称して自ら絵を描くなど、アートに造詣が深いのんさんが、ドイグ展の魅力について語ってくれました。
――自分の声を聞きながらドイグ氏の絵画を見た感想は?
音声ガイドナビゲーターは3回目ですが、なんか変な感じです。自分の音声ガイドを聞いて、「あそこはこうすればよかったかな?」とかいろいろ気になってしまいました。でも、客観的な感想を言うと、ちゃんと聞きやすくて、前回よりもかなり進歩していたので、よかったと思います。
――声のお仕事としては吹き替えや声優も経験されていますが、音声ガイドナビゲーターならではの難しさはありましたか?
これはこれで難しさがありますね。自分が主役ではありませんし、来場者が絵に没頭できるよう、声がじゃまにならないように気をつけました。演技の場合は役があって、台本を読み解いて、自分を共鳴させる部分を探し出し、自分の感情を動かして、それに乗せていくという作業をします。音声ガイドの場合は、私自身の声で明瞭に説明しなければなりません。かと言って、私自身の「生声」ではだめです。抑揚をつけ過ぎないとか加減が難しく、「聞き取りやすいかな?」って気を使いました。
こういうのもアリなんだ!

――実際にドイグ氏の絵画を鑑賞するのは今日が初めて?
図録で写真を見ていましたが、実際に見るのは初めてです。ピーター・ドイグさんの作品は、写真や絵からインスピレーションを受けて描いた架空の絵なのですが、かわいくて素朴でやわらかな雰囲気があるという印象でした。ところが間近で見ると、素朴さはあるけれど、絵の具の質感や細かいところまで描き込んであるのかと思ったら、森がドロッと溶けたように描かれていて、異様な雰囲気が漂っていました。「こういうのもアリなんだ!」と感心しました。かわいいだけでなく、どこかミステリアスで、狂気のようなものを感じました。直接、実物大で見ないとわからない魅力があり、楽しかったです。
――絵の具の質感など、実際に生で見ないとわからないことも多いんですね。
ひとつの絵の中で、いろいろな絵の具の使い方をしているのを見ることができて感動しました。
――のんさんは“創作あーちすと”としての視点で、ピーター・ドイグさんの作品に刺激を受けましたか?
すごく刺激を受けました。「こんな絵の具の載せ方をするんだ」って。細かく描き込んでいるところと、落書きみたいに大胆なタッチで描いているところがあり、「こんなに自由に描いていいんだ」と、道が開けた気がします。
――印象に残った絵は?

一番は選べませんが、「若い豆農家」や「赤いボート(想像の少年たち)」「ガストホーフ・ツァ・ムルデンタールシュペレ」などが好きですね。「若い豆農家」は、遠くから見るとのどかな雰囲気なのですが、近くで見ると赤い斑点がいっぱい散らばっていて、怖さを感じました。どれも赤色が効果的に使われていて印象的です。ひとつの絵で、のどかさと狂気が同居していて矛盾を感じるところが面白いなと思いました。怖いもの見たさでのぞき見をしているようなワクワク感があります。
「ガストホーフ・ツァ・ムルデンタールシュペレ」もすてきな絵です。細かく描き込まれているのに、木はフニャフニャした吹き出しみたいに描かれていて。空も緑色だし、タッチをそろえないという画法は、もし私だったら勇気がいるなと思いました。いろいろな描き方を研究してキャンバスにぶつけているんだと思いました。石塀の赤色も輪郭を描いているものと描いていないものがあって、そこも奇妙な雰囲気を作り出している気がします。
赤が印象的にたくさん使われていて、かわいさと狂気が隣り合わせになっていました。ホラーチックだけど、おちゃめに描かれているところが好きです。ファンタジーの世界観の中に、ピリッとした鋭いものがあり、すてきだなと思います。
繊維街に行くのが楽しい
――最近熱中している創作活動は?

