「王子様を待たないで」 西原理恵子さんが女性に伝えたいこと

 漫画家の西原理恵子さん(52)が母親卒業を宣言して、「女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと」(角川書店)を発刊しました。独り立ちする娘たち世代に向けて、「王子様を待たないで、お寿司も指輪も自分で買おう」と呼びかけます。働くこと、生きること、女であること、本に込めた思いを聞きました。

「卒母宣言」口をきいていない娘への思い

――――2002年から続いた連載漫画「毎日かあさん」を6月26日に終え、母親を卒業すると宣言されました。大学生の息子さん、17歳の娘さんの反応は?

 娘と口をきいてないので(笑)。去年だったかな、焼き肉を食べに行って「お母さん、この肉切って」と言われて「あいよ」って言ったのが最後。ろくに口きかないまま誕生日を2回過ごしたなということに気づいて、息子と一緒に「すごい」と娘の根性と根気をほめました。息子は話題をぽっと変えるのがうまくて、根気がないので、怒っても続かない(笑)。

 私も84歳の母といまだに豆の煮方や皿の洗い方でけんかをするんですよ。52歳の私に52年分の母親への思いがあるわけだから、17歳なら17年分の恨みつらみが娘にもあろうかなって。猫や犬で言うと、爪を立ててシャーッという感じ。今まで子供だったのが、急に立ち上がって「自分でやる!」って、せっかく言ってんだから手を放しました。で、こうやって本に書いておくので、いずれ家を出てからでもいいから読んどいてね、と。

――――母をやめるって勇気がいると思うんですよ。手を離すのが寂しい、心配という気持ちはなかったですか?

 子供って、ドアを開けたら、ドアの向こうしか見ていないんですよ。楽しくて。うちの子二人は、タブレット一つだけ持って、私の知らない世界にどんどん出て行っている。もう時期が来たんだなーって。この先どうなるかはわからないけれど、行ってらっしゃいと見送るしかない。引きこもりの多いご時世に、外で暴れ回っているうちの子たちを見ていると、ありがたいなーって。さすがけんか上等の土佐ヤンキーの血が流れている(笑)。

貧困と暴力の連鎖、初動が大事なんです

––––本の中の高知のエピソードが壮絶です。19歳で上京するまで、周りがとても貧しくて、殴られている友達がいて、貧困と暴力がリンクしていた、と。

 大人が本気で子供を殴っている姿を何度も見ました。私が上京したのは、夢や希望をかなえるためではなく、あそこに戻りたくないという恐怖です。いずれ自分が夫に殴られる、そして私が子供を殴る。そんな怖い人生を送りたくなかった。

 自由と責任というのは有料で、お金がないと果たせません。そうと知らずに結婚してしまって男でつまずき、赤ちゃんができると、働けなくなる。世界中の貧困って母子家庭なんですよね。男はお金を持ってきてくれると信じて疑わなかった女たちなんです。

 「今別れられないの」って愚痴を言っている女性をたくさんみました。今別れられなければ一生別れられませんよ。大嫌いな人と一緒にいると、「パパ死ねばいいのに」って言っちゃう。それを聞いた子供が平気でそう言っていいと思ってしまう。貧乏や暴力やウソの中で、子供が育ってしまう悪循環です。

 実際にDVにあったり、自分が病気になったりしたら、どんなに周りがアドバイスをしても耳に入りません。先に知識を頭にいれておくしかないです。初動が大事なんで、そのために失敗した人間が語っておこうと。啓蒙です。

――――西原さんの亡くなったパートナーはアルコール依存症で、幼い子供二人を抱えて洗濯機の中にいるようだったと苦悩が書いてあります。

 一生かけてやるつもりの仕事を投げ出さなくてはいけないような状況になっていても、渦中にいると気づかないんですよ。一番大事なのは、子供と仕事と自分。あとは全部捨てなきゃいけないのに、優先順位の判断がまったくつかなくなっていた。

 依存症の世界では、病気から生きてのびて帰ってきた人や家族をサバイバーと言うんですよ。サバイバーの体験談を聞いて、その知識があれば、いざという時に逃げられるし、逃げようとするし、逃げる準備をする体力も温存できる。失敗してこけてもやり直せる。まったく知らないのとは雲泥の差です。

