学芸員で「このミス」大賞、一色さゆりさんミステリーに挑む思い

作家 一色さゆり

 美術を題材にしたミステリーで注目されている作家・一色さゆりさん。東京芸術大学出身で、美術品マーケットの光と影を描いたデビュー作「神の値段」(2016年、宝島社刊)が、「『このミステリーがすごい!』大賞」を受賞。最新作「嘘をつく器 死の曜変天目」(宝島社)では、幻の焼き物の謎がテーマです。都内の美術館で学芸員として勤める傍ら、小説を執筆する一色さんに、二つの仕事を持つ思いを聞きました。

九州や京都の窯元で取材

――最新作の「嘘をつく器」は、中国・南宋時代(12~13世紀)に作られた「曜変天目茶碗」の再現に成功した陶芸家が殺され、窯元で働く主人公・町子が犯人を追うミステリーです。小説の題材に「陶芸」を選んだのはなぜですか?

 1作目(神の値段)では現代美術に関する話を書いたので、2作目は違ったタイプの小説を書きたいと思いました。以前から工芸に興味があって、工芸に携わっている友人も多かったんです。陶芸や染色、漆塗り、金細工といった工芸は、歴史的にみれば、日本の芸術の根幹なのではないかと、前々から思っていました。それで、工芸の中でも、関わっている人の数が多くて、一般の人が一番手に取りやすい焼き物、陶芸を題材に選びました。

――執筆に当たって、取材はしましたか?

 運よく、陶芸の世界にも何人か知り合いがいたおかげで、九州や京都の窯元を取材させていただいたり、母校(東京芸術大)で陶芸を教えている先生にお話を伺ったりしました。前作は、現代美術品の売買にまつわる物語で、執筆当時、私自身が現代美術のギャラリーで働いていたので、その実体験をもとに、わりとサクサクと書くことができたんです。でも2作目は、自分で体験していないことなので書くのが大変で、実際に陶芸教室や茶道教室に足を運んで体験してみたりもしました。

――「神の値段」で「『このミステリーがすごい!』大賞」の大賞を受賞しました。2作目を執筆する際、プレッシャーは感じませんでしたか?

 なるべく自分にプレッシャーをかけないようにしていましたね。もちろん、2作目も良い作品を書きたいとは思っていましたが、まずは、自分の実力を伸ばすことが大切です。だから、2作目でデビュー作より良い作品を書き、3作目では2作目より良い作品を書き、4作目でも……というふうに、着実に力をつけていけたらと思っています。

体験したことを忘れないよう書き留める

 ――小説はいつ頃、書き始めたのですか?

 作文用紙にお話を書いて、それに自分で挿絵を付けることは、子供の頃からやっていましたね。ただ、自分がまさか大人になって小説家になるとは思っていませんでした。

――美術にも小さい頃から興味があったのですね。

 絵が好きで、高校に入ってからは画塾に通ったりもしていました。ただ、その時に「自分は絵筆を取るより、ペンを取る方が向いているのかな」と考えたんです。というのも、絵の先生のアドバイスが抽象的だったので、「もっとうまく言語で説明できないものだろうか」と思ったんです。自分で描くよりも見る方が楽しかったし、誰かが描いた作品を研究して説明する方が向いているんだろうなと。それで、美術史や美学などを勉強できる東京芸大の芸術学科に入学しました。

――大学では、美術を学びながら小説の執筆を続けていたのですか?

 当時は、美術とはあまり関係のない、純文学のような小説を書いていました。

――大学卒業後はギャラリーに就職し、その頃の経験をもとに書いたのが、デビュー作の「神の値段」ですね。

 就職後も小説は書き続けていました。私の場合、小説を書くことは、自分が体験したことを忘れないように書き留めておくことでもあるんです。就職した当初は、ギャラリーに関する小説を書くつもりはなかったのですが、就職して3年ほど経ち、自分の記憶の中に仕事での体験がたまってきたことや、香港への留学を控えていたこともあって、書いてみることにしたんです。

――就職した時から、美術に関する仕事と小説の執筆を両立させようと考えていたのですか?

 私としては、この二つを切り離して考えてはいなかったですね。美術に携わる方には、文学が好きで、小説をたくさん読んでいる人も多いんです。「ものを作る」という意味では、美術も小説も同じようなことだと思ったし、もし小説家になるとしたら、何かしら強みがあった方がいいと思っていたので。

現代美術の作家とやり取り

――その後、香港留学を経て、一昨年春から、都内の美術館に学芸員として勤務しているのですね。具体的にはどんな仕事を?

 美術館の学芸員は、専門によって仕事の内容が全然違います。例えば、西洋美術で印象派の展覧会を担当する学芸員は、海外の美術館から作品を借り受けるための交渉や、作品の輸送の手配のほかに、展示方法を決めたり、カタログの原稿を執筆したりといったことが仕事です。一方、私が担当している現代美術は、作家さんが存命なので、作家さん本人と直接やり取りすることが重要な仕事になります。そういう意味では、出版社の編集者に似ているかもしれません。

――学芸員の仕事をしていて、小説のヒントになりそうなことはありますか?

 いろんな国の、思いも寄らないような発想をする作家さんが多いので、とても刺激になりますね。例えば、現代アーティストのなかには観客やキュレーター、地元の人たちを巻き込んで作品をつくる人が多く、一緒に準備していく過程で様々な発見があります。

――どんなふうに巻き込むんですか?

 ある作家さんは、来場者に料理をふるまって、見ず知らずの人同士でコミュニケーションを取ってもらうこと自体を作品にしています。とくに90年代後半から、人と人のコミュニケーションそのものが作品になるということが提唱されて、現代美術の新しい考え方が生まれたので、そのようなプロジェクト型の作品に取り組むアーティストが増えてきているんです。

作法が身に付けば、書くのが楽しくなる

――デビュー作、第2作と、いずれもミステリーでしたが、今後もミステリーを書き続けるつもりですか?

 ミステリーには、物語にトリックを仕掛けたり、最後にどんでん返しを入れたりなど、執筆するに当たって、いくつかの作法やルールがあります。それを守って書くのに苦労することもありますが、作法が身に付いてくるほど、書くのが楽しくなっているんですよ。作法やルールを守らなければいけないという意味では、ミステリーは少しスポーツに近いかもしれません。ルール違反をせずに、フェアプレーで良い作品が書けるようになれたらうれしいですね。

――次回作は?

 今、「アートセラピー」に関する話を書いています。アートセラピーには、美術を「作り手の深層心理を表す何か」と捉えて、作品から作者の無意識下にあるものを探るという側面があります。アートセラピストを主人公にしたミステリー仕立ての作品にしたいと考えています。

一色 さゆり(いっしき・さゆり)
 1988年、京都府生まれ。東京芸術大学芸術学科を卒業の後、香港中文大学大学院美術研究科修了。第14回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、「神の値段」(宝島社)で2016年にデビュー。現在は学芸員として都内の美術館に勤務。