キラキライメージ変えるボクサー役「あゝ、荒野」の山田裕貴さん

 映画『あゝ、荒野』後篇が10月21日に公開されました。2021年の新宿を舞台に、ボクシングに導かれ集った男女が争い、繋がり、また争っていく――。原作は劇作家・寺山修司が1966年に発表した長編小説。映画オリジナルの登場人物で、物語の鍵を握るボクサー・山本裕二を演じた俳優・山田裕貴さんに、本作や同世代の俳優に抱く思い、心に抱える「荒野」について聞きました。

――出演はオーディションで決まったのですか。

 そうです。裕二役に最後まで残ったのは二人でした。もう一人は、僕も凄く好きな俳優さん。芝居とボクシングのオーディションがあったので、ジムにも通いました。バッチバチでしたね、自分の気合的には。僕のポジションは、いわゆるイケメン俳優というか「芝居なんかできるの?」というカテゴリーにいて、悔しさを感じていました。この作品に出れば、確実にその印象を変えられる、という思いがあったんです。世間の見方を変えるには、この作品に出て爪跡を残すしかない。少ないシーンでも、人の心に残る山本裕二という役を「生きる」しかないと思っていました。「この役を落としたら、一週間は何もできなくなるだろうな」と思っていましたね。

――完成した作品を観た時の第一印象はいかがでしたか。

 すごい映画が出来たな、というのが正直な気持ちでした。菅田(将暉)君演じる新次と、ヤン(・イクチュン)さん演じるバリカン建二はもちろん、主演二人を囲む登場人物も、自分の抱えてきた過去に真正面からぶつかって、生きることにしがみついている作品です。見終わって改めて、「俺はちゃんと生きているかな」と問いただしてしまいました。作品から「ちゃんと生きろよ」と言われている感じがして。

――特殊詐欺グループの一員だった裕二は、裏切って新次を少年院送りにし、先輩を半身不随にします。退院した新次は、裕二がプロボクサーになって結婚して子供を授かり、車椅子で暮らす先輩が裕二の生活を援助していると知り、やり場のない怒りに駆られます。

 裕二は、ただ過去をぬぐうため、嫌な思い出を消すためにボクシングをやっていたのだと思います。「僕は更生した。過去を乗り越えた人間だ」と。しかし新次との試合を通じて、初めて自分の過去にきちんと向き合い「やってはいけないことをしてしまった」と理解したのではないでしょうか。新次との試合が終わった後、台本には「お辞儀をして帰る」とだけあったのですが、自然と感情がこみあげてきて、先輩に顔を向けたまま動けなくなりました。僕はどの現場でも、「芝居にしない」「役を生きる」ことを目指していますが、まさにあれは芝居じゃなかった。岸(善幸)監督も「凄く良かった」と言ってくださいました。裕二役を生きられたと思います。

ジムで鍛えて、ボクシングはアドリブで

――あの試合、新次にとってはボクシングというよりけんかでした。

 新次が憎しみをぶつけてきても、裕二はスポーツとしてやっている。新次が投げや頭突きなどの反則を繰り返した時、台本にはなかったのですが「ちゃんとボクシングしろよ!!」と叫んでしまいました。ボクシングシーンは、最初の数手が終わったらあとはアドリブで、しかも岸監督はなかなかカットをかけない。だから自分の感覚を生かし、演じるというより、ただボクシングをしていました。信頼のもとで、新次の腹にパンチを当てているし。トレーナーから「お腹は殴られても耐えられるくらいに鍛えるから」と最初に言われ、実際に相当やられましたからね。

――ボクシングの経験はあったのですか

 漫画「はじめの一歩」が大好きで。高校生の時、ボクシングをやっているわけでもないのにグローブを買ってシャドーボクシングをやっているという、チープな経験ならあります(笑)。裕二のフリッカージャブは(「はじめの一歩」に登場する)間柴了から採っているんですよ。

