「棋士たちの壮絶な戦いを描きたかった」…作家・柚月裕子さん

 デビュー以来、男たちの熱い生きざまを描いてきた作家、柚月裕子さんが、最新作『盤上の向日葵ひまわり』(中央公論新社)を出版しました。将棋の聖地、山形県天童市を舞台の中核に据え、棋士たちの人間ドラマを描いたミステリー小説。「棋士たちの壮絶な戦いを描きたかった」という柚月さんに、創作の背景や小説に込めた思いを聞きました。

将棋盤に咲く向日葵は主人公の象徴です

――――いま、空前の将棋ブームといわれていますが、『盤上の向日葵』の連載が始まったのは2015年。当時は地味な印象の将棋界を舞台にしたのはなぜですか。

 棋士・村山聖九段の生涯を描いた『聖の青春』と賭け将棋の世界を描いた『真剣師 小池重明』を読んだのがきっかけです。それまでは、将棋の面白さがさっぱりわからなかったのですが、将棋のために命を削る棋士の壮絶な生き方に圧倒されました。よく「運が悪かった」っていいますよね。でも、将棋に「運」はないと思うんです。最初の一手から考えに考え抜いて、次の一手、その次の一手と魂を込めて駒を指す。その研ぎ澄まされた世界で戦う男たちを描きたくなったんです。

――――主人公の上条桂介は東大出のエリートで、IT業界から異例の転身を遂げた棋士。桂介は父親に虐待されて育ち、将棋に出会うことで人生が変わっていくのですよね。

 誰にも愛されない子どもは、自分の存在を肯定できないんです。自分がそこにいる意味を感じられないのは、何よりつらいことだと思います。桂介は将棋を指すことで存在を認められ、「ここにいてもいいんだ」と思えるようになるんです。

――――桂介は幼い頃に父親のせいでプロ棋士になれずに挫折し、再挑戦します。この本を読んで、プロ棋士になることの厳しさを知りました。

 プロになるには、まず、養成機関である奨励会に入ることが必須です。大会優勝などの実績とプロ棋士の推薦がないと受験さえできません。狭き門をくぐっても、期限内に一定の段位を取らないと退会させられます。家族の支えや、過酷な戦いに勝ち抜く強い心が必要です。恵まれない環境に育った桂介にとって、プロ棋士は難しい道でした。桂介が将棋に出会い、人生に光を見いだし、それを奪われてしまう。その過程を丁寧に描いて、キャラクターの思いをすくい上げることで、物語に「必然性」や「納得感」を与えたかったんです。

『盤上の向日葵』/中央公論新社 1944円(税込み)

――――将棋と向日葵って、イメージが重ならないのですが。

 この作品を書こうと思ったとき、最初から向日葵をモチーフにしようと考えていました。もともと絵画が好きで、とくに数奇な人生を歩んだゴッホに惹かれていました。一度は題材にしたいと思っていたんです。ゴッホは望むように生きられなくて、あがいてあがいて、最期は自ら命を絶ってしまう。ゴッホの描いた向日葵を見ると、彼の苛烈な人生や葛藤が浮かび上がってくる。桂介が心象風景として将棋盤の上に狂い咲く向日葵を見るのは、彼の苦しみと葛藤の象徴とも言えます。

――――物語は死体が発見されて、刑事たちが事件を追う形で始まり、やがて桂介や、対立する真剣師の東明重慶の人生が関わってきます。ミステリー仕立てにしたのはなぜですか。

 私の中にあったテーマは「将棋界を舞台にした『砂の器』」なんです。松本清張先生には及びもつかないですが、親子の葛藤と人間の業を描いた『砂の器』の世界観を投影したかったんです。

すべての作品に共通する「継承」への思い

――――桂介以外のキャラクターも濃かったです。とくに、東明の生き方は刹那的で破滅的。ウソつきでいいかげんで、グダグダな人。桂介も東明に振り回されて、ひどい目にあいます。

