青空に思いを託して書いた、家族再生のミステリー…作家・辻村深月さん

インタビュー

 思春期の揺れ動く心情を透明感のある文章でつづる作家、辻村深月さん。読売新聞・夕刊で約1年間連載していた、「青空と逃げる」が書籍化されました。深夜の1本の電話で家族の穏やかな日常が崩壊し、母と息子の逃避行が始まるミステリーです。辻村さんに、作品への思いや作家という仕事について聞きました。

母子が旅の中で成長し、たどり着く景色を描きたかった

 「青空と逃げる」の主人公の本条ちからは、10歳の小学5年生。父親は俳優で、母の早苗もかつては小劇団で女優をしていました。ある夜、かかってきた1本の電話を発端に、父は行方不明に、母と息子は逃避行の旅に出ます。何が起こったのか、なぜ逃げるのか――。彼らが抱える“謎”を軸に、逃亡先での出会いと別れ、旅を通して成長する母と息子の姿が描かれます。

―――「母と息子の逃避行」という発想はどのように生まれたのでしょう。

 新聞連載は初めての経験で、小説の作り方も少し違いました。いつもは、私が書きたい内容を編集者と相談するのですが、今回は、「お母さんと子どもの物語で、ミステリーの要素があり、サスペンスフルな展開もあるもの」と、かなり具体的なオーダーがありました。
 そのころ、家族の話を書いたばかりだったので、「もう当分、家族はいいや」という気分でした。でも、担当の方から「母と子の逃避行」というアイデアをいただいて、日常を奪われた親子という切り口で、新しい形の“家族もの”が描けるかもしれないと思ったんです。
 私がいままで書いてきた家族は、お母さんは子どもを守るために一生懸命で、子どもの個性や世界を理解するというところまではなかなかいけなかった。子どもを主人公にする場合も「大人はわかってくれない」と思っていて、どちらかといえば大人が敵に近い存在になる話が多かったんです。でも、「逃避行」という非日常の中でなら、これまで書いてきた母と子どもの目線それぞれを矛盾しない形で両立させることができるのではないかと考えました。

担当さんに「連載中の出産は辻村さんで二人目です。頑張りましょう!」と励まされました

―――辻村さんは、母と娘の葛藤をたびたび題材にしています。本作では母と息子にしたのも、新たな試みの一つでしょうか。

 私にも息子がいることもあり、今回は男の子を主人公にしてみたかったんです。書いてみて気がついたんですが、男の子って、びっくりするくらい寡黙なんです。モノローグでも語らないし、自分の痛みに気づくのが遅い。しばらくしてから、「ああ、僕はここが嫌だったんだ」とか「こんなことに怒ってたんだ」と気づく。女の子は早熟で、母親との対話も自然と多くなります。もし、女の子との逃避行だったら、お母さんとケンカばかりしていたでしょうね。
 力は言葉が少なくて、問題の解決を急がない。だから、時間の流れに任せてゆっくりと成長していきます。息子を見守り、彼の時間を尊重することが、お母さんの成長にもまたつながるのだと感じました。そして、母と子がどんな景色にたどり着くのか。どんなふうに家族が再生していくのかを描きたかったんです。

―――力くんのお母さん、早苗には辻村さん自身が投影されているのでしょうか。

 きっと私がこうありたいと思う、お母さん像なんだと思います。例えば、早苗は力に対して、頭ごなしにものを言わないんです。ちゃんと子どもの話を聞こうとします。力が「謝ってよ」と言うと、自分が悪いと思えば、「そうだね、ごめんね」と謝ります。家族って、これがなかなかできないんですよね。だけど、早苗は子どもの個性を尊重して、迷いながらも一人の人間として受け止めようとしている。自分で作り出した人物ながら、学ぶべき先輩というか、尊敬できるところがたくさんあります。

母の働く姿を見て、息子は成長していきます

―――早苗と力は、四万十から旅を始めます。この地を舞台に選んだのは、理由がありますか。

 私の第2子出産と連載がちょうど重なってしまい、何か所も取材に行くのは無理そうだということになって……。さりとて、知らない土地を舞台にすることには抵抗があったので、少しでも土地カンがあるところを舞台に選びました。高知の四万十は、プライベートでの旅行先。四万十川は私がいままで知っていた川とまったく違ったんです。あの川の風景を描きたいと思いました。四万十は取材しなかったことが、かえってよかったと思っています。取材していたら、「調べたことをすべて小説に組み込みたい!」となっちゃう。プライベートな旅行だったからこそ印象に濃淡があって、一番くっきり浮かび上がったものを描写できたと思っています。

―――早苗と力がしばらく暮らすことになる、別府温泉は取材に行かれたそうですね。

 長期に滞在するなら観光地がいい、温泉地なら仕事も多いかなと思ったんです。お土産の売り子さん、卵やまんじゅうをかす仕事、いろいろ考えましたが、砂湯の「砂かけさん」に興味がわいて。砂湯は、砂に首まで埋まって温まる、ちょっと変わった温泉。客に砂をかけるのが「砂かけさん」の仕事です。
 別府のパンフレットやガイドブックなどをいろいろ探すうち、どの写真でも同じ女性が砂をかけていることに気が付きました。その姿がとても素敵すてきで、この人の話を聞きたい、お会いしたいと思いました。その方は「砂かけマイスター」という肩書を持つベテランさんで、お話を伺っているうちに、作中の早苗の気持ちになって、「いますぐここで働きたい」と思ったんです。最初は昼夜、仕事の掛け持ちを考えていましたが、砂かけ1本に決めました!

