松田龍平さん 将棋に魂注ぐ棋士の半生に自身を重ね

インタビュー

 将棋界の常識を覆した異色の棋士、瀬川晶司五段の自伝的作品「泣き虫しょったんの奇跡」(講談社文庫)が映画化、9月7日(金)に全国公開されます。プロ棋士への夢を絶たれた“しょったん”こと晶司が、挫折の苦悩と絶望を乗り越え、アマチュア棋士から異例のプロ編入を成し遂げるサクセスストーリーです。晶司役を演じた松田龍平さんに撮影時のエピソードや映画への思いを聞きました。

「もっと頑張れた」と思う気持ちがチャンスを生む

―――プロ棋士の養成機関である「新進棋士奨励会」には「26歳の誕生日を迎えるまでに四段に昇段できなければ退会」という規定があり、瀬川さんはその壁を越えられず、一度はプロ棋士になる夢をあきらめます。しかし、就職して働きながらアマチュア界で活躍、不可能といわれたプロ編入試験を実現し、ついにプロ棋士になります。偉業を成し遂げた瀬川五段を演じた感想を教えてください。

 瀬川さんの半生に共感する部分が多かったですね。瀬川さんは小学生の頃から脇目もふらずに将棋だけをやってきた。僕も15歳で役者の世界に入って、それからずっと役者だけをやってきました。映画の中に「将棋がなくなったら、それまでの自分がゼロになる」というセリフがあります。自分が本当にやりたいことに、どれだけ魂を注ぎ込めるのか――。瀬川さんの思いが、僕の思いと重なりました。瀬川さんは35歳でプロ編入を成し遂げ、僕もいま35歳。このタイミングにも、つながりを感じました。

―――瀬川さんに直接、将棋指導を受けたそうですね。どんな方でしたか。

 穏やかでゆったりしていて、とても正直な方。だからこそ、つらい思いをしたんだろうなと思いました。奨励会を退会したとき、瀬川さんは「もっと頑張れたんじゃないか」と悔やむんです。でも、瀬川さんはたくさん努力した方です。誰よりも頑張ったのに、「まだ、やれたはずだ」と考える。そこが、すごい。その気持ちがあったから、プロに挑戦するチャンスが巡ってきたんだと思います。

―――豊田監督は実際に奨励会に在籍していたそうですが、棋士を演じる上でのアドバイスはありましたか。

 棋士としての説得力が出るのは「指し方」と「たたずまい」だと言われました。指し方に決まったルールはなくて、それぞれ自分のスタイルというか美学を持っている。瀬川さんに将棋の指導を受けながら、その手元をじっと見て、指し方やクセをマスターしました。そこは、教えてもらうというより「盗む」感覚でした。

 それから、奨励会での対局では、もっと感情をわかりやすく出すように言われました。負けたときに思わず扇子を折るシーンがあるのですが、原作にはないエピソードなんです。瀬川さんも「扇子は折らないですね……」って(笑)。監督は奨励会で苦い経験があって、その思いを作品に込めたかったんだと思います。役者は監督の気持ちをくんで演じるべきなんですが、現場には瀬川さんもいらっしゃる。監督と瀬川さんの間で気持ちが揺れ動くこともありましたね。

プロ棋士の存在感に圧倒

―――豊田監督と16年ぶりに本格的なタッグを組まれましたね。

 豊田監督の「青い春」(2002年)に出て、初めて「俳優って面白い」と実感しました。それまで、自分が出ている作品を素直に見ることができなかったんです。でも、完成した「青い春」を見た時に、素直に面白いと思いました。今回も豊田監督を信頼して撮影に臨みました。

―――ライバルの悠野を演じた野田洋次郎さんとは、仲のよい友だちとうかがいました。共演シーンにプライベートでの雰囲気が垣間見えて、楽しそうでした。

 プライベートな関係を芝居に出すのは、気恥ずかしさもあるんですが……(苦笑)。でも、楽しかったですね。

(c)2018『泣き虫しょったんの奇跡』製作委員会

―――映画の中で実際のプロ棋士との対局シーンがありました。芝居の上とはいえ、プロ棋士に「負けました」と言わせたときの感想は?

