作家生活30周年の宮部みゆきさん「原稿を書いていてストレスを感じたことないんです」

 ミステリーからホラー、SF、時代小説と、幅広いジャンルで活躍を続け、今年、作家生活30周年を迎える宮部みゆきさん。新刊『宮辻薬東宮みやつじやくとうぐう』で、“バトンでつなぐミステリー・アンソロジー”に挑んだ宮部さんに、物語を紡ぐ魅力と仕事にかける思いを聞きました。

アンソロジーはアソートチョコレートの味わい

――――新刊は人気作家5人がリレー方式で物語をつなぐ新しい試みですね。出版社からトップバッターに指名されたと聞きました。

 アンソロジーが大好きなので、すぐに承諾しました。でも、リレー方式というのはあとで知ったんです。競作には統一のテーマがあるものですが、「いまの段階では絞り込まず、宮部さんの持っているネタで書いてください」と言われて……。“家の心霊写真”というネタをずっと転がしていたものですから、ちょうどいいと思って書かせていただきました。「いい作品が集まったら、わたしのは外してね」と軽い気持ちで、原稿をお渡ししたんです。掲載されなかったら、ホームページに載せようと思っていたくらいです。そうしたら、「2番手は辻村深月さんに決まりました」と連絡があってびっくりしました。「え、2番手ってどういうこと? え、リレー形式なの?」って。

――――アンソロジーとして5作品を読み通したとき、どのような感想を持たれましたか。

 私の作品「人・で・なし」はホラー仕立てのミステリーで、ちょっと陰惨な話なんです。果たしてアンソロジーのトップにふさわしいのかと不安でした。でも、辻村さんがモチーフを引き継いで、“母娘の関係”をテーマにきりっとした作品を書いてくださった。そのバトンが薬丸岳さん、東山彰良さんへと、次々と受け継がれていって、宮内悠介さんが私の作品につながるように締めくくってくださった。見事なバトンリレーで、私の作品だけ外してくださいって言えなくなりました(笑)。最前線で活躍しているみなさんと組んで、こんな面白いお仕事ができて、私にとっては棚ぼたのハッピーな企画でした。

左から、宮内悠介、宮部みゆき、東山彰良、辻村深月、薬丸岳(敬称略)

――――ほかにもたくさんのアンソロジーに参加していますが、アンソロジーの魅力とは何でしょう。

 いろいろな味わいの作品が詰まっていて、アソートチョコレートみたいな楽しさがあるし、知らなかった作家との出会いもあります。それに、アンソロジーってかっこいいなあと思うんですよ。テーマを決めて、当代の人気作家を集めて、編み上げて。そこに自分が加われると思うと、作家冥利に尽きます。

――――とくに今回のアンソロジーは、モチーフやテーマが少しずつ重なり合って、作品も兄弟か家族のようなイメージですね。みなさんで撮った写真も家族写真みたいです。

 薬丸さんも記者会見で「親戚ができたみたいだ」っておっしゃってました(笑)。打ち上げのときも、「もう1周するとしたら?」とか、「映像化するときの理想のキャスト」とか、すごく盛り上がりました。もし映像化したら、東山さんの作品は舞台が台湾なので、みんなでロケを見に行けたらいいねという話も出ました。実現したらうれしいですね。

読み終わったら忘れられなくなる、「お土産」を残したい

――――「人・で・なし」は、新興住宅地の新築物件で起こる怪奇たん。怪現象は古い家で起こるものだと思っていたのですが、ここでは真新しい家が怪物のようになっていきます。

 私は下町生まれの下町育ちで、4代前から同じ土地に住んでいます。工事で地面を掘り返したら、東京大空襲で亡くなった方の古い骨が出るような場所です。でもね、だからこそ守られている気がするんです。昔、この地で亡くなった人たちが、その思いを受け継いで住み続けている住人にさわりを起こすはずがないと思うんです。むしろ、新しい住宅地の方が怖い。「人・で・なし」の舞台のように、元は農地とか雑木林で人里と隔絶された土地。一度も人が住んだことのない土地。そういう「場」には、人の記憶がないでしょう? 家という無機物の思念が、人にどんな影響を与えるのか……。そういう恐怖を描いてみたかったんです。

――――無機物だからコミュニケーションが取れない。人の幽霊なら少しは通じ合えるのに。

 そうなんです。通じ合えないのに無理やり理解しようとしておかしくなっていく。恐怖や怪異って、解釈する側の問題だと思うんです。何でもないって思えば、何も起こらないかもしれない。私が新興住宅地は怖いというのも、一般的には変かもしれない。それも解釈の違い、受け止め方の違いです。人によって怖いツボが異なるんです。そこを引き出すことも、怪異譚を書く面白さです。読み終わったあとに、小さな点描のようなシーンでもいい、怖すぎて忘れられないというトラウマ的なものでもいいから、何か一つ「お土産」を残したいと思って書いています。

『宮辻薬東宮』講談社/1500円・税別。書名は5人の作家の頭文字をつなげ、それぞれの文字に小説に出てくるアイテムがあしらわれている凝ったデザイン

昔の自分に「30年頑張れるよ」って、教えてあげたい

――――作家生活30年という節目を迎えて、挑戦したいことはありますか。

 いま、時代小説の「三島屋変調百物語」シリーズとミステリーの「杉村三郎」シリーズを続けながら、単発の長編や短編を書いていますが、もう一つ、捕物帳のシリーズを持ちたいんです。「桜ほうさら」の富勘長屋を舞台に、「ぼんくら」の登場人物を出したい……とお話も決めているのですが、なかなか手を付けられなくて。それから、私はスティーブン・キング(アメリカのホラー作家)が大好きで、キングのやったことはみんなやってみたいんです。「クロスファイア」という作品で念力放火能力パイロキネシスは書いたので、「シャイニング」みたいな幽霊屋敷と、「ペット・セマタリー」みたいな死者のよみがえりを書きたくて。キングファンを自認する作家としては、いずれこの二つは書きたいです。

――――仕事が進まないときや、やる気が出ないときもあったのでは。そういうとき、どうやって気持ちを切り替えていますか?

 好きなことだけを書いてきて、意に沿わない仕事はしたことがないので、原稿を書いていてストレスを感じたことがほとんどありません。むしろ、現実から逃避できます(笑)。物語を書いてリフレッシュしているの。もし、タイムスリップして昔の自分に会えたら、「大きなアクシデントもなく、体も壊わさず、30年頑張れるよ」って教えてあげたいです。

(取材・後藤裕子)

宮部みゆき(みやべ・みゆき)
作家

 1960年、東京都生まれ。87年「我らが隣人の犯罪」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。92年『龍は眠る』で第45回日本推理作家協会賞。同年『本所深川ふしぎ草紙』で第13回吉川英治文学新人賞。93年『火車』で第6回山本周五郎賞。97年『蒲生邸事件』で第18回日本SF大賞。99年『理由』で第120回直木三十五賞。2001年『模倣犯』で第55回毎日出版文化賞特別賞、第5回司馬遼太郎賞、第52回芸術選奨文部科学大臣賞をそれぞれ受賞。07年『名もなき毒』で第41回吉川英治文学賞。08年英訳版『BRAVE STORY』でThe Batchelder Award受賞。近著に『希望荘』『三鬼 三島屋変調百物語四之続』など。