「リバーズ・エッジ」不穏な「90年代」との格闘

シネマレビュー

 原作は岡崎京子の同名コミック。そう言われて、反発するファンもいるのだろう。伝説とも呼ばれ、特別な作品だという人も多いと聞く。映画を見終わって、その理由が少し分かった気がした。1990年代という時代の不穏な空気、10代の抑えきれない感情の乱れをとらえた岡崎京子の才能の輝きに、行定勲監督や若い俳優たちが向き合い、忠実であろうとしている。

 90年代へのこだわりは、細部にわたる。当時のテレビ番組の題名が会話に盛り込まれ、服装もどこかあか抜けない。友達と連絡をとるのに、公衆電話から自宅に電話することも多かった。SNSが浸透した現在とは違う。不便だが、生のつながりが感じられた時代かもしれない。

 高校生のハルナ(二階堂ふみ=写真右)は、いじめられているのを助けた山田(吉沢亮=同左)に河原に連れて行かれ、放置された死体に遭遇する。山田は死体を宝物とし、後輩でモデルのこずえ(SUMIRE)と共有していた。山田は学校ではゲイであることを隠し、こずえは食べては吐くことを繰り返す。それぞれ、苦悩を抱えていた。

 コミックが刊行されたのは94年。まだバブルの空気が残っていた頃だ。翌95年、地下鉄サリン事件が起きて一変する。時代の動きを先取りするような不安定な空気が漂う中、登場人物たちは、「今」を必死に生きる。

 暴力、セックス、ドラッグ。描かれる世界は過激で、残酷だ。94年生まれの二階堂ら、90年代に生を受けた俳優たちが、画面に自分の体をさらし、痛めつけ、演じる相手の苦しみ、けだるさを受けとめる。

 原作と比べると、カットのイメージやセリフ、展開など、似ていると思える部分が目に付く。行定監督は岡崎京子の影響下にあることを隠さない。その無防備さは物足りない気もしたが、あえて自分の中の作家性を封印しているようにも感じた。

 違うのは合間に入る、監督自身が取材者となって行うインタビューだ。「愛とは」「生きるということは」――。アドリブで投げかけられる質問に、俳優たちは演じる人物の気持ちになって答える。それぞれ不完全さを抱える人物を、役者たちは懸命に弁明しているように聞こえた。

 岡崎京子の存在に、そして90年代という時代に、監督も俳優たちも格闘している。その姿を通じ、生きることへの切実さが痛切に胸に刺さる。1時間58分。TOHOシネマズ新宿など。(大木隆士)