「ありそうでないもの」を作りたい…刺しゅう作家小林モー子さん

 アンティークビーズで作るブローチが注目を集めている刺しゅう作家、小林モー子さん。豚に真珠が付いていたり、食べ物や工具をかたどっていたり、遊び心あふれるモチーフが新鮮です。9月6日から12日まで伊勢丹新宿店(東京)でイベントを開くほか、今夏はユニクロの難民支援のオリジナルチャームもデザインしています。ユニークな作品はどうやって生まれるのか、仕事への思いを東京都渋谷区にあるオフィス兼アトリエで聞いてきました。

――――小林さんのブローチは、コインほどの大きさのものでも、身につけると「どこで買ったの?」「かわいい」とよく言われます。デザインで大切にしていることは?

 ありそうでなかったもの、です。たとえば、何かの瞬間をとらえたモチーフ。ビールの泡がジョッキからこぼれる瞬間だったり、絵の具のチューブから絵の具が出てくる瞬間だったり。ブローチといえば、花やチョウチョなどの伝統的なモチーフが多い。これまでのアクセサリーにないものを目指してきました。

――――ビーズ刺しゅうに引かれたきっかけは。

 もともと手芸が大好き。編み物もするし、服も作ります。文化服装学院に通っていた1999年に東京・渋谷のBunkamuraで「パリ・モードの舞台裏」という展覧会が開かれました。パリのオートクチュールを支える職人さんの技を紹介するものです。そこでパリの有名な刺しゅうのアトリエ「ルサージュ」の作品を見て、面白いと思ったのです。リュネビル法という方法で、かぎ針を使ってものすごく小さなビーズを刺していく。裏から見てもきれいに仕上がっていて、どうやって作るのだろう、と。

リュネビル法の刺しゅうは、裏側から見てもきれい

――――それでパリへ?

 「ルサージュ」について調べたら、刺しゅうの学校を経営していることを知ったんです。文化服装学院の先生に「パリに行きたい」と相談したら、「日本で一度は就職してからパリを目指したほうがいい」とアドバイスを受け、軍資金をためるためにもアパレルメーカーでパタンナーとして働き始めました。仕事は楽しかった。でも、どこかでふんぎりをつけないと、このままパリに行けなくなっちゃうなと思い、2003年に会社を辞めて、翌年パリに行きました。

――――パリでの生活は?

 夢だった「ルサージュ」の学校に通い、刺しゅうの様々な技術を習得しました。ただ技術そのものは面白いけれど、作るもののモチーフはチョウチョや花など伝統的な柄ばかり。きれいだけど、ほしいとは思わない。もっと違うものを作りたいという気持ちが大きくなっていきました。

――――海外での暮らしに不安はなかったですか。

 アパレルメーカーで働いていたので、自分は組織向きの人間だと思っていました。だから、パリに行って半年ぐらいはひとりでやっていけるか不安で不安で。でも1年ぐらいたったころからウェディングドレスのアトリエなどから刺しゅうの仕事が来るようになったんです。フランス語は2か月間、語学学校に通ったけれど、そんなに簡単にしゃべることができるようになるわけではない。縫い方など仕事に必要な専門用語を知るために、ノートにたくさん絵を描いて「これってフランス語でどう言うの」と、フランス語を書いてもらいました。必要に迫られて覚えていったんです。

――――作家として独り立ちできると思ったのはいつごろですか。

 のみの市でビンテージのアクセサリーなどを買い集めて、刺しゅうと組み合わせて、自分の作品を作っていました。それを仙台のセレクトショップが売ってくれていました。帰国の1年前、その店からイベントをやってみないかと提案をいただきました。ビーズのブローチを含め、これまで作ってきたものを売ったら、意外に売れた。伊勢丹のバイヤーからも店内でワークショップをやってみないかと声をかけてもらい、お金の保証もしてくれた。それで刺しゅう作家として「やっていけるかな」と自信ができました。

――――ブローチに使っているのは、ビンテージのビーズだそうですね。ビンテージにこだわる理由は。

 毎週のみの市に通っていたときにビンテージのビーズに出合ったんです。現代のものより粒がずっと小さくて、色もきれい。作品を作るにはパレットのように色数がないとだめ。でもどんどんなくなっていくので、とにかく集めなきゃと、有り金をはたいてのみの市で何十キロもビーズを買いました。

昨年フランスに行き、伝統的な金糸の刺しゅうを学んできた

――――帰国後は「メゾン・デ・ペルル」というアトリエを主宰し、刺しゅう教室も開いています。2015年に結婚、16年には出産されたと聞きました。

 現在スタッフは社員、アルバイトの女性計5人です。商品は、私がサンプルを作り、みんなで手作りします。手作りだと微妙に違いがでてしまう。そのためにみんなで厳密にチェックします。それだけでなく、教室やウェブの運営、商品のパッケージなどもみんなでやっています。結婚や出産などいろんな事情でだれかが欠けた時でも同じ状態を保てるようにするためです。今年からはみんなが長期休暇をとるようにもしました。
 今後スタッフが結婚、出産となったときに、どのような働き方がいいのか、これから何を準備しておかなければならないか、自分自身が経験したことでいろいろ考えられるようになりました。夫は商業施設やレストランのデザインを手がける会社をやっています。出産後子どもが保育園に入るまでの約5か月間、夫は仕事をほとんど休んで家で面倒を見てくれてました。

――――これからやってみたいことは。

 ひとつはお相撲さんの化粧まわし。もうひとつは、点字の本です。以前、東京の松濤にあるギャラリーに行ったとき、視覚障害者が彫刻を触って鑑賞できるのを見て、こういうのができるかもしれないと思いました。いずれも、これまでなかったものですよね。

(聞き手:宮智泉、写真:鈴木竜三)

メゾン・デ・ペルル

小林モー子(こばやし・もーこ)
刺しゅう作家

 1977年、神奈川県茅ヶ崎市生まれ。文化服装学院アパレル技術科卒業。服飾メーカーにパタンナーとして勤務後、2004年に渡仏し、刺しゅうのアトリエ「ルサージュ」の学校で刺しゅうを学ぶ。2010年に帰国、刺しゅう教室を始める。2017年夏、ユニクロの「世界難民デー」に合わせた子供服リサイクルプロジェクトで、オリジナルチャームをデザイン。