筋肉と日本庭園を愛する村雨辰剛さんが日本人に伝えたいこと

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写真提供・読売テレビ

 美しい筋肉を持つ庭師の村雨辰剛むらさめたつまささんは、北欧スウェーデン生まれの30歳。NHKの番組「みんなで筋肉体操」に出演したことで一躍、注目を集めました。なぜ来日し、庭師の道を選んだのでしょうか。ゲスト出演した「ダウンタウンDX」(日本テレビ系、14日午後10時から放送予定)の収録後、話を聞きました。

日本文化にあこがれ来日

――初めて来日されたのは、高校生のときだそうですね。

 ええ。でも、その前から日本語の勉強はしていましたし、いつか日本に住みたいと考えていました。最初は、3か月間のホームステイだったんですが、受け入れてくださったのは、神奈川県内の何代も続く旧家。昔ながらの暮らしがあって、鎌倉などの神社仏閣に行くことができ、毎日が冒険のような感じでした。

――それで、高校卒業後、また日本に来られたわけですね。当初は、語学教師をしながら通訳や翻訳の仕事もされていたようですが。

 まず日本でどんな定職を持つことができるか考えたら、語学だったんです。でも、それは生活のためにやっている仕事でした。「日本文化や伝統的なものを学びたいと思って日本に来たのに、これでいいのか」と自問自答していた23歳のときに、庭師という仕事に出会いました。

日本庭園の美しさを受け継ぐ弟子入り決心

――日本の若者だって、庭師になろうという人は少ないです。人手不足、後継者不足が問題になっている業界なのに、よく決心がつきましたね。

 たまたま見ていた求人誌で、造園業のアルバイトを募集していたのがきっかけでした。造園業とは何か調べてみると、日本庭園を作ったり管理したりする仕事でした。アルバイトとして8か月間、掃除が主体の単純作業だったんですが、日本の美意識に触れることができて、楽しくて、楽しくて。今度は、本格的に造園技術を学びたいと思って、弟子入り先を探し始めたんです。

――徒弟制度のもとで、庭師を目指したんですね。

 何百年も前から続く日本庭園の美しさには目を見張るものがあります。脈々と受け継がれている文化の一部に、自分もなることができるのだと思ったら、わくわくしました。徒弟制度は時代遅れと思う人がいるかもしれませんが、効率よく、技術を受け継ぐという意味では、素晴らしい制度です。僕は、愛知県西尾市の造園業の親方のもとで修業させてもらいました。最初のころ、親方から「ワンシーズンのアルバイトしかしていないのに、お前は植物の名前をよく知っているな」と言ってもらったのが印象的でした。

――修業は5年に及んだんですね。

 初めの1年はアルバイトでやってきたことの延長でした。でも、親方から「きれいに掃除するのも大事だが、時間が空いたら俺の仕事ぶりをよく見ろ」と言われ、すべてを注意深く観察するようになりました。技術は教えてもらうのではなく、目で盗む、ということなのでしょうね。親方が大事にしている基本をおろそかにすると叱られました。

――26歳のときに帰化されましたが、村雨さんの名前は、だれが命名されたのですか。

 僕には、親方と、親方のお父さん(先代の親方)と2人の師匠がいて、どちらも尊敬しているのですが、村雨という名前は、先代の親方に付けていただきました。時代小説家の村雨退二郎さんの姓をいただき、名前はたつ年生まれだから「辰」。「剛」の字は親方からいただきました。

転機となった「筋肉体操」 毎日の継続性

――NHKの番組「みんなで筋肉体操」に出演されたことで、注目を集めましたね。

 ほぼ無言で筋トレするだけの番組なのに、あれほど話題になるとは思ってもいませんでした。僕自身は、トレーニングは14、5歳のころからずっと続けてきたし、特に変わったことをした覚えはありません。庭師という背景があったからこそ、番組側からオファーがあったんだと思います。

――トレーニングで筋肉を追い込むのが日課なんですか。

写真提供・読売テレビ

 1回1回追い込むことよりも、筋肉は刺激することが大切なんです。あとは栄養補給と睡眠を十分にとること。毎日の継続性のほうが大切なんですよ。最初は、無理をして、疲れが出やすかったりしますが、習慣にしてしまうと、だれでも自分の変化を感じ取ることはできると思いますよ。歯磨きと同じ感覚で取り組めたらいいですね。

――美しい肉体は、鍛練のたまものでしょう。趣味が「肉体改造」だそうですが。

 日本ではボディービルダーというと、見た目だけ格好よくするイメージが付きまとうので、あえて「肉体改造」と言っています。肉体は変化が目に見えてわかりやすいもの。着替えやシャワーを浴びる前に鏡の前に立つだけで「この筋肉がまだ足りないな」とか、「食べ過ぎたから、ちょっとたるんでいるな」とか、自分でわかります。だからこそ、工夫できる。でも、修業と同じで、もっと深いところで精神を強くするという変化も及ぼしているのだと思います。忍耐力を通して、知らなかった自分に出会えるので。

――筋肉を美しく維持するために、増量期と減量期を繰り返すそうですね。減量期に禁じる食べ物はどんなものがあるのですか。

 減量期には、野菜や鶏肉以外はほとんどすべての食べ物を禁じます。極力、体脂肪を絞り込むという意味で。

――そんなにストイックなんですか。聞いただけで頭がクラクラします。

 健康維持が主目的なら、そこまで減量にこだわる必要はありません。僕の場合は、最近仕事が忙しく、なかなか(ボディービルディングの)大会に出ることができていないのですが、いつかまた出たいと思うので、意識しながらトレーニングをしています。

 自身のツイッターでは、筋肉剪定動画が人気 

自叙伝がSNSで話題に

――仕事の面での課題は。

 親方のもとから離れて、関東地方で庭師としてどんな仕事をしていくことができるかが、今一番の課題です。日本庭園を新たに作ろうという人は減少傾向です。個人宅でもそうでなくても、日本庭園の良さを見直してもらうことから始めないと。

――今月出版された自叙伝「僕は庭師になった」(クラーケン)では、鎌倉の光明寺で撮影された写真がフロントを飾っています。SNSでも「こんなに素敵すてきな庭園があったんだ。行ってみたい」という書き込みがありました。

 日本人は、自分たちの文化のユニークさに気づいていない面も大きいですね。グローバリゼーションが進んでいく現代、昔からあるものの良さを見直して、意識的に守っていかないと、本当に廃れてしまいます。僕が活動を続けながらも、生涯、庭師でありたいと願うのも、(日本の)内側から発信していきたいという気持ちからです。

――村雨さんが媒介者となって、日本庭園の良さが見直されていくとしたら、発信にも意味がありますね。

 ええ。そういう活動を意識的にしていきたいと思います。

(聞き手/メディア局編集部 永原香代子 撮影/後藤裕子)

 村雨辰剛(むらさめ・たつまさ) 1988年、北欧スウェーデン出身。幼い頃から外国に興味を持ち、高校時代に3か月間、神奈川県内にホームステイ。18歳から特技である語学能力を生かし、日本で語学(スウェーデン語や英語)の教師として働き始め、同時に外国人事務所にスカウトされ、CM、PR、通訳や翻訳の仕事をこなす。23歳の時に造園業の世界に飛び込み、庭師見習いを経て、現在も庭師として働いている。26歳の時に日本に帰化し、村雨辰剛に改名。2018年8月に始まったNHK『みんなで筋肉体操』に出演したことで人気上昇中。