©2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

――実際にやってみてどうでしたか。

 めっちゃ楽しいですね。自分の弱さも良さもわかりますから。1分で疲れれば「体力がない」、相手のパンチを受けてしまえば「見えていない」とすぐ分かる。だから出演が決まってからは、行ける日はすべてジムに行き、トレーナーが「ここまでやるんですか」というぐらい練習しました。ヤンさん、菅田君、2人の打ち込む音が変わってくると「あ、(威力が)上がっている。俺もやんなきゃ」みたいな感じで。撮影が終わってから、菅田くんとジムへ行ってスパーリングをしたんですよ。撮影終了から少し経っていたのでへとへとになって。でも、撮影中を思い出して楽しかった。

一番意識したのは菅田将暉

――本作の共演者には同世代が多いですね。一番意識したのは誰ですか。

 菅田将暉ですね。僕が好きな表現をする俳優だからだと思います。「好きな」という感情を抱いてしまうのは嫌なんですけど、憧れちゃうと、距離が遠くなってしまうので。あえて「あの人」と呼ぶけれど、「あの人」から出てくる生々しい感覚は何なのだろう……と、対峙してみて思いましたね。台詞を言って「伝わってこないな」と思う事がない。しかも、本能だけで演技するタイプでもない。僕がなりたい役者像を体現している。

――今、何に「荒野」を感じますか

 「乾いている」という意味でいいでしょうか?今の自分の、俳優としてのポジションに荒野を感じます。今年だけで映画を12作やらせていただているのに、まだ「山田裕貴ってだれ?」という人がいっぱいいるという事実に、僕の中が乾ききってしまう。自分の中から絞り出しているのに伝わっていない。乾ききって荒れそうになる自分自身もまた荒野なんだと思う。すべて自分のせいですけれど。「僕はこのスタンスで俳優を続けていいのか」と悩み、考えることもあります。ネガティブな意味ではなく、荒野はひとりであがく場所だと思う。まだまだ緑生い茂る場所にはいけないな、と感じています。

――本作はキャリアにおいてどういうポジションを占めますか。

 本作のような映画に出ることが、「キラキラ物しかできない」と思われている部分を全部覆してくれると思う。僕がそうしなければいけないんですけど。僕はこの作品に、山田裕貴という俳優に対する認識を変える作品になると思って臨んだ。年齢も年齢なので、そろそろ役者として認識されないといけない。「この髪型だったら観ない」「坊主頭になったら嫌だ」と言われると「しょぼいな、俺」って思うんですよ。そういう見方をちょっとでも変えてくれる作品になればとは思っています。

――好きな俳優を1人挙げて下さい。

 ゲイリー・オールドマン。『レオン』『バットマン』『猿の惑星』と、どれもエンドクレジットまで彼が出ていることに気が付かなかった。矛盾するかもしれませんが、役者として知られていて、演じていることに気づかれない、そういう俳優になりたいんですよ。

――では、好きな映画を1本。

 衝撃を受けたのは三浦大輔監督の『ボーイズ・オン・ザ・ラン』です。18歳頃、お芝居の学校に通いながらエキストラをやり、アルバイトもしていた時代。銀杏BOYZ・峯田和伸さんの演技を見て惹かれました。それは峯田さんが「役を生きていた」からだと思います。

(文・中村文陽、写真・武藤要)

山田裕貴

1990年、愛知県出身。ワタナベエンターテインメント所属。2011年、テレビドラマ『海賊戦隊ゴーカイジャー』で本格デビュー。映画『ふきげんな過去』『HiGH&LOW THE MOVIE』、NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』などに出演。主演舞台『宮本武蔵(完全版)』は、第24回読売演劇大賞優秀作品賞を受賞。

『あゝ、荒野』後篇は10月21日より新宿ピカデリーなど全国公開
監督:岸善幸
出演:菅田将暉、ヤン・イクチュン、ユースケ・サンタマリアほか。
主題歌:BRAHMAN『今夜』
制作・配給:スターサンズ