ドジっこにイケメンの少女漫画は脳内麻薬

――――かつてはひどい夫でも我慢するのが美徳とされた時代がありました。

 私たちの母親世代が変えてくれたと思うんです。しゅうとめにいびられた最後の世代の女性たちはみんな口をそろえて言いますよ。ひどい思いをしたから、子供に迷惑かけたくない、自分のおむつの面倒はみなくていいからって。母親世代からいいバトンを渡してもらったという自覚はあるんです。

 だから、私も子供たちに、貧困は殴られていなくても暴力だということ、あなたの人格を否定していい人は誰もいないんだと伝える責任がある。いい人ほど我慢しちゃうけれど、家の犠牲にはなっちゃダメ、もっと図々しく。(夫の出世のためにお金を差し出して良妻賢母とされる)山内一豊の妻なんて大間違いです。白馬の王子様の定義も変えていきましょう。

––––でも、モテる、愛される女性になれば、いい男がみつかるといった幻想もありませんか。

 あれは何もしないで得をしようという少女漫画の王道です。ドジっこの私にものすごいイケメンが恋をするという脳内麻薬です。太ももをもめば痩せると言われれば私だってもむけれど、そんなことはない(笑)。

 だいたい当たりの人なんてそうそういないんですよ。うちの母親はずっと男でしくじって、私にとっての反面教師でああはなるまいと思っていたのに、私も似たような失敗をして。でも、そのたびにより強力な経済力を持つことに成功しました(笑)。母は離婚2回で家2軒を建てて、私は離婚1回で家3軒なんで、娘には離婚3回、家5軒のノルマを課している(笑)。

寿司も指輪も自分で買える自由と幸せ

――――本の帯には「王子様を待たないで。お寿司も指輪も自分で買おう」と書いてあります。

 男の子は若い時に社会に出ると、すごく叱られて鍛えられる。でも、若い女性でかわいい子はちやほやされる。その若さの価値が2億円だとしたら、20年後には資産が目減りしてゼロ円ですよ。年に見合ったキャリアや人としての優しさ、経済観念を持ち、自由と責任を自分で勝ち取れる人間になって初めて女性は自由になれます。エステに行くことが女磨きじゃない。

 だいたい、人の財布でお寿司食べに行ったって、続かないでしょ。私こんなに転んで、男で失敗していろいろやらかしたけれど、今すごい幸せなんですね。若い子はみんなね、おばさんになったらおしまいよって口をそろえるけど、違うのよ~(笑)。私は52歳でウエストもなくなったけれど、恋人がいて、寿司も指輪も自分で買っちゃったから、ちっとも欲しくないの~(笑)。子供も立派に自分の人生を選択できるようになったから、お母さんやめたし、あとはもう何したって好きにしていい。夕方からビールだって飲める(笑)。

――――女の人生の長さを考えた時に、つまずいても立ち上がれるように準備をしておくことが一番大事かもしれません。それをどう子どもに伝えたらいいのでしょうか。

 私は将来どうなってほしいという展望は子供たちには言いませんでした。そんな先のことを言われても困るでしょ。夫が病気で死んじゃったからというのもありますが、どんなに頑張ったって人って死ぬし、病気に負けちゃったりもするし、先のことを決めて心配するより、目の前にいる時に笑っていようよと思っていました。家が汚くていいから、とにかくお母さんが笑っている家が居心地がいい。くだらない冗談を言い合って笑いあって。

――――いつも笑っていられればいいのですが、ついついイライラしちゃったりするんですよね。

 お互い機嫌が悪ければ顔を合わせず離れていていいんです。だいたい話し合えばわかり合えるなんて、世界中の政治家ができないことを家でできるはずがない。私は家族仲良くなくてよしという派閥なので。あなたはあなたの人生がある、反抗期でもいい、元気でいてくれれば家族仲良くなくてよし。みんなそれぞれが幸せに生きていければいいんです。そして、はずれに出会ったら一緒に巻き込まれないで、自力で帰ってこようよ。そう思っています。

西原理恵子 (さいばら・りえこ)

 1964年高知県生まれ。88年「ちくろ幼稚園」でメジャーデビュー。96年カメラマンの鴨志田穣氏と結婚し、一男一女をもうける。97年に「ぼくんち」で文藝春秋漫画賞、2004年「毎日かあさん カニ母編」で文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、05年「毎日かあさん」「上京ものがたり」で手塚治虫文化賞短編賞などを受賞。「この世でいちばん大事な『カネ』の話」「スナックさいばら」などのエッセーも人気を集めている。高須クリニック院長の高須克弥さんとの年の差恋愛を描いた「ダーリンは70歳」なども話題。