「おさるのジョージ」秘話を映画化28歳の映画監督山崎エマさん

 世界中で愛されている絵本「おさるのジョージ」。その原作者夫妻の波乱に満ちた生涯を描いた映画「Monkey Business」が今月、アメリカで公開されました(日本では来年公開)。脚本、監督、プロデュースは、神戸出身の山崎エマさん(28)。クラウドファンディングで資金を集め、3年がかりで作った映画への思いを聞きました。

自転車でナチスから逃れてアメリカへ

――1941年にアメリカで出版された「おさるのジョージ」は、好奇心旺盛なサルのジョージを主人公にしたお話で、テレビ番組や映画にもなっています。でも、原作者のことはあまり知られていませんね。

 私も知り合いから「ジョージの原作者の話を知っている?」と、聞かれるまで知りませんでした。その知人のお母さんが、原作者のハンス・レイとマーガレット・レイ夫妻の資料を管理している財団のレイ・リー・オンさんを知っていた。その個人的なつながりで、レイ夫妻はユダヤ系ドイツ人で、ナチスから自転車で逃げたと教えてくれて。

―― 映画を見ましたが、2人乗り用のタンデム自転車を改造して、絵本の原稿を持ってヨーロッパを脱出する。ドラマチックな話です。

 素晴らしい話で、すでに映画になっているかと思って調べたけれど、子供用の本が1冊出ているだけでした。それで2014年にボストンまでオンさんに会いに行ったんです。私は映画監督になりたくてニューヨーク大学に行き、卒業後はアメリカでテレビ番組や短編ドキュメンタリーの制作に携わっていました。当時、働き始めて2年目で、自分のすべてを注ぎ込めるような長編ドキュメンタリーのテーマを探していたんです。オンさんからミシシッピーに段ボール箱300箱分の資料があると聞いて、見に行ったら、本人たちの戦争中の日記や互いに宛てた手紙、写真がたくさん残っていた。夢中になって、彼らの生涯を調べ始めました。

制作の自由を手にするため、クラウドファンディングで資金調達

――最初から映画にできると思っていましたか。

 私の前にも映画化したいという話があったらしいのですが、実現までこぎ着けた人がいなかった。でも、こんな話が世の中に知られないのはおかしいと思って、とりあえず、仕事が休みの時にゆかりの人を探してインタビューを撮り始めました。学生時代の仲間が現場で手伝ってくれ、貯金も自分の稼ぎも使ったけれど、資金が足りなくて。昨年夏にクラウドファンディングで資金を約2000万円集めました。それがニュースになって、ハンスの幼い時の写真を持っているという人が現れました。これまで断片的だった二人の人生がつながって、その中から自分の物差しで真実だと思うことを映画にしたんです。

――本人たちを模したアニメと実写を組み合わせたアイデアもユニークです。

 アニメを描いてくれたジェイコブ・カフカとは、二人でずいぶん話し合いました。彼の繊細な絵が好きで声をかけたのですが、私はアニメのことはよくわからず、1分間の映像を作るのに1か月かかると言われて驚いて。でも、彼が抜けたら映画がなりたたない。この仕事にかかりきりになってもらうために、彼に生活できる最低限のお金を私が渡し、私が構成や絵を考えて、2年間で1万5000枚の手書きの絵を描いてもらいました。そのために、お金になるならどんな映像の仕事でもやりました。
 偶然ですが、レイ夫妻も情熱的でストレートに感情をぶつける妻のマーガレットと、天才肌で穏やかなハンスという二人の組み合わせで絵本ができた。ジェイコブもすごくシャイで、私はマーガレット型(笑)。レイ夫妻に影響されて、この形になったのかもしれません。

――途中で心が折れそうになったことはなかったですか。

 何度もありましたよ! クラウドファンディングは30日でお金を集めないといけないのですが、なかなか集まらなかった。「こんな私がこの二人の素晴らしい話を映画化していいのか」と迷いました。経験もなく、ユダヤ系でもなく、巨匠が映画化すればアカデミー賞も狙えるかもしれない話。でも、二人をこう描きたいという私なりの思いが固まっていて、放送局や大口投資家に資金を出してもらったら、若く経験もない私が作りたいように作れないと思った。クラウドファンディングだと自分の自由が守られる。結局、1500人に支援してもらって、29日ぎりぎりになって集まった時には、自分たちが面白いと思ってやってきたことは間違っていなかった、妥協しないできちんと完成させようと思えたんです。

映画が縁でプロポーズ、日本と世界の架け橋に

――「おさるのジョージ」の展覧会が日本で開催されたり(東京・松屋銀座で21日まで)、テレビ番組になったり。期せずして映画の公開と重なりましたね。

 ジョージと飼い主の黄色い帽子のおじさんの物語は、私には二人の生き方そのものに思えるんです。子供心を忘れずに、前向きで希望に満ちていて、創意工夫でピンチを乗り越える。その二人が作った物語だから、時代を超えて愛されている。

 後から気づいたのですが、レイ夫妻と私には、重なる点があるんです。レイ夫妻は移民として、頑張れば夢がかなう国アメリカにやってきた。私はイギリス人の父と日本人の母の間に生まれ、19歳でニューヨークに来て、今はアメリカと日本を行き来して仕事をしています。レイ夫妻がニューヨークで住んでいた場所は、偶然、私の学生時代の住まいのすぐ近くだったんですよ。レイ夫妻も私も旅が好きで、いくつもの国をまたいで仕事をしている。
 
 この映画を作っている間に、アメリカでは移民排斥の動きが出て、どこの国も内向きになっていると言われます。移民としてやってきた二人が素晴らしい物語を作ったことをこのタイミングで伝えられるのは、私が思う以上に意味があるのかもしれません。レイ夫妻の人生に奇跡的に出会った者として、伝える責任を果たせたかなと思っています。

――これからはどんな仕事をしていきたいと思っていますか。

 クラウドファンディングの過程で、ニューヨークでプロデューサーの仕事をしている夫と親しくなり、レイ夫妻にちなんでタンデム自転車に乗ってプロポーズされたんです。これからも日本とアメリカを行き来する生活になると思うので、世界に日本のことを伝える仕事をしたいと思っています。まだ知られていない、いい話がきっとたくさんあると思うから。

タンデム自転車に乗ってのプロポーズ。友人が撮影した(山崎さん提供)

(聞き手:大森亜紀、写真:栗原怜里)

おさるのジョージ展「ひとまねこざる」からアニメーションまで (8月9日~21日、東京・銀座の松屋銀座。19、20日午後4時から、山崎さんのイベントを開催)

Profile プロフィル

山崎エマ

神戸生まれ。日本人の母とイギリス人の父を持ち、映画監督を目指して、19歳で渡米。ニューヨーク大学映画制作学部に進学し、卒業後はHBOやCNNなどでドキュメンタリー映像制作や編集に携わる。2017年夏に「Monkey Business」を公開。