新刊出版・山本幸久「週1回、旦那が夕飯を作った方がいい」理由

インタビュー

作家の山本幸久さんが、長編小説「あたしの拳がえるんだ」(中央公論新社)を刊行しました。仕事にいそしむ人々の姿をユーモアたっぷりに描いた「お仕事小説」の名手の新作は、女子ボクシングが題材。ジュニア大会出場に向けてトレーニングに打ち込む小学生の女の子と、縫製工場で働きながら娘を支えるシングルマザー、さらに、女の子が所属するボクシングジムの人たちが織りなすハートウォーミングな物語です。山本さんに作品に込めた思いなどを聞きました。

ボクサーの設定を「母」から「娘」に

――女子ボクシングを題材にしたのはなぜですか。しかも、主人公は小学生の女の子。設定がユニークです。

元々、「女の人がなんでボクシングをやるんだろう」という素朴な疑問があって。そこから、「女子ボクシングの話を書いてみたい」と思うようになり、試合を見に行ったり、女子ボクサーの方々に取材させてもらったりしました。皆さん、普通に会社勤めをしながら、ボクシングを続けているんです。朝の6時に起きてトレーニングをして、その後、会社に行って、仕事が終わったらまたトレーニングをする。すごく大変そうなんですが、彼女たちが聞かせてくれる話って、小説の題材としてすごく面白いんです。助産師をしながら世界チャンピオンにもなった富樫直美さんが書いた本も読んだけれど、これもすごく面白い。僕がわざわざフィクションを作り上げるにしては、女子ボクサーの現実の方が面白すぎるなと。それで、書き始める直前、ボクシングをやる設定をお母さんから娘に変えたんです。結果的に、そうして良かったと思っています。

【ストーリー】 小学4年生の橘風花は、検診で訪れた歯科医院で、受付係の戸部小町に誘われ、ボクシングジムに通うことになります。小町は元プロボクサーで、ジムのオーナー・戸部松乃進の娘。ボクシングをやりたいと言い出した風花に、母親の陽菜子は困惑しますが、亡き夫と決めた「子どもがやりたいことは必ずやらせる」という信条を守って、ジュニア大会出場を目指してトレーニングに励む風花をサポートします。また、婚約者がいながら、「世界チャンピオンになるまでは結婚しない」と心に誓うプロボクサー・サクラは、結婚とチャンピオンの座を賭けて、世界王座戦に挑みます。

――山本さんも2児の父親ですが、やはり「子どもがやりたいことは必ずやらせる」のですか。

そこまでじゃないです(笑)。うちには中学3年の娘と小学6年の息子がいますが、基本的に子どもというのは親の思った通りにはならんものだというのは分かっているつもりです。「うちの子は、なんでそれが好きなんだろう」「なんでそれを習っているんだろう」って思う親の気持ちは、陽菜子にだいぶ反映していると思います。

毎日、家族の夕飯づくり

――男性の育児参加が叫ばれる昨今ですが、山本さんは家事には協力的な方ですか。

僕は専業作家になる前、編集プロダクションに勤めていた頃から家事は何でもできましたし、今も夕飯は基本的に毎日、僕が作っています。うちの奥さんは、炊事をすると手が荒れてしまうので。僕がご飯を作った方が、僕自身が楽なんですよ。

――お子さんにとっては、「おふくろの味」ならぬ「おやじの味」ですね。得意料理はありますか。

得意料理を作っても、あまり喜ばれないので(笑)。手間をかけて酢豚を作るよりも、鶏の唐揚げをサッと作った方が喜ばれるんです。だから、料理に腕をふるうってことはないです。ただ、冷凍食品はあまり使わないですね。

僕は、旦那さんも週に1回ぐらいは、家族のためにご飯を作った方がいいと思っているんです。子どもたちや奥さんの好きなもの、嫌いなものぐらいは知っておいた方がいいような気がするから。それに、スーパーに買い物に行くと、今の「経済的な何か」が分かります。例えば、こういった食べ物がはやっているとか、キャッシュレス決済はこういうサービスが使えて、ポイントはこれだけ還元されるとか。僕は会社勤めじゃないので、だんだんそういったことに疎くなっちゃうんです。だから、買い物に行ってご飯を作るのは、家族との接点、社会との接点を作るためでもあるんです。