 「恐縮です」という気持ちでいっぱいでした。目の前にいるのは、まぎれもない将棋のプロ。その存在感に圧倒されました。屋敷九段との対局シーンでは、九段がそびえ立つ山のように見えて、「ぜったい勝てない!」と感じました。映画では勝たなくてはならないので、それじゃダメなんですけどね。プロ棋士を相手に、僕は役者としてプロ棋士を演じなければならない。役者同士とは違う緊張感があって、今までにない気持ちで芝居ができました。貴重な経験だったと思います。

―――棋譜はプロ編入試験の対局と同じだったのですか。

 実際とは違いますが、棋譜は瀬川さんが作られました。それを覚えて、指していくんですけど、負け試合は容赦なく逃げ場のない棋譜になっていて、気分的にも追いつめられていくんです。勝っている棋譜のときは優勢に進むので、気持ちよく指せる。自然に打つ音も「パチン」と強くなります。芝居する上で棋譜に助けられた部分もありますね。

瀬川五段の「強さ」を実感

―――将棋の特訓で、めきめき上達したとうかがいました。

 ほかの役者さんは、皆さん将棋にはまって、撮影の合間も対局していました。僕は負けるのが嫌だったので、最初はあまり対局しなかったんです。でも、せっかく瀬川さんに教えていただくわけですし、昔、幼なじみに将棋でこてんぱんにされたので、その友人をライバルに想定して、勝つことを目標にしました。瀬川さんがいろいろ作戦を教えてくれて、それから将棋が面白くなりましたね。新井(浩文)さんと対局したら、あっさり勝ちました。花を持たせてくれたのかな(笑)。

―――幼なじみにはリベンジできたんですか。

 さくっと倒しました(笑)。でも、内心、「そりゃそうだよな、僕のバックにはプロ棋士がついてるんだもんな」と。ずるいですよね(笑)。

(c)2018『泣き虫しょったんの奇跡』製作委員会

―――瀬川五段を演じて、印象に残ったシーンを教えてください。

 奨励会の仲間と遊ぶシーンは楽しかったですね。対局はつらい芝居が多かったんで、余計にそう感じたのかもしれません。26歳の誕生日までという年齢制限があって、ライバルは年の近い仲間たち。そこで勝ち抜いていくのは「心の戦い」でもあります。妻夫木聡さんが演じた冬野が奨励会を去るシーンで、冬野は晶司に「君には才能がある。僕はそれがうらやましい」と言います。撮影中は「なぜ、こんなことを言うんだろう……」と思ったんです。でも、後から響いてきた。奨励会を退会すると、将棋を憎む人もいるそうですが、晶司は就職後もアマチュアとして将棋を続けます。純粋に将棋を楽しみながら、プロに10連勝以上してしまう。このとき、晶司の強さや才能はここにあると思い、妻夫木さんのセリフが思い出されました。この役を演じたことは、僕にとって大きかったと思います。自分の中の「欲」というか、いろんなことを「楽しんでやりたい」という思いが強くなりました。

 (聞き手:読売新聞メディア局・後藤裕子、撮影:金井尭子)

松田龍平(まつだ・りゅうへい)
俳優

 1983年5月9日、東京生まれ。99年、大島渚監督作品『御法度』で俳優デビュー。同年の第23回日本アカデミー賞新人俳優賞、ブルーリボン賞新人賞など、数々の新人賞を授賞。2002年、『青い春』(豊田利晃監督)で初主演。13年の『舟を編む』(石井裕也監督)で第37回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞ほか多数の主演男優賞を総なめする。近年の主な映画出演作品に、『北のカナリアたち』(12年)、『麦子さんと』(13年)、『まほろ駅前狂騒曲』(14年)、『ジヌよさらば ~かむろば村へ~』(15年)、『モヒカン故郷に帰る』(16年)、『ぼくのおじさん』(16年)、『散歩する侵略者』(17年)、『探偵はBARにいる3』(17年)、『羊の木』(18年)など。

【映画情報】
「泣き虫しょったんの奇跡」

(c)2018『泣き虫しょったんの奇跡』製作委員会

アマチュアからプロへ!
史上初の偉業を成し遂げた男の《実話》

 26歳。それはプロ棋士へのタイムリミット。小学生のころから将棋一筋で生きてきた“しょったん”こと瀬川晶司の夢は、年齢制限の壁にぶつかり、あっけなく断たれた。奨励会退会後、将棋とはしばらく縁を切り平凡な生活を送っていた晶司に突然訪れた父親の死……。周囲の人々に支えられ様々な困難を乗り越え、再び駒を手に取ることに。プロを目指すという重圧から解放され、晶司は将棋の面白さ、楽しさを改めて痛感する。「やっぱり、プロになりたい――」。35歳、しょったんの人生をかけた二度目の挑戦が始まる。

監督・脚本:豊田利晃 原作:瀬川晶司「泣き虫しょったんの奇跡」(講談社文庫刊)
音楽:照井利幸
出演:松田龍平、野田洋次郎、永山絢斗、染谷将太、渋川清彦、駒木根隆介、新井浩文、早乙女太一、妻夫木聡、松たか子、美保純、イッセー尾形、小林薫、國村隼
製作幹事:WOWOW/VAP
制作:ホリプロ/エフ・プロジェクト
特別協力:公益社団法人 日本将棋連盟
配給・宣伝:東京テアトル
(c)2018『泣き虫しょったんの奇跡』製作委員会 (c)瀬川晶司/講談社
公式HP