お仕事の依頼で絵を描いていますが、楽しいです。音楽活動もやっていて、その衣装制作もしています。自分でアイデアを出してデザイン画を描くんです。それをパターンに起こしてくれる方と「こうした方がいい」とか話し合って、日暮里(東京都荒川区)の繊維街に行って、生地やボタンを買ってミシンを踏んで作っています。
――洋服を作っているときは楽しいですか?
楽しくないです(笑)。必死です。やり始めるとアドレナリンみたいなものが出て、他のことを何も考えずに没頭してしまいますが、つらいことの方が多いです。ピーター・ドイグさんも、そんな感じで描いているんだろうなと思いました。でも、生地を買いに行くのは楽しいです。いろんな種類の生地がたくさん売っていて、個性的な店員さんと話しながら、リーズナブルなものや新しい素材を見つけたりできるので。
――オフの時間はどのように過ごしていますか?

ネット配信サービスにいろいろ加入していますし、撮りためたバラエティー番組や映画を一気に見るのが楽しみです。そういう時間がリラックスできて楽しいんです。あとは、お買い物。日暮里、めっちゃ楽しいです。いろいろなお店があって、カオスなところが好きです。
――のんさんはお芝居の役柄もあって、透明感があるイメージですが、ご自身は何色が好きですか?
赤が好きですね。危険で攻撃的な色にも見えるし、かわいくも見えます。絵を描くときは、ピンクとか黄色の蛍光色をよく使います。くすんだ色の中に蛍光色を使うと、ちょっと違和感があって面白いと思います。
のんのガイドがいい線いっています
――ドイグ展の見どころをお願いします

本当に面白い。実物でなければわからない、隠れたクレイジーな部分が感じられます。「どんな気持ちで描いたんだろう」とか、「どんな精神状態で描いたんだろう」といったことを想像すると、ワクワクできて楽しい展覧会です。ぜひ、ご自身の目で直接ご覧になってください。のんが音声ガイドナビゲーターをやっています。なかなかいい線いっていると思いますので、1回は音声ガイドを聞いて、絵の背景とかストーリーを知ってもらって、もう1回は音声ガイドなしで絵だけを感じてもらえれば、2度楽しめると思います。
とてもすばらしい展示なので、早く再開できる日がきたらと願います。心が沸き立つ、想像力を掻き立てる、そういう力を持つ絵は、人にとって大切なものの一部だと信じたいです。
(取材:読売新聞メディア局・遠山留美/撮影:事業企画部・清水敏明)
衣装協力/ISSEY MIYAKE
※本展のカタログの中から、小説家・小野正嗣さんの書き下ろしエッセイと、本展を企画した同美術館の桝田倫広主任研究員の論考を特別公開しています。
日本初個展「ピーター・ドイグ展」
ピーター・ドイグ(1959-)。スコットランドのエジンバラ生まれ。
ゴーギャン、ゴッホ、マティス、ムンクといった近代画家の作品の構図やモチーフ、映画のワンシーンや広告グラフィック、自らが暮らしたカナダやトリニダード・トバゴの風景など、多様なイメージを組み合わせて絵画を制作。
場所:東京国立近代美術館 1階企画展ギャラリー
東京都千代田区北の丸公園3-1
開催期間:2月26日(水)~10月11日(日)
開館時間:10時から17時(入館は閉館30分前まで)※当面の間、金・土曜の夜間開館を行いません。
*入館は閉館30分前まで
休館日:月曜日(ただし8月10日、9月21日は開館)、8月11日,9月23日
観覧料:【当日券】 *( )内は、20名以上の団体料金。
⼀般 1700(1500)円
大学生 1100(900)円
高校生 600(400)円(すべて税込み)
*新型コロナウイルス感染症予防対策のため、日時指定チケットを導入します。
*前売り券をふくめ事前に購入いただいたチケットは、全会期中使用できます。
※6月11日まで臨時休館中ですが、12日から再開し、10月11日まで会期を延長します。
最新の情報は展覧会の公式サイトまたは、美術館の公式ホームページをご確認ください。