銭湯絵はアートだ…伝統受け継ぐ女性銭湯絵師の挑戦

銭湯絵師 田中みずき

 銭湯といえば、壁一面に描かれた富士山の絵を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。銭湯の数が年々減少するに従い、そうした「銭湯絵」を専門に描く絵師も減り、一時は国内でわずか2人になったといいます。そんな中、後継者に名乗り出たのが田中みずきさん(34)です。8年間の修業を経て2013年に独立し、現在は企業の広告を銭湯の壁に描くなどの新たなアプローチで注目を集めています。銭湯絵を後世に残そうとする田中さんの思いを聞きました。(聞き手 河合良昭)

――なぜ、この道に進んだのですか?

 大学では美術史を専攻していました。卒論を何にしようかと考えたとき、横尾忠則さんなどの好きな画家が銭湯を題材に絵を描いていたことを思い出し、銭湯絵をテーマに決めました。2004年、大学2年の冬で21歳のときです。それで調査を始めました。

 私は大阪府に生まれ、東京都文京区で育ちました。家の近くに銭湯があったのですが、実は一度も行ったことはありませんでした。卒論の研究のために初めて近所の銭湯に行き、大きな湯船につかりながら富士山の描かれた銭湯絵を見ていると、もくもくと上がってきた湯気が絵の中の雲に重なり、見ている自分が絵の中に吸い込まれそうな感覚でした。私は元々、鑑賞者が参加することで作品が成立する「インタラクティブ・アート」という芸術をやりたかったのですが、銭湯絵は美術館で額縁の中に入った絵を鑑賞するのとは違い、人々の生活の場に絵が存在しています。銭湯を訪れる人がいて作品が成り立っているので、これも「インタラクティブ・アート」の一種だと思いました。

――どうやって銭湯絵師に?

 銭湯を初めて訪れた後、銭湯絵師が銭湯絵の公開制作を行うと聞き、東京・お台場を訪れました。銭湯絵師が手際よく刷毛はけや筆を動かすと、無機質で巨大な壁が、瞬く間に富士山と海の風景へと生まれ変わり、その職人技に魅了されました。

 その後も卒論の研究のために銭湯絵師の仕事場を何度も訪れて、様子を見ているうちに、「この技術が失われてしまうのはあまりにももったいない」と思うようになり、後継者が誰もいないなら自分が引き継ごうと思いました。

 大学院修了後、美術系の出版社に就職して、休みの日に銭湯絵師の手伝いをする日々でしたが、「出版社での仕事なら私より優秀な人もいる。でも、銭湯絵師の後継者は私しかいない」と決意し、出版社をやめ、銭湯絵師一本に絞りました。

 大学で学んだのは美術史で、絵を描くことはありませんでした。絵を描いていたのは高校生の頃で、当時はデッサンなどを学んだことがありましたが、その程度でした。

 銭湯絵師のところでは最初にやらせてもらったのは、足場となる木材やペンキを運ぶお手伝い。2~3年の間はローラーを使ってひたすら空の色を塗るだけでした。次は雲。影をつけて厚みを表現できるようになると、水辺や小さな松などを少しずつ描かせてもらえるようになりました。8年間修業し、2013年、30歳の時に独立しました。

――銭湯絵はどのように描くのですか。

 銭湯絵は湯気と湿気で劣化するため、本当は年に1度は塗り替えるのが理想ですが、多くの銭湯では2、3年ごとに1度塗り替えています。下描きはせず、それまで描かれていた古い絵の上に直接ローラーや刷毛でペンキを塗っていきます。下から描いていくと、ペンキが垂れた場合に絵が台無しになってしまうので、天井の方から床面に向かって描き、塗っては乾かすことを繰り返していきます。ローラーは広い空や海を一気に描くのに使い、刷毛で樹木や茂みに細かい影などを描きます。

――銭湯絵ならではの難しさはありますか。

 銭湯の天井は高さ5メートル以上あり、はしごに登って描くので危険な作業になります。また、とても大きな絵を壁に近づいたまま描くため、構図が取りにくいのが難しい点です。さらに、銭湯の営業に影響しないよう、主に休業日の一日で一気に描きあげる必要があります。大きな作品だと、仕上げるのに丸1日がかりということもあり、時間との勝負になります。

 どんな絵を描くかは、銭湯側のリクエストに応じたり、絵師にお任せであったりと様々です。これまで東京スカイツリーを浮世絵風に描いたり、赤く輝いた富士山や「ゆるキャラ」を描いたりするなど、様々な作品に挑戦してきました。自己表現の場ではないと思っているので個性的であるかは気にしていませんが、男湯からも女湯からも見える位置に富士山を描きたいなどのこだわりはあります。

――企業と共同で作品を制作するなど、新たなアプローチが注目を集めています。

 仕事は年間40~50件で、始めた頃は6~7割は銭湯からの依頼でしたが、最近ではそれが5割程度になり、代わって宿泊施設にある浴場の壁面やスーパー銭湯などで絵を描く仕事が増えました。

 広告料で費用を賄い、銭湯絵を描く新しいビジネススタイルへも挑戦しています。銭湯ファンの方などと「銭湯振興舎」というグループを作り、メンバーが銭湯周辺の飲食店などに営業をかけて広告をいただき、それを元手に銭湯絵を描くというスタイルです。昔の銭湯絵師は広告会社に所属し、広告費で銭湯絵を描いていました。その下に近所の床屋さんや歯医者さんの広告などを描いていました。昔のビジネススタイルの復活を目指しているともいえます。

 企業と共同での仕事もしています。銭湯の壁に自動車会社の広告のために車を描いたり、旅行会社のカナダツアーの宣伝用にロッキー山脈を描いたりしました。10月1日から放送が始まった日本たばこ産業(JT)のコマーシャルにも出演し、銭湯で富士山の絵を描くシーンが使われています。

――これからは、どんな活動をしていきたいですか。

 銭湯でしか出せない人間関係や空気感があると感じています。12月3日まで、東京都文京区の6軒の銭湯をギャラリーとして使い、6人のアーティストが作品の展示などをする「銭湯ミュージアム 6人の作家展」を開催しています。私は小学生が銭湯に飾る絵を描くワークショップを行いました。こうした活動を通して銭湯の魅力をもっと広めていきたいです。2020年の東京五輪に向けて日本を訪れる外国人観光客が増えています。こうした人たちが利用する宿泊施設の浴室にも絵を描く仕事もしています。海外の人にも銭湯の魅力や楽しみ方を知ってほしいです。

田中みずき(たなか・みずき)
 1983年、大阪府生まれ、東京・文京区育ち。明治学院大では美術史を専攻した。東京都内をはじめ全国で銭湯や旅館の浴場などでペンキ絵を描いている。過去の作品は自らのブログ「銭湯ペンキ絵師見習い日記」に掲載。