「散歩する侵略者」人間らしさを集める”夫”

シネマレビュー

散歩する侵略者(日本テレビ、日活、WOWOWほか)

 宇宙人に地球が乗っ取られていく。侵略準備をする宇宙人と地球を守ろうとする人間という設定はSFそのもの。しかし、手足が何本もあり、目から光線を出すような異星体は本作には登場しない。

 鳴海(長澤まさみ=写真右)の夫、真治(松田龍平=同左)。彼こそが、その宇宙人。行方不明になった後、戻ってきた夫は、姿は変わらないが、妻と普通の会話ができない。宇宙人に体を支配され、人間的な思考回路を失ったからだ。

 人間世界のことを知ろうと、宇宙人は人間が用いる概念を収集し始める。真治は鳴海の妹(前田敦子)から「家族」の概念を、引きこもりの青年(満島真之介)から「所有」の概念を奪う。少しずつ人間に近づいていくが、そもそも、失踪前の真治には、人間的な情愛が欠けていたようなのだ。

 夫婦仲は冷え、夫は浮気をしていたらしい。そんな2人の関係がリセットされ、再び男女の感情が芽生え始める。SFの設定を借りながら、物語は次第にラブストーリーにかじを切る。黒沢清監督の近作が、いずれも愛の物語だったことが思い出される。「岸辺の旅」や「ダゲレオタイプの女」が生者と死者の交歓を通して、「クリーピー 偽りの隣人」がホラー映画のスタイルを介して、夫婦や恋人たちの愛を描いていたことを。

 夫婦の物語と並行して、ジャーナリスト(長谷川博己)が、宇宙人に乗っ取られた2人の若者(高杉真宙、恒松祐里)のガイド役としてうろうろする姿が描かれる。こちらはドラマというよりも、エンターテインメント色が強い。SFはもちろん、サスペンスやアクションの要素を盛り込み、あっと言わせる展開だ。

 前川知大率いる劇団「イキウメ」の舞台の映画化にあたっても、黒沢作品のすごみが失われていないことに驚く。奥行きのある構図や殺風景な風景は、シネマスコープの横長の画面には不釣り合いで、観客を不安にさせる。どこからともなく吹く風には、何かが忍び寄る気配が漂う。スクリーンに映る様々なものが、不穏に見えるのだ。舞台は未見だが、言葉を通して表現されたであろうことが映像化され、独特の質感で迫ってくる。

 真治が、鳴海からあるものを奪取して、映画は終わる。言葉では説明しきれない、そのものの強さ、かけがえのなさ。現実に不吉な予感がすることの多い今、確かなものの存在を見て感じ、かすかな安らぎを得た。2時間9分。新宿ピカデリーなど。(近藤孝)