猫を愛し、猫に愛された男 動物写真家・岩合光昭さん

インタビュー

(c) Iwago Photographic Office

 動物写真家の岩合光昭さん(66)が世界の街角から猫を紹介する人気番組「岩合光昭の世界ネコ歩き」(NHK・BSプレミアムで放送中)が映画になり、10月21日から公開されます。番組の未公開シーンを加えて再構成した映画のエピソードを岩合さんに聞きました。

まるで父の気持ちに…青森のコトラ家族の四季を撮る

――今回の映画に登場するのは、青森のリンゴ畑で暮らしている「コトラ一家」ですね。母猫「コトラ」と、子猫のリッキーやハナたちの物語です。

リッキーとハナ(c)Mitsuaki Iwago

 コトラ一家を1年3か月間、這いつくばりながら撮影して「ふるさとのねこ」という写真集を出しました。青森が僕の故郷というわけではないのですが、自然環境がそのままで懐かしさを感じる場所に暮らす猫たちです。

 撮影最終日に、ハナが僕の顔に近づいてきて、「何するんだろう?」と思ったらいきなり頬をペロペロとなめ始めたんです。びっくりしました。今まで一度もそんなことなかったのに。ロケ最終日だったので、感傷的になっていたんでしょうね。「今日でお別れだね」なんて言ってたら、ポロポロと涙が出てきちゃって。恥ずかしかったのですが、僕を撮影しているカメラマンはリンゴを撮っていたので、撮られないですみました。青森から羽田に着いたときに、体から力が抜けて、すぐには立ち上がれず、全身全霊を置いてきたようでした。

――きょうだいの父親のような気持ちに?

 コトラが5匹の子猫を出産した日からずっと見守ってきました。その中のハナちゃんもやがて成長し、おなかが大きくなって、「ハナちゃんもお母さんだね~」なんて思っていたら、あたかも自分がお父さんになったような気持ちになりました。

岩合さん(左)とナレーションを担当した女優・吉岡里帆さん

――出産直後の撮影は大変でしたか

 出産2、3時間後、コトラと対面した時、コトラは気が立っていて、僕たちをシャーッと威嚇してきました。そこで、僕は他のクルーは外に出てもらって小屋の中で一人になってコトラに「大変だったね。えらいね」などとずっと話しかけながら撮影しました。

――子猫の成長は早いですよね。

 海外ロケから帰ってきて、約1か月ぶりに青森に行ったんです。子猫を撮影するときは、必ず母猫の許可を取ってからにしていて、コトラの所に行ったら、作業小屋の影に隠れて恥ずかしそうにチラチラこっちを見ていたんですよね。「コトラ、こっちへおいでよ!」と言ったら、ミャーミャー鳴きながら出てきて、「心配していたのよ。お父さん、どこにいってたのよ!」という感じで、僕の足の周りをぐるぐる回っていました(笑)。

――すっかりお父さんです。リッキーは交通事故に遭うんですよね。

 海外ロケに行っていたのですが、リンゴ農家のご主人から電話がかかってきて「大変なことになった」と。この番組の主役的な存在のリッキーにもしものことがあったらこの撮影は続けられないと思っていました。しばらくして帰国し、青森に行ったらリンゴの木に駆け登る猫がいて「誰だろう」と思ったらリッキーで。猫の回復力ってすごいですね。

――津軽のリンゴ畑で撮影しようと思ったきっかけは?

 最初は1年間も津軽で長期ロケすることに不安があったのですが、ロケハンに行ったときにコトラとコトラの母親のオオトラがリンゴの木を駆け登っていて、「よし、行ける!ここで撮ろう」と直感で決めたんです。美しい津軽と猫の「映像詩」にしようと思いました。

 ところがコトラのおなかが大きいことがわかり、5月1日に段ボール箱の中で出産。出産という現実的な場面を見て僕の計画はガラガラとくずれました。そこで方向転換をして、コトラ一家の「ドキュメンタリー」で行こうと。でも、結果それが幸いしました。コトラの初産を見守り、僕らも獣医師さんを呼んだり、子猫たちに薬を与えたり、子育てに参加した気持ちになりました。

個性派ぞろいの海外の「いいコ」たち

――イタリア・シチリア島のドメニコやイスタンブールのサフランのような、海外の個性的な猫もたくさん出てきます。ニューヨークのピザ店の看板の上に陣取る看板猫を見て、思わず笑ってしまいました。

