振付師・演出家の仲宗根梨乃「マイケルになる!」の次に挑戦したいこと

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米ロサンゼルスを拠点に、ダンサーや振付師、演出家、また近年では女優としても活動中の仲宗根梨乃さん(40)。沖縄出身で、子供のころにマイケル・ジャクソンの出演映画を見て魅力に取りつかれ、19歳で単身渡米、成功を収めました。ゲスト出演した「ダウンタウンDX」(日本テレビ系、5日午後10時から放送)の収録後、ダンスへの思いと、将来の夢について語ってくれました。

東京を飛び越えてアメリカに渡ったワケ

――収録はいかがでしたか? 初出演とは思えないほどリラックスされていて、MCの浜田(雅功)さんにつっこまれていましたね。

とても楽しかったです。ダウンタウンさんとお会いするのは初めてだったのですが、ご一緒できて、うれしかったです。

――仲宗根さんといえば、少女時代をはじめとするK―POPアーティストの振り付けや、コンサートの演出などの仕事で有名ですが、2004年ごろ、米人気歌手グウェン・ステファニーのバックダンサー「原宿ガールズ」の一員として、ミュージックビデオに出演していたのを拝見していて、後で仲宗根さんがいたことを知り、びっくりしました。そもそも、ダンスを始めたきっかけは?

子供のころからお遊戯会などで積極的に踊っていたと母が言っていましたが、きっかけはなく、元々音楽が大好きで、自然とダンスをしていました。

ダンスの原点はマイケル・ジャクソン

――アメリカに行こうと思ったきっかけは?

アメリカのダンスミュージックが大好きで、小学5年のとき、マイケル・ジャクソンの「ムーンウォーカー」という映画を見て、マイケルの魅力に取りつかれました。中学2年のときには、母にねだってマイケルの福岡ドーム公演に連れて行ってもらったんです。そして、マイケルのパフォーマンスに衝撃を受けました。公演の翌日、マイケルが泊まっていたホテルのそばを偶然通ったところ、マイケルが窓から顔を見せてくれたんです。それからは、「マイケルに会いたい! マイケルになりたい!」の思いで、19歳のときに渡米しました。

――アジア人の女の子が一人でアメリカのエンタメ界に飛び込むのは、言葉の壁などがあって大変ではありませんでしたか?

私はラッキーで、環境に恵まれていたと思います。差別などもあまり感じませんでしたし。好きな人に会いたくて来たのだから、ワクワクしかありません。自分には「マイケルにならないと!」という使命感みたいのがありました。「頑張る」とか「努力する」という意識は自分の中にはなく、ただやりたいことをやってきたという感じです。

ブリトニーのワールドツアーに参加

――沖縄から1度上京してから渡米しようとは思わなかったのですか?

思わなかったです。だって、東京にはマイケルはいませんもの。目標はマイケルになることだったので。アメリカに行って、ダンスレッスンを受けたり、いろいろオーディションを受けたりしました。その中で、マイケルの妹、ジャネット・ジャクソンのバックダンサーのオーディションを受ける機会があったんです。一度目は2次審査にも進めず、すぐに不合格になりました。何年後かに2度目のチャンスがあったのですが、ちょうど就労ビザの再申請時期で、一時帰国をした方がいいと言われました。それでも私はジャネットのオーディションを受けたくて、その後、奇跡的に合格したことがわかり、ジャネットのスタッフチームの取り計らいで、アメリカに残ることができました。

でも、同時期にブリトニー・スピアーズのワールドツアーのオファーをいただき、ジャネットのチームから「いい経験だから、ワールドツアーに参加した方がいい!私たちとはまた一緒にできるから」とおっしゃっていただき、2004年、ブリトニーのバックダンサーとしてツアーに参加しました。

――数々の人気アーティストのミュージックビデオやコンサートでバックダンサーとして活躍されてきましたが、憧れのマイケルとの共演は?

