鈴木明子さん 当たり前のことを当たり前に楽しみたい

DTDX×OTEKOMACHI

 プロフィギュアスケーターとして活躍する鈴木明子さん。豊かな表現力でアイスショーの会場を魅了しています。フィギュアスケートの後輩・村上佳菜子さんとともにゲスト出演した「ダウンタウンDX」(日本テレビ系、21日午後10時から放送予定)の収録後、最近のフィギュアスケート界やプライベートについて話を聞きました。

――今日の収録はいかがでしたか。

 楽しかったです。でも、私はテレビのバラエティー番組にはほとんど出ないので、ちょっと緊張しちゃって。今日は、佳菜(村上佳菜子さんの愛称)にお任せって感じでした(笑)。

――村上佳菜子さんとは、子ども時代からのお付き合いだそうですね。

 ええ。私が16歳、佳菜が6歳の時に初めて会ったのが、もう18年前なんですね。その時から元気な子で、妹的な存在です。

週に5日間は氷上にいたい

――2014年に選手生活から引退した後も、いろいろなアイスショーに出演していますが、体を維持されるためにどんな努力をされているのですか。

 平日の5日間は、氷の上での練習を欠かさないようにしようと思っています。講演活動やテレビ・ラジオへの出演などで、どうしても練習できないこともありますが、なるべく午前中にリンクを押さえて。氷の上にいるのは、1日1時間半ぐらいです。現役選手のときより、練習時間が減ってしまって、はじめは戸惑いました。

――どんなことに戸惑いましたか?

 最初は、人から「痩せたね」と言われて……。筋肉が脂肪に変わってしまったのか、自分で思ったような動きができなくなったんです。「これではいけない。時間がない中でも、工夫しよう!」と思って、ホテルの部屋でも自宅でも手軽にできる体幹トレーニングを取り入れるようになりました。

――どんなトレーニングですか。

 仕事から帰ると、ぐったり疲れて、ソファから動きたくなくなっちゃいます。だから、自分で1日の練習メニューを決めて、できるだけ朝に行うようにしています。片付けなくても済むように、リビングには余計なものは置かないようにして、ストレッチポールや3キロか5キロのメディシンボールなどを使って、この動きを何セット、という感じで、体幹を鍛えています。朝の練習に切り替えてから、習慣化してきた感じですね。朝にトレーニングをすると、1日良い姿勢を維持できるので、得な気分です。

仕事と私生活のバランス取れるように

――スケートリンクはいつでも用意されているのですか。

 日本は練習環境が恵まれているとは言えないんですが、例えば早朝でも、選手を優先して開放してくれるリンクがあります。私が練習しているリンクも、営業時間以外であれば、空いている限り、都合をつけてくださるんですよ。でも、都合がつかなくて、夜中の0時、2時になってしまうことも。日本にいながらにして、時差ボケで苦しむこともあります。

――睡眠も休息も大事なのに、厳しいですね。

 ええ、選手時代と同じというわけにはいきませんね。深夜のニュース番組にレギュラー出演していたときなどは、スタジオで強いライトを浴びるせいか、番組が終わってホテルに戻っても、目がさえちゃってなかなか眠りにつけないんです。寝不足のまま、翌朝の新幹線に乗って名古屋に帰り、そのまま練習ということもありました。でも最近は、仕事と私生活、両方のバランスが取れるようになってきました。「何時間やらなくっちゃ」とか「何時間眠らなくっちゃ」とか、“時間縛り”で考えるよりも、当たり前のことを当たり前に、自分の体と向き合いながらその時々で判断していく感じです。

――フィギュアスケート界では昨年、バンクーバー五輪銅メダリストの高橋大輔さんが現役復帰して話題になりました。高橋さんからは事前に連絡がありましたか。

 復帰会見の日の午前に連絡がありました。「これから会見するけれど、みなさんにもご迷惑がかかるかもしれないから」ということで、教えてくださったんです。私自身、とても驚きました。