イタリア・シチリア島のドメニコ (c)Mitsuaki Iwago

 みんないわゆる野良猫なんですけど、僕たちはイタリア人に倣って「自由猫」と呼んでいます。僕好みの顔の大きなオス猫、ドメニコは何度も会いに行っていますが、ある日行ったらいない。どうしたのかと思ったら、バルでは「ドメ」、魚屋さんでは「ミルコ」肉屋さんでは「トム」と呼ばれていろんな名前でかわいがられていたんです。

 ニューヨークのピザ屋に来る「ホワイトスライス」も自由猫なんです。「いつ来るかわからないけど、必ず来て看板の上に乗るよ」と聞いていたんです。開店前から待機したのに来ない。6時間半くらいたって、夕方になりかけ、あきらめかけて機材を撤収しようとしたら「来た!」という声が。カメラを片付けないでよかった!

――岩合さんがお願いすると、猫が望みどおりのポーズをとる「岩合ミラクル」を使ったのですか?

イスタンブールのサフラン(c)Mitsuaki Iwago

 (笑)「岩合ミラクル」ってスタッフが名づけたんですけど。最初はギリシャだったかな。台湾でも「そこに乗って」と言ったら「ぴょん」と乗ってくれました。思いが伝わるのかなー。しかも日本語で(笑)。

 人がいない早朝を狙って、観光客に人気の風車小屋に行ったら、人もいないし、猫もいない(笑)。僕が「猫、いないなー」ってつぶやいたら、とたんに「私でいいの?」って感じで三毛猫が石塀に乗ってきました。ムービーカメラの準備ができるまで「美人だねー、いいコだねー」と言いながら写真を撮影していたら、おなかを見せながらゴロゴロ言ってきました。そうしたら、続々猫が出てきて。「おれの腹もさすれ」ってぞろぞろ5匹も! 最高でした。

――猫に気持ちが伝わるのでしょうね。

 パリの「ガゼット」という猫には、近所でも評判のお得意のポーズがあったのですが、ロケハンで前乗りして確かめに行ったディレクターの前では、半日待っても一度もやらなかったんです。でも、僕の前では1時間ぐらい待ったらやってくれて。「猫も人を見てるんだよ!」って(笑)。猫って触れないと、よさがわからないんですよね。その土地によって猫にもいろいろ特徴があって、イタリアの猫はパスタを食べるし、香川の猫はうどんを食べる。

ブラジルのシキンニョ(c)Mitsuaki Iwago

――「もうちょっとこっちに来てくれたらベストショットなのに」とか「岩合ハンド」を使うことは?

 極力ありのままを撮影していますが、正直、たまに1、2メートル動いてもらうことはあります(笑)。先日はサンフランシスコで家猫の撮影だったのですが、ベッドの下に隠れて出てきてくれませんでした。撮影するのに2日間かかりました。

――いつ来るのかわからない自由な猫を待つのは大変ですね。

 そうですね。結構時間がかかりますね。8月に放送された、北イタリア・チンクエ・テッレという海岸沿いの町では5日間、1匹の猫「ドン」を追いかけました。とんでもない傾斜地で、崖から崖をぴょんぴょん走り回る猫を見て、そのときばかりは「ああ、いいな、猫になりたい」と思いました。階段もタタターッて一瞬で駆け上がって。こっちはハアハア言っているのに。

――塀と塀をぴょんと飛ぶ猫はどうやったら撮れるのですか?

種明かしをすると簡単です。ご飯の時間を狙うんです。狭い場所では猫が塀と塀の間に「猫の道」を作るんです。飼い主がエサの入った鍋を置いて、そこでジャンプするのを待ち構えているんです。

――スチールとムービーのカメラを持っての撮影は大変ですね。普段体力づくりはしていますか?

 大変です。でもラジオ体操ぐらいしかやっていませんよ。月の半分は取材でそのうち10日間は「ネコ歩き」の取材です。

――最近は猫の取材が多いと思いますが、人間は撮影しないのですか?

 撮影しますよ。猫がいっしょなら(笑)。女性が多いかな?

――お父様も動物写真家だったそうですね。写真家になられてどのくらいですか?

