中江有里が新刊…人生「入れ替わり」でひとは幸せになれるのか?

インタビュー

女優・作家の中江有里さんの最新小説「トランスファー」(中央公論新社、定価1500円=税別)が発売されました。心身の「入れ替わり(トランスファー)」が起きた姉妹が主人公の物語です。小説をはじめ、ドラマの脚本や書評の執筆、テレビ番組のコメンテーターなど幅広いジャンルで活動する中江さんに、本作に込めた思いや、読書の魅力について聞きました。

【ストーリー】大蔵玉青(おおくら・たまお)は、30歳の派遣社員。父親を病気で亡くし、母親は認知症で施設に入所、孤独な日々を送っていた。ある日、不思議な夢に導かれ、病気で寝たきりの少女・洋海(ひろみ)と出会う。2人は体外受精で同じ両親から生まれた姉妹だった。洋海は玉青に「少しの間、体を交換してほしい」と頼む。空虚な毎日に疲れていた玉青は、洋海の願いをかなえることに……。

読書で「他人の人生」を疑似体験

―――「入れ替わり」を題材に小説を書こうと思ったきっかけを教えてください。

この小説のモチーフは太宰治の「走れメロス」なんです。子供の頃から「王様を怒らせて処刑を宣告されたメロスは、妹の結婚式に出ることを許された後、なぜ王宮に戻ってきたのか?」と不思議に思っていたんです。戻れば処刑される。でも、戻らなければ、友人が身代わりに処刑される。自分か、友人か。死ぬか、生きるか。そういう選択肢があった場合、人はどうするのだろう。それを突き詰めて考えたら、生きるために他人の人生に乗り換える――という、物語の骨格が立ち上がってきました。

―――入れ替わるのを姉妹にしたのはなぜですか。

私にも妹がいますが、「性別も両親も同じなのに、どうして?」というくらい、考え方や性格が違います。でも、まったく違うのに、不思議とわかり合えるんです。玉青も洋海と出会ってすぐに愛おしさが湧いてきます。姉妹のためなら、できることをしてあげたいと思う。洋海は玉青だから体の交換を頼めるし、玉青もそれに応じるわけです。

―――玉青と洋海は入れ替わった後も心がつながっていて、姉妹の強い絆を感じました。

兄弟や姉妹は人間関係の基本みたいなところがあります。ぶつかって、ケンカして、仲直りを繰り返す。そうやって、人間関係を学んでいくのだと思います。玉青と洋海も入れ替わることで、お互いの理解を深めていきます。皮膚感覚や感情も共有しているので、洋海は嫌いだった食べ物を好きになったり、玉青の子供を愛しく思ったり。

―――洋海は玉青の恋人・青島にも愛情を感じ始めます。青島はDV(ドメスティック・バイオレンス)男の典型で、最初は洋海も嫌っていたのに……。

青島は複雑な人ですよね。私も書きながら「この人って何?」と悩みました(笑)。玉青は両親とも離れ、子供も手放し、とても孤独です。誰かを愛したいし、頼りたかった。そういう玉青がひかれるのは、青島のような男性なのかなと。カリスマ性があって独断的で、内面は非常に子供っぽい。極端なところが魅力でもあるし、危険でもある。私だったらそういう男性は警戒しますが、玉青はすんなり受け入れてしまう。青島はストレスを発散させる相手として、玉青が必要だったんです。ゆがんだ愛情で結ばれている、共依存の関係です。

―――この小説を読み始めたときに、心に小さなトゲが刺さったような違和感がありました。物語の後半、ある真実が明らかになったとき、「そういう仕掛けだったんだ、やられた!」と思いました。

解釈によって、突っ込みどころがいっぱいの話ですから。例えば、「実は洋海は存在しないのでは? すべては玉青の妄想だった」とも考えられますよね。玉青の中にいるのは洋海だと、誰にも証明できませんから。そして、本当に入れ替わっていたとしても、誰にも気づかれない。

この小説を書きながら、ずっと考えていたのは、「人生を乗り換えたら、幸せになれるのか?」ということです。誰かと入れ替わって、違う人生を生きてみたい――そう思ったことのある人は少なくないでしょう。でも、入れ替われたとしても、それは他人の人生で、自分を生きることにならないんです。人生をゆがめても人は決して幸せにはなれない。人生は一度きり。そこに小説の果たすべき役割があると思っています。小説を読むことは、他人の人生を疑似体験することでもあります。ひととき、自分の人生から離れて、俯瞰して眺めて見る。自分を見つめ直すのにも、小説は役に立つと思います。私がトランスファーを書いたのは、そういうことを突き詰めたかったんだと、改めて感じました。