2009年、マイケルの「THIS IS ITツアー」のバックダンサーのオーディションに応募したときに、彼が目の前で踊るのを見ることができました。最終選考まで残れましたが、残念ながらオーディションは不合格でした。その後、マイケルが亡くなってしまい、共演はかないませんでした。でも、その後、マイケルのためのトリビュートとしてアメリカや日本でステージに立てて、ものすごく光栄でした。マイケルのレガシーを私なりに伝えたいと思っています。

少女時代がきっかけで、あこがれの岡村さんと対面

――運を引き寄せる才能もあるんですね

ラッキーです。頭の中に夢を描いていたら、実際にかないます。私は、会いたい人には全員に会うことができています。

――たとえば?

ジャッキー・チェンさんとか、ナインティナインの岡村(隆史)さんです。大好きなんです。

――岡村さんとはどのような縁が?

「めちゃ×2イケてるッ!」のライオンキング(オファーシリーズ)を見て、なんてかっこいい姿勢の人だなと感動して、そこから岡村さんのファンになりました。その後、岡村さんが少女時代のファンだったと知って、岡村さんの番組にご招待を受け、会うことができました。

少女時代「美脚ダンス」誕生秘話

――岡村さんもダンスが上手ですものね。少女時代が「GENIE」という曲で披露した「美脚ダンス」の反響が大きかったと思いますが、K-POPダンスの特徴は?

韓国のアーティストは、世界を見据えて、特にダンスには力を入れています。初めてK-POPグループのSHINeeのデビュー曲で振り付けを依頼されたときには、特にリクエストはなく、自由にやらせてもらいました。それがきっかけでその後、SMエンターテインメント(韓国の芸能事務所)所属のアーティストからのオファーを受け、少女時代の「GENIE」の振り付けにつながりました。「GENIE」の振り付けは、あまり深く考えず、狙いも何もなく、音を聴いてパパッと直感的に作ったんです。あまりの反響の大きさに、私の方がびっくりしました。

エンタメに関することはすべて挑戦してみたい

写真提供:読売テレビ

――チャレンジしてみたいことは?

女優業です。そのための勉強もしています。何本か映画にも出演させてもらいましたが、もっと技術を身につけたい。ダンスをやって、振り付けをやって、コンサートの演出を手がけました。そして今度は、自分で演じることもやりたい。新しいことをやりたいんです。エンタメに関することは、いろんな分野で挑戦してみたいです。

――去年は首里城が火災で焼失してしまいました。沖縄出身の仲宗根さんもショックでしたね。

首里城再建支援へ向けた応援歌として、シンガー・ソングライターのイクマあきらさんの「ダイナミック琉球」をガールズグループ「チューニングキャンディー」がカバーし、その振り付けを沖縄の振付師、松元祐稀さんと共に、私は監修という立場として、一緒に作品を作りました。

首里城の再建も願っていますが、世界的にみてもいろんな災害が起こっているので、見つめ直す時期なのかもしれませんね。

――大手小町の読者にエールをお願いします。

人生は一回きりだし、楽しまないと損だと私は思っています。自分を愛して自分を大切にして、自分に正直になってやりたいことをやらないともったいない。生きていく上で大変なこともあると思いますが、愛を持って楽しく生きていった方がいい。世界中に自分という存在は一人しかいないんですから。一日一日を大切に生きてほしいと思います。

――10年後の自分はどうなっていると思いますか?

明日のことは何も考えていないです。今、何をやりたいのかをずっと考えてきて、今に至ります。その積み重ねが結果になっているので、10年後の自分は想像もつかないです。もちろん、やりたいことはいっぱいありますが、日々好きなことをやっていれば、10年後も自分の好きな10年後になっているはずです。だから、とにかく今。今が大事です。

(取材:メディア局編集部・遠山留美/撮影:田中昌義)

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仲宗根 梨乃(なかそね・りの)

沖縄県那覇市出身。1979年6月11日生まれ。ダンスエンターテイナー/女優。 米・歌手、ブリトニー・スピアーズのワールドツアーにバックダンサーとして参加。ジャスティン・ビーバーなど海外アーティストのミュージックビデオに多数出演。少女時代、SHINeeなどK-POPアーティストや、AKB48の振付を担当。現在、アメリカ・ロサンゼルスを拠点に、全米やアジアで活躍中。
仲宗根梨乃さん Instagram@rinokinawa