「パクチー」「アジア飯」に物語あり…阿古真理さんが新刊

インタビュー

 「カメムシみたいなニオイでとても食べられない」「独特の味と香りが癖になる」など、好き嫌いがはっきり分かれる野菜の代表格・パクチーがブームになっています。さらに、ここ数年は、スパイスをふんだんに使う南インド料理や、独自に進化した「大阪スパイスカレー」など、香りの強いハーブやスパイスを使った食べ物も人気を集めています。「パクチーとアジア飯」(中央公論新社 1600円=税別)を出版した生活史研究家の阿古真理さんに、ブームの背景などについて聞きました。

食体験広げた女性たちがブームをけん引

――パクチーは、香菜(シャンツァイ)と呼ばれたり、コリアンダーと呼ばれたりしますね。なぜ注目したのですか。

 パクチーはタイ語、シャンツァイは中国語、コリアンダーは英語の呼び名です。全く同じ植物なのに、いろいろな呼び名があるのもパクチーが面白いなあと思った点です。日本名はありません。独特の味や香りが嫌われて、日本ではなかなか広まらなかったためです。

――阿古さんが初めてパクチーを食べたのはいつごろですか。

 確か1990年代初めでしたね。当時勤めていた会社の同僚たちと「タイちゃんこ」を食べに行った時、トッピング用にパクチーが出てきたんです。

 雑誌の連載で紹介されていたし、名前は知っていたけれど、食べるのは初めて。食べてみたら、イケる。男子たちが嫌がっている中で、「ちょうだいっ!」と言って、他人のものまでパクついたことを覚えています。

――最初は嫌だったけど、健康や美容にいいし、食べているうちに好きになったという人も多いようですが。

 そうですね。病みつきになる人がいる一方で、トムヤンクンやガパオご飯など、料理の香りづけにほんの少し使う分には我慢できるという人もいますね。

 最近は、スーパーの野菜売り場にも並ぶようになりました。でも、苦手な人は苦手。別にいいんですよ、無理して食べなくても。

 ただ、知ってほしいのは、市販されているカレーのルーにも、パクチーの種子が含まれているということですね。スパイスとして使われてきた歴史もあって、意外に身近な存在なんですよ。

――なぜ、パクチーは日本でブームになったのでしょうか。

 1986年に男女雇用機会均等法が施行されてから、女性の経済力が向上し、「自分の財布を持つ女性」が増えました。好奇心旺盛な彼女たちは、海外旅行に行ったり、珍しいエスニック料理を好んで食べ歩いたりして、食体験を広げていきました。

 そういう素地があったところに、2005年、パクチー好きのコミュニティー「日本パクチー狂会」を作った佐谷恭さんの存在も大きかった。

 パクチーは日本人になじみの薄かった食材ですから、最初は入手するにも苦労されたそうですが、2007年には東京・世田谷に世界初のパクチー料理専門店も開きました。彼の取り組みが話題となり、パクチーが多くの人に注目されるようになりました。

 以前、パクチーの主要生産地である静岡と、近年、産地として存在感を増している岡山の農家などを取材させてもらったのですが、いくつもの困難を乗り越えて栽培が広がっていった話が、今日のパクチーブームを物語っているようで印象的でした。

採算度外視で料理を広める熱意

日本人にも人気のメニューが並ぶ。 左はソムタン(青パパイヤのサラダ)、上はトムヤンクン、右はガパオご飯(東京・神保町のタイ料理店「メナムのほとり」で)

――著書では、日本で流行し、定着したアジア各国の料理を「アジア飯」と称して、トムヤンクン、ガパオ、スパイスカレーなどを紹介していますね。スパイスカレーも今、ブームになっています。

 ブームの背景には、採算度外視で「ぜひ食べてほしい!」と料理を伝え広めてきた人たちの熱意があります。南インドに在住経験のある元商社マンで、東京・大田区で南インド料理専門店「ケララの風Ⅱ」を開いている沼尻匡彦さんもその一人。インターネットで仲間を募り、開業する前の8年間で、都内を中心に250回もの食事会を開いたそうです。

 人を巻き込んで人に広めていく。そんなエネルギーのある人たちがブームを形作っているんです。

――カレーやラーメン、ギョーザなど、食卓でおなじみの料理もアジア飯と位置づけています。

 ええ、そうなんです。これらは、言ってみれば「元祖・アジア飯」です。日本人は、昔は辛いもの、スパイシーなものが苦手でした。

 辛みのあるタマネギは、1880年代に北海道で本格的に栽培されるようになってから、普及するまでに相当な時間がかかっているんですよ。タマネギ、ニンジン、ジャガイモが三つそろってカレーの材料になるのは、明治末期、1900年代になってから。それまでは長ネギを使っていたという記録もあります。

 ニンニクやトウガラシも、なかなか定着しなかった歴史があるんですよ。

――味覚も時代とともに変わっていくのでしょうか。面白いですね。食の歴史を本にまとめるのは大変ではないですか。

 大変だけれど、ワクワクします。

 スパイスの歴史は、欧米列強による植民地支配の歴史でもあります。日本でインド料理が発展した理由を知りたくて、インドの方に話を聞いていくと、インドの独立運動を理解しないとならなくなる。

 ベトナム料理を日本に伝えた移住者の方々のことを知りたいと思うと、ベトナム戦争はなぜ起こったのか知りたくなる。

 様々な資料を自分なりに読み解いていくと、料理の歴史と、その国や地域の歴史とが、パッチワークのようにつながる瞬間があるんです。

 身近な食材それぞれに物語があると思うと、愛おしくなります。

――ご自身の得意料理は?

 間違いなく自信があるのは、ヒジキの煮物です。あと、鶏のムネ肉で作る蒸し鶏ですね。作っておいて何回かに分けて食卓に出すこともあります。

 最初は、柚子ゆずコショウやキュウリを添えて。ちょっと時間がたって肉の脂が強く感じられるようになったら、干しエビとナンプラー、塩コショウで、簡単なフォー(米粉麺)を作って、そのうえに蒸し鶏をのっけます。パクチーやレモン、ラー油を添えれば食欲倍増。忙しいときでも、自分で作ることが多いかな。

 梅干しも漬けます。無添加の梅干しを食べたいと思ったら、どう考えてもコスパが良いのは、自分で作ることですから。
(取材・永原香代子、撮影・高梨義之)

阿古真理(あこ・まり)
生活史研究家

 1968年、兵庫県生まれ。食や暮らし、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『小林カツ代と栗原はるみ』『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』などがある。

「パクチーとアジア飯」阿古真理 著

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 アジアを愛するすべてのニッポン女子に

 好き嫌いがキッパリ分かれるパクチーの爆発的なブームとともに、いま日本には第二のアジア飯ブームが到来している。ガパオ、パッタイ、カオマンガイ・・・・・・。いつから日本人はこれほどまでにスパイスとハーブの香りのとりこになったのか。のびゆくアジア、どこか懐かしいアジアを思い起こす一冊。中央公論新社/1728円(税込み)