登場人物を演じながら、小説を書いている

―――俳優は誰かを演じるたびに、トランスファーしているわけですね。

他人を演じることは、とても面白いです。もちろん、大変なこともあります。例えば、ピアニスト役はピアノが弾けるようになるまで練習を積みます。そういう技術的なことも含めて、どんな人生を歩んできたのか、奥深くまで踏み込まなければなりません。この人は何を考え、どう行動するのかを一つ一つ確かめながら、人物像を作り上げていきます。そのうち、何も考えなくても演じられるようになる。そこまで行き着くと、声まで変わります。乗り換えるというより、乗っ取られる感じですね。小説を書くときも、あらゆる役を演じています。自分を登場人物の立場に置いて、どう感じ、動くかを考えるんです。そういう意味では、俳優の経験はすごく役に立っています。

―――出演予定の映画がキャンセルになったのが、脚本執筆のきっかけだそうですね。

俳優業って、演じる舞台を奪われたら何もできないんです。何もできないなら、自分で舞台を作ればいい。そう思って脚本を書き始めました。そもそも書くことが好きでしたし、脚本家にあこがれた時期もあったので。自分が何を面白いと思っているのか、自分ならこういう舞台を作りたい――。プレゼンのつもりで書きました。とにかく、仕事がしたかったんです。

―――何かを表現したり創造したりすることが、好きだったんですね。

ないものは自分で作ればいい。子供の頃からそういうところがありました。リカちゃん人形の洋服を、なかなか買ってもらえなくて。近所のおばさんが、余り布でリカちゃんの布団を作ってくれたんです。そのとき、ぱっとひらめいたんです。「洋服も自分で作ればいいんだ!」。それで、着なくなった自分の服を解体して、その布で、見よう見まねでリカちゃんの服を作ったんです。すごく楽しくて、これだったら、永遠に作っていられると思いました。

―――すごい、集中力ですね。読書量も半端じゃないとうかがいました。5冊くらい併読していて、年間300冊の本を読むそうですね。

読書が唯一の趣味なんです。つらいとき、孤独なとき、ずいぶん本に助けられました。活字を能動的に読む作業は、確かに大変です。ときには苦痛を感じるかもしれません。でも、読み終えたとき、必ず得るものがあります。その本が人生の財産になるかもしれない。私はいろいろな仕事をしていますが、読書の面白さや大切さを伝えることをライフワークと思っています。「本が読まれない時代」と言われて久しいですが、読書が楽しいという気持ちを、少しでも皆さんに伝えていきたいです。

―――これから書きたい小説のテーマはありますか。

いま、連作短編を考えていています。結婚式をテーマにした連作短編「残り物には、過去がある」(新潮社)のスピンオフで、二話目に登場した詐欺師の母娘のお話です。それから、本によってつながっていく人々の物語を書きたいと思っています。同じ本を読んでいる人とは共有する何かが生まれる。その何かを増やしていくことで、人と人のつながりが広がっていく。本を読む喜びや、読書の深さを感じてもらえるような作品にしたいです。これは、私自身への挑戦でもあります。普段、読書をしない方にも読んでいただきたいです。

(聞き手/読売新聞メディア局 後藤裕子)

中江有里(ナカエ・ユリ)
女優・作家

 1973年、大阪府生まれ。1989年芸能界デビュー。数多くのTVドラマ、映画に出演。2002年「納豆ウドン」で第23回「NHK大阪ラジオドラマ脚本懸賞」で最高賞を受賞し、脚本家デビュー。NHK BS2「週刊ブックレビュー」で長年司会を務めた。映画『学校』、『風の歌が聴きたい』などに出演、20年『海辺の映画館―キネマの玉手箱』が公開予定。著書に『わたしの本棚』(PHP研究所)、『ティンホイッスル』(角川書店)、『残りものには、過去がある』(新潮社)など。読書に関する講演や、小説、エッセイ、書評も多く手がける。

「トランスファー」
派遣社員として働く30歳の大倉玉青は、空虚な毎日を送っていた。ある日、彼女の身に「入れ替わり」が起こり、その体験からある真実が浮かび上がる――。“希望”をテーマに綴った、痛切な「命」の物語。「読売プレミアム」に連載された長篇小説、待望の書籍化。(中央公論新社・1500円/税抜き)