高橋大輔さん復帰で「楽しむ」大切さ再認識

――その高橋さんが、昨年末の全日本選手権では2位というすばらしい成績を残されましたね。

 見ていてうれしかったです。何より、高橋さんご自身が楽しんでスケートをされていたから。近畿の地方大会から始まって、徐々にコンディションを戻されてきて。ケガもあって決して順調とはいえなかったけれど、できないときにも、できない自分を楽しんでいました。少しずつできることが増えていって、全日本選手権では4回転に挑戦しました。本当に良いものを見せてもらったという気持ちでいっぱいです。

――鈴木さんもバンクーバー五輪(2010年)、ソチ五輪(14年)と2大会連続で出場して、オリンピックの大変さは実感されていると思いますが、重なるところはありますか。

 いえいえ。私と高橋さんでは、正直、背負っていたものの大きさが違うと思っています。彼には、卓越した表現力と、人を引き付ける力がありますし。でも、今回感じたのは、心の持ち方、動機づけで人は変わるということ。「楽しいから」「好きだから」と子供が夢中になってやっているのが内発的な動機づけだとしたら、「勝たなければいけない」「期待にこたえたい」というのは、外発的。どちらが伸びるかと言えば、明らかに内発的なほうなんでしょうね。外発的な動機では、一瞬は燃えるけど、続かない。コーチングの方から、そう教わったのも影響しています。私自身も、子供時代と同じように、楽しい気持ちで取り組むのが一番だと思います。

――フィギュアスケーターとして何歳までは頑張りたいなどの目標はありますか。

 私は29歳のときに選手生活を終えて、プロスケーターになったから、選手生活が長かった分、プロスケーターとしてできる期間は短いのかなあと思っていたんです。でも、プロになって4年たった今でもショーに呼んでいただけるので、これからも頑張っていきたいです。何歳まで、というよりは、自分が思い描くような滑りができるかどうかが問題ですね。プロはオファーがあるかどうかで成立する厳しい世界。良い滑りができなくなったら、アイスショーに呼んでもらえなくなります。そうならないように一つ一つのお仕事、舞台を大切にしていきたいです。

それぞれの生き方をするため離婚決断

――昨年秋には、突然の離婚報道がありました。どういうお気持ちだったのでしょうか。

 (離婚は)昨年9月でした。2年足らずの結婚生活だったので、「早すぎる」とも言われましたが、二人で話し合い、それぞれの生き方をするための決断でした。あんなに自分の人生について考えたことはありませんでした。人生は一回きり。本当に自分がどう生きたいかを考えていくと、私の場合は、今まで自分がやってきたことと、仕事がつながっていました。わがままかもしれないけれど、この道を選んで良かったと思うし、(その機会をくれた)元夫には心の底から感謝しています。

――不規則な仕事を乗り切るために、最近工夫していることがあるそうですね。

 以前は、朝にコーヒーなどを飲んだだけで、気づいたら夜7時まで何も食べていないということもありました。差し入れは置いてあるけれど、食べる気にならなくて。空腹を通り越して気持ち悪くなっちゃって。最近は、カバンにナッツと干しいもなどを忍ばせておいて、栄養補給するようにしています。

(聞き手/メディア局編集部 永原香代子 撮影/本間光太郎)

 鈴木明子(すずき・あきこ) 1985年、愛知県生まれ。6歳からスケートを始め、15歳で全日本選手権4位。18歳のときに摂食障害を患い、半年間リンクに立てないことがあったが、克服して練習を再開。バンクーバー五輪(2010年)、ソチ五輪(2014年)ともに8位。2012年世界選手権で銅メダルを獲得。27歳での世界選手権メダル獲得は、日本人最年長となった。現在は、プロフィギュアスケーター、振付師として活躍。著書に「笑顔が未来をつくる――私のスケート人生」「プロのフィギュア観戦術」など。