「別府は担当さんオススメの逃避行先でした。砂かけは女性の仕事と知って、興味がわきました」

―――砂かけ師の早苗が誕生したのにはそんな背景があったのですね。早苗は旅から旅の中でも、懸命に日常を取り戻そうと働きます。でも、また逃げることになって、仙台に行きます。

 私がもし早苗だったら、旅先でお金がなくなることが、一番怖いだろうなと思ったんです。それで、まず働かせようと。働くことでお金も得られますが、人と関わってコミュニティーを築くこともできます。力にとって、早苗は“お母さん”でしかなかった。でも、早苗が懸命に働く姿を目の当たりにして、「こんなに楽しそうに働くんだ」「こんな顔をするんだ」と見る目が変わります。職場で信頼を得ていく早苗を、一人の人間として認めるようになるんです。

―――「逃げる」という言葉はマイナスのイメージがありますが、早苗と力は逃げながら、人生をプラスに変えていきます。タイトルの青空も重いテーマを明るくしますね。

 連載を始めるとき、しんどい話になると覚悟しました。テーマが「逃避行」ですから。だからこそ、明るさと力強さがある物語だと感じさせるタイトルにしたかったんです。遠く離れても、旅の途中でも、空はどこまでも続いている。母と子が見上げる青空を思い描きながら、この物語を書きました。

子育て時間と仕事時間を切り替えてリフレッシュ!

―――小説を書き始めたのはいつからで、きっかけは何でしょう。

 小学3年生の時です。最初は「学校の怪談」みたいなホラー小説で、その次がファンタジー小説。映画もマンガもアニメも音楽も、エンタメは何でも大好きでした。でも、マンガは絵心がいるし、音楽は楽器が必要。映画やアニメは大勢で協力して作り上げなきゃいけない。小説なら、紙と鉛筆があれば始められる。一人でできるし、やり方もわかりやすい。そう思って書き始めました。高校生の時に、友人が「続きが読みたい」と言ってくれたんです。面白いって言われるより、ずっとうれしかった。このときから、現実的な進路として「小説家」を考えるようになりました。

―――辻村さんは作家としてデビューしたあとも、故郷でOLを続けられました。仕事と小説の両立は大変だったのでは。

 本当は、高校生作家になりたかったんです。就職しないで、そのまま作家になったらかっこいいなあと思っていました。でも、学生の時にデビューしていたら、舞い上がって調子に乗っていたと思います。いまある作品はどれ一つ同じ形では書いていなかったでしょう。出版社に行けば「作家」ですが、会社では何もわからない新入社員だという感覚を持てたことが大きかった。社会人として働いたことで、自分がこれまでどれくらい狭い世界で生きてきたか実感できたし、未熟さも痛感しました。理想的な価値観だけでは割り切れない場面も多々あったし、誰かの短所が違う側面から見れば長所になり、働く中で助けられたりもしました。しゃくし定規な見方ではない、いろいろな人の「やわらかさ」を知ることができたのも、社会人時代があったからです。それが、小説を書くのにすごく生きています。

「新聞連載の時、年長さんだった息子は小学生に。少年になった息子を見ながら、この小説の世界に自分が追いついたなあと思います」

―――仕事と育児の両立は、働く女性の永遠のテーマともいえます。

 OL時代の仕事と小説を両立させていた経験が、いまは子育てにも役立っています。朝、保育園に子どもを預けてから小説を書きます。子どもが帰ってきたら、育児をしながら家事も片づける。時短で働くワーキングママと同じような生活です。兼業作家の時も、平日は会社に勤めて夜と土日に小説を書く生活でした。小説を書きたくないときは、仕事が息抜きになったし、その逆もありました。いまは、子育て時間と仕事時間を切り替えることで、どちらのリフレッシュにもなっています。

―――結婚と仕事で悩んでいる女性にアドバイスをお願いします。

 結婚して、子どもができて、仕事を辞めてしまう人もいると思います。いろいろな事情はあると思いますが、「私には無理」とか「もうできない」と考えるのはもったいない。この小説の早苗も結婚して、子どもができて、女優をやめて家庭に入ります。本当は翼があるのに、もう飛べないとあきらめてしまう。でも、きっかけがあれば、折りたたんだ翼をだんだん広げて、いつか青空を飛べる日がくる。そうなればいいなと願っています。

 (聞き手:読売新聞メディア局・後藤裕子、撮影:高梨義之)

辻村深月
辻村深月(つじむら・みづき)
作家

1980年生まれ。山梨県出身。千葉大学教育学部卒業。2004年「冷たい校舎の時は止まる」で第31回メフィスト賞を受賞し、デビュー。「ツナグ」で第32回吉川英治文学新人賞受賞、「鍵のない夢を見る」で第147回直木賞受賞。「スロウハイツの神様」「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」「朝が来る」「東京會舘とわたし」「クローバーナイト」など著書多数。「かがみの孤城」が2018年本屋大賞を授賞。

「青空と逃げる」

辻村深月/中央公論新社/1728円・税込み

深夜の交通事故から幕を開けた、家族の危機。母と息子は東京から逃げることを決めた――。四万十、姫島、別府へと逃避行の旅は続く。豊かな自然、温かな人々に囲まれた日々が母と子の絆を深めていく。辻村深月が贈る、家族再生の物語。

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