――山本さんはふだん、自宅でなくて、カフェなどで原稿を執筆していると聞いています。すると、夕方までに執筆作業を終えて帰宅し、夕飯の支度に取り掛かるということですか。

そうです。基本的に夕飯の支度は1時間以内で終わらせるようにしています。だんだん加速化して、30分ぐらいで終えることもあります。でも、僕の作ったものの評判がいいかと言えば、そんなわけでもないです(笑)。女の人がよく「せっかく料理を作ったのに、うちの旦那は何の感想も言ってくれない」って愚痴をこぼしたりしますが、僕にはその気持ちがよく分かります。うちの家族も何も言いませんから。

――何も言わないのは、おいしく食べているからですよ。話は変わりますが、山本さんは、過去の作品の登場人物を新作に再び登場させる手法をよく用いますね。今作では、2012年に出版した「展覧会いまだ準備中」(中公文庫)の主人公で美術館学芸員の今田弾吉と、美術品専門運送会社の社員・サクラが再登場しています。サクラは世界チャンピオンを目指すプロボクサー、弾吉はサクラの婚約者という設定です。

僕の中では、過去の作品のキャラクターたちは、ずっと生き続けているんです。だから普通に年を取ります。「展覧会……」は7、8年前に書いた作品だから、サクラも弾吉も、それぐらいの時間が経過して今に至る姿を書いたつもりです。

――作中、宮沢賢治の作品が随所に取り入れられています。例えば、賢治の創作童話「雪渡り」に、キツネが雪の上で「キックキックトントン」と足踏みするシーンがありますが、風花は「キックキックトントン」と口ずさみなからトレーニングをするのが日課です。また、風花が学校の課題で書いた読書感想文のテーマが、賢治の短編小説「よだかの星」でした。

「キックキックトントン」のリズムでボクシングができるかどうかは置いておいて(笑)。ずっとボクシングのことを書き続けても、読者は飽きるかなと思ったし、できるだけ汗臭くないボクシング小説にしたかったんです。それには、宮沢賢治のような、誰もが知っている普遍的な話を絡めるのがいいのかなと。実際、うちの息子も授業で宮沢賢治を勉強していましたしね。

小説のキャラクターは「僕自身」

――山本さんの作品はどれも、大ヒーローや大悪党は登場しません。その辺にいそうな、等身大の人物をユーモアたっぷりに描いています。

作品に登場するキャラクターには実在のモデルがいるわけではなくて、基本的に全員、「僕」なんです。今作で言えば、9歳の風花にも、30代の陽菜子にも、風花のボクシングのライバルである龍子にも、僕自身の要素が入っています。

――今作もそうですが、「ある日、アヒルバス」(実業之日本社文庫)、「芸者でGO!」(同)、「ふたりみち」(KADOKAWA)など、山本さんには女性が主人公の作品が多い印象です。これには理由はあるのですか。

男女はあまり意識せずに書いているつもりですが、男の人を描くと、僕自身に近過ぎてしまって、愚痴の多いキャラクターになるんですよ(笑)。男は描いていて、つまらない。女性だと僕自身と少し距離があっていいのかなと。

――これまで数々の「お仕事小説」を執筆してきて、様々な仕事の現場を取材されたと思います。働く女性に何かアドバイスはありますか。

いろんな人に話を聞くと、「仕事の達成感はあるけれど、もうけが少ない」って言うんです。特に女の人たちは、どれだけ一生懸命働いても、出世はできないとか、収入はそんなに増えないというのが、現実だと思います。でも今、もう少し踏ん張って働いて、次世代につなぐことができれば、会社でそれなりのポジションに就けたり、結婚してからも長く働けたりする時代がより開けてくるんじゃないでしょうか。とりあえずは、週1回でいいから、旦那さんにご飯を作らせる(笑)。そんなことが意外に社会を変える突破口になるような気がします。

(取材/読売新聞メディア局 田中昌義)

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山本 幸久(やまもと・ゆきひさ)

1966年、東京都生まれ。中央大学文学部卒業。編集プロダクション勤務などを経て、2003年、「笑う招き猫」で第16回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。ユーモアあふれる筆致と、魅力的な登場人物が読者の共感を呼ぶ。幅広い世代から支持されている。「はなうた日和」「凸凹デイズ」「ある日、アヒルバス」「展覧会いまだ準備中」「ウチのセンセーは、今日も失踪中」「ふたりみち」など著書多数。