 「将棋を指したら超一流、人としてはろくでなし」。好きなんですよ、こういうタイプの人間が(笑)。完璧より何かが欠けている人。大通りは決して歩かない、裏道のチャンピオン――そういう人間像に魅力を感じるんです。東明は、ちゃんと将棋を指していれば、プロ棋士になっても一流だった。でも、素行が悪すぎてプロになれるチャンスを逃してしまう。そういう生き方しか、彼にはできなかったんです。誰でも望んだ人生を歩いているわけじゃない。人生のままならなさを、彼は体現しています。

 

――――来春、柚月さんの原作で映画化される『孤狼の血』(KADOKAWA)の主人公・大上刑事も「ろくでなし」系の男で、東明と重なる部分があります。やはり、好きな人間像の系譜につながるのでしょうか。

 先日、大上役を演じる役所広司さんにお会いしたのですが、オーラがすごくて圧倒されました。そのあと、どうにも東明が役所さんに見えてきて困りました(笑)。私が書く人物は、多くが男性です。そのなかでも筆に力が入るのは、中年以降のいわゆる「オヤジ」と呼ばれる年代。たくさんの重いものを背負いながら生きる姿は魅力的です。この小説に出てくる石破刑事も、敵対する東明も、みんな「オヤジ」。女性はほとんど活躍しません。女性を書いても、うまく動いてくれないんです。それは私が「ファザコン」であることも、理由のひとつかもしれません(笑)。

――――ファザコンの柚月さんにとって、やはり、お父さまの影響は大きいのでしょうか。

 父は無骨な人でしたが、ここぞというときに人生の指針になるような一言をくれました。いまも決断に迫られたとき、「父だったら、どうするだろう」と考えます。そう思うと、父が残してくれた何かを受け継いで、作品を書いているのかもしれません。

 以前、父に駒を贈ったことがあるんです。父が冗談交じりに「おい、盤はないのか」と言うので、「盤は高いのよ、もう少し待って」と約束したんです。その後、東日本大震災で両親を亡くして、父との約束はかなえられませんでした。この作品を書くにあたって、盤と駒をそろえようかと思ったんですが、盤の向こうに父がいないと思うと、ちょっと耐えられなくて。仕方ないので、紙に油性ペンで升目を描いて、駒を書き込んで棋譜を考えました。『盤上の向日葵』を書き上げて、ようやく父と向き合える気がします。盤と駒をそろえて、仏壇の前に置いてあげようと思います。

 子が親から何かを受け継ぐように、『孤狼の血』では、若い日岡刑事は先輩の大上から刑事の神髄を受け継ぎます。『盤上の向日葵』では、桂介が東明の魂を受け継ぎます。そう考えると、作品の根底にいつも「継承」があるのかもしれません。(取材・後藤裕子/撮影・高梨義之)

『盤上の向日葵』

実業界の寵児で天才棋士――。男は果たして殺人犯なのか! ?

 さいたま市天木山山中で発見された白骨死体。唯一残された手がかりは初代菊水月作の名駒のみ。それから4か月、叩き上げ刑事・石破と、かつて将棋を志した若手刑事・佐野は真冬の天童市に降り立つ。向かう先は、世紀の一戦が行われようとしている竜昇戦会場。果たしてその先で二人が目撃したものとは!? 日本推理作家協会賞作家が描く、渾身の将棋ミステリー!

柚月裕子
柚月裕子(ゆづき・ゆうこ)
作家

 1968年、岩手県生まれ。山形県在住。2008年、『臨床真理』で『このミステリーがすごい!』大賞を受賞。13年『検事の本懐』で第15回大藪春彦賞を受賞。16年『孤狼の血』(KADOKAWA)で第154回直木賞候補となり、同作で第69回日本推理作家協会賞。他の著書に『最後の証人』『検事の死命』『蟻の菜園―アントガーデン―』『パレートの誤算』『朽ちないサクラ』『ウツボカズラの甘い息』『合理的にあり得ない 上水流涼子の解明』『慈雨』などがある。

盤上の向日葵/柚月裕子著(1,944円・税込み)

孤狼の血 (角川文庫)/柚月裕子著(820円・税込み)