未経験の感情は描けない…恋愛小説「燃える波」の村山由佳さん

インタビュー

 直木賞作家・村山由佳さんの新刊「燃える波」(中央公論新社、定価:1600円=税別)は、夫がありながら幼なじみの男性との恋に落ちる女性の生きざまをつづった恋愛長編小説です。奔放な女性の性愛を描いた「ダブル・ファンタジー」をはじめ、数々の恋愛小説を手掛けてきた村山さんに、本作に込めた思いなどを聞きました。

やむにやまれず引きずられる恋も

――「燃える波」は、女性誌「婦人公論」で連載され、人気を博した作品です。連載に当たって、どんな小説を書こうと考えたのですか。

 婦人公論には、「自分はいつまで女でいられるのだろうか」「いつも『誰々さんのお母さん』『誰々さんの奥さん』と呼ばれて、本当の私はどこに行ってしまったんだろう」といったような問題意識を持っている読者が多いと思うんです。そういった読者の皆さんの悩みや苦しみを、できるだけ主人公に投影したいという思いがありました。ふだん小説誌などで作品を連載する時は、その雑誌の読者層のことはあまり考えずに、そのとき最も書きたいテーマで書かせてもらっているのですが、「燃える波」はさらにその上で、「婦人公論の読者の心にどれだけ深く届くか」をすごく意識した作品でした。

――主人公は、スタイリストでラジオ番組のパーソナリティーも務めている三崎帆奈美で、年齢は42歳。夫との冷め切った関係に、あきらめに似た気持ちを抱いていましたが、中学の同窓会で、カメラマンになっていた元同級生の澤田けいと再会します。2人はその後、ベテラン女優・瑶子ようこの写真撮影の仕事で偶然出会い、関係を深めていきます。

 もしも、同窓会ですてきな同級生と再会したとしても、家庭があれば、多くの場合、自分を律して踏みとどまるものです。でも、どうしても、やむにやまれず引きずられてしまう恋もあると思うんです。帆奈美は、人生の先輩でもある瑶子の励ましに目を開かされ、それまで見て見ぬふりをしてきたこと、つまり、夫との冷えた関係を自ら見過ごすことができなくなります。それは、一人の人間が成熟していくという意味では良いことではあるけれど、今までの生活を壊してしまう危険もすごく大きい。そのような帆奈美の心の中のせめぎ合いも、この作品で描いてみたいと思ったことです。

――帆奈美は、ラジオのパーソナリティーをしていますが、村山さんもNHKのラジオ番組でパーソナリティーを務めていますね。ネコを飼っているのも一緒です。内面的にも、帆奈美と自身を重ね合わせる部分はありますか。

 相手への違和感に我慢ができなくなっていく心理は、私自身、覚えがあることです。でも、私は帆奈美のようには行動できません。私はもう少しだらしのない人間なので(笑)。帆奈美は、夫以外の男性に恋をしてしまうわけですが、そんな自分を律する方向に動こうとします。帆奈美は私より年下だけれど、「彼女のようであれたらいいのにな」という気持ちで書きましたね。

――女優の瑶子は、はじめはプライドが高そうで、あまり良い印象がありませんでしたが、次第に帆奈美を公私ともに支える重要な存在になっていきます。瑶子には、実在のモデルがいるのでしょうか。

 私は、私小説的な作品を書く時以外には、誰かをモデルにすることはありません。「生きてゆく上で憧れるのは、こんな女性だな」とか「こんな先輩がいたら心強いだろうな」といったイメージを寄せ集めたのが瑶子、といった感じでしょうか。

――物語では、帆奈美の恋愛模様だけでなく、彼女が新しいことにチャレンジして、人生を切り開いていく様子が描かれています。

 25年間、小説を書いてきて、その中には恋愛小説にカテゴライズされる作品も多いけれど、私自身は恋愛小説を書こうと思って書いたことは一度もないんです。私の小説はむしろ「成長小説」なんですね。日常の中にありながら、精神が常軌を逸する瞬間がある。怒りや悲しみ、恐怖といった感情以外で、気持ちがレッドゾーンにまで振り切れることがある。それが恋愛なんだろうなと。そうした恋愛の経験を通じて、人はつまずくこともあれば、成長もするわけです。恋愛を経たのに、その人が全然変わらなかったとしたら、それはきっと恋愛ではなかったんだと思うんですよ。

書いて書いて書きまくる時期

――小説を書く際に、実体験とフィクションのバランスはどのようにとっているのでしょうか。

 限りなく私に近い人物を描写する時はもちろん、まったくの虚構の人物を描写する時も、自分自身が一度も経験したことのない感情は書けないですね。人物の行動は、経験していなくても書けるんです。でも、感情ばかりは経験しなければ、読む人への説得力を持つ言葉には置き換えられません。そういう意味では、実生活が波乱万丈であればあるほど、様々な感情が得られて、作品に結実する種になると思っています。

――村山さんは、はじめにプロット(物語の筋)を決めてから書き始めるタイプですか。それとも、書き進めながらプロットを固めていくタイプですか。

 書き進めながら、が多いですね。作家としてデビューして5、6年目までは、最後までばっちりプロットを決めないと、怖くて1行も書けなかったんです。今はむしろ、揺れ動きながらプロットを模索していった方が、物語にダイナミズムが生まれて、面白いところにたどり着ける気がします。そう思えるようになったのは、作家としてある程度、自信がついてきたからではないでしょうか。

――これまで多くの恋愛小説を執筆されてきましたが、それでもまだ書き切れていない恋愛の形というものはあるのでしょうか。

 大人の恋愛の物語ならあると思います。「ボーイ・ミーツ・ガール」のような単純な物語なら、ワンパターンになるかもしれないけれど、大人の男女はみな、引きずっているものが多すぎて、恋愛一直線とはいきませんよね。みな生い立ちも違うし、抱えているトラウマも違う。もちろん性格も違う。大人の恋愛には、そうした要素が全部反映されます。男女それぞれが、自分の引きずっているものと恋愛との間でどう折り合いをつけていくのか。そういった物語を書くのならば、いくらでもテーマやバリエーションが生まれると思います。

――「燃える波」を含めて、今年だけで6冊を刊行する予定だとか。その旺盛な創作意欲は何から生まれてくるのでしょうか。

 自分自身の恋愛の“落とし前”でもあるのですが、4年ほど前に2度目の結婚を解消した後、いろいろと現実的な問題が残って、いやが上にもハングリー精神で書かなくてはいけない状況なんです(笑)。ただ今は、長い作家人生の中で、書いて書いて書きまくる時期がきっとあっていいんだろうと思っているんです。先達である佐藤愛子さんや瀬戸内寂聴さんも、私生活で大変な時期に書いて書いて書きまくった。そういう方々が今も文壇の最前線にいらっしゃるのは、書きまくっても壊れなかったから。私はどうなのか、自分で自分を試している部分もあるんです。ここを抜けられた時に、どこか新しい場所に出られるんじゃないか。そんな思いもあります。
(取材・読売新聞メディア局 田中昌義、写真・高梨義之)

村山 由佳(むらやま・ゆか)
作家

 1964年、東京生まれ。立教大学卒。93年、「天使の卵――エンジェルス・エッグ」で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年、「星々の舟」で直木賞。09年、「ダブル・ファンタジー」で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞をトリプル受賞。「放蕩記」「La Vie en Rose ラヴィアンローズ」「嘘 Love Lies」「風は西から」「ミルク・アンド・ハニー」など著書多数。