 45年くらいです。父は動物写真家になる前は新聞社の出版写真部員として働いていました。以前、黒柳徹子さんにお会いしたときに「私、岩合さんに撮ってもらったことあるわよね」と言われましたが、たぶんそれはオヤジだと思います(笑)。

――岩合さんといえば「いいコだねー」というセリフが有名ですが、「ベストいいコだねー」は?

 難しいなー。何度か会いに行って覚えていてくれるコはうれしいですね。ニューオリンズのバーの看板猫の「ミスター・ウー」。1年半ぶりに会いに行って、「久しぶり、ミスター・ウー!」って近寄ったら、なでさせてくれました。それを見た観光客がなでようとしたら、バクッてかみ付かれて。バーテンダーの女性に「この猫にかみ付かれたわよ!なんで、この人にはかみ付かないの!?」って文句言っていました(笑)。

――映画版の吉岡さんのナレーションもステキですが、テレビ版で流れる岩合さんのつぶやきも「癒やされる」と評判です。

 初回からピンマイクで僕の声を拾っていたんですが、おかげさまで最近ではだんだんマイクが大きくなってきました(笑)。

――取材許可を取るときの苦労は?

 「何を撮っているんだ? なんだ、猫か?」って言われることはありますね。チェコのお城の取材許可がなかなか取れませんでした。コーディネーターに「もう1回聞いて。猫だけだから」ってお願いしたら「許可取れました!」って(笑)。

 第1回の放送のトルコ・イスタンブールのモスク(礼拝堂)「アヤソフィア博物館」に有名な猫「グリ」がいて、コーディネーターを通して取材許可を申し込んだら「取材陣はいっぱい来るが、猫を撮るのはお前たちだけだ、猫だけとはけしからん!」って断られたんですよ。モスクですから「イスラム教を広めたムハンマドはどれだけ猫好きだったかご存知ないんですか!? ムハンマドが出かけようとしたら猫が服の上に寝ていて、起こすのが忍びないからムハンマドは上着の袖を切って、片袖の上着を着て出かけたという逸話があるくらい猫好きなんですよ!」って手紙を送ったら、「どうぞいらしてください」って。

 猫を撮影したいというと、飼い主はだいたい相好を崩し「ああ、猫かぁ。いいよ」と言って撮らせてくれます。

――岩合さんの頭やカメラの上に猫が乗ったり、カメラを構えている脚の上でくつろいで寝てしまうという名シーンがありますが。

 じーっと動かないからでしょうか。寒いところでは温かいから暖を取りに来る猫もいます。

――「岩合さんと一緒に『いいコだねー』と叫びたい」という「発声上映会」を望む声もありそうです。

 すばらしい(笑)。機会があったらやってみたいですね。

猫は「平和の象徴」

――紛争があったボスニア・ヘルツェゴビナにも取材に行かれましたが。

 紛争があった土地でも、人々の暮らしが元に戻るとそこに、家畜や猫も戻ってきます。猫は本当に平和の象徴だと言ってもいいと思います。

――猫を飼っていますか?

 残念ながら今は飼っていません。でも、いつか飼いたいと狙っていますが。取材先でいっぱい猫を撮影していますが、家に帰って来たら、やっぱり猫を抱きたい。いやがられても(笑)。

――最後に映画を楽しみにしている方に見所とメッセージをお願いします。

コトラ一家の成長と命のつながりを見てほしいです。リッキーの顔におかあちゃんの面影をみていただけるとうれしいです。サフランやドメニコ、シキンニョといった猫も出ています。僕は本当に猫がいると幸せな気持ちになれると思っています。

(聞き手、遠山留美)

■劇場版「岩合光昭の世界ネコ歩き」予告(30秒版)


(C)Mitsuaki Iwago
岩合光昭(いわごう・みつあき)

1950年、東京生まれ。動物写真家。「米・ナショナル ジオグラフィック誌」の表紙を2度飾る。2012年からNHK、BSプレミアムで放送中の「岩合光昭の世界ネコ歩き」が人気。著書に「ねこ歩き」「ネコライオン」「岩合光昭の世界ネコ歩き」「ねこの京都」がある。

劇場版「岩合光昭の世界ネコ歩き」~コトラ家族と世界のいいコたち~
10月21日から、ユナイテッド・シネマほか全国で公開
出演:岩合光昭、語り:吉岡里帆
公式サイト:http://nekoaruki-movie.com/