飛び込む勇気がチャンスを開く 航空管制を研究する伊藤恵理さん  

  アメリカのNASAなど世界各地の研究機関と共同で、最先端の航空管制の研究に取り組んでいる伊藤恵理さん。第一線の科学者たちとグローバルに仕事で渡り合う度胸や勇気は、どうやって培われたのか。未来の空の旅の安全を支える研究者に聞きました。

–––– 伊藤さんの専門の航空管制科学とは、どんな研究ですか?

 航空管制官の業務を支えるために、コンピューターを活用して、空の交通整理の仕組みを作る研究です。例えば、私が今取り組んでいる羽田空港は、旅客数で世界第5位の混雑空港。今でも混んでいるのに、2025年には現在の1・5倍ほどに国際線の航空需要がふくれあがるという予測があります。人工知能(AI)などの新しい技術を取り入れて、人への負担を減らし、未来の空をいかに安全に、燃料燃費の削減も含めて効率的なシステムにするのかを、国内外の研究機関や大学と共同で研究しています。今は航空管制の転換期で、世界各国が競ってこの分野の研究を進めていて、私も日本の国策に沿って研究しています。

羽田空港への航跡を分析しながら同僚とディスカッション

–––– 幼い頃から科学者を目指していたんですか。

 子供の頃に、スタジオジブリの映画「紅(くれない)の豚」を見て、勇敢に自分で人生を切り開く女性エンジニアのイメージと空を飛ぶ紅い飛行機というのが、私の心に響いてしまって。中・高校一貫の、いいところにお嫁にいくための女子校に進学したのですが、私は自分で経済力をつけて、自由に生きたかった。昔から一人で思索にふけるのが好きだったこともあって、研究者になりました。

–––– NASAやユーロコントロール(欧州航空航法安全機構)でも客員研究員をされています。海外で研究するきっかけは?

  国内にこの分野の研究者が少なかったこともありますが、大学院生だった2004年9月に、横浜で開催された国際学会「国際航空科学会議」で、生まれて初めて英語で発表しました。英語での発表がうまくいかず落ち込みましたが、その時に、ユーロコントロールの人が、私の発表したパイロットの疲労感分析の研究に関心を持ってくれ、アジアからの参加者が少ないという理由で、スロバキアで開催される別の国際学会に誘われた。その出会いが欧州で研究を始めるきっかけになりました。思わぬ縁がつながって、人生の扉が開くことがある。あきらめないで人前に出るって大事だなと思いましたね。

–––– 伊藤さんの海外での研究生活ぶりをつづった「空の旅を科学する」が昨年、出版されました。その中では第一線の科学者との交流がドラマチックに描かれています。

  科学って、揺るぎのない冷たい世界といったイメージがあるかと思いますが、実は熱い志を持ったユニークな科学者たちがいて、そんな人たちが交流して、最先端の研究成果が生まれているダイナミックな世界です。私もその中でもみくちゃになりながら、いろんな体験をしました。空は自由に見えて、実は各国の国益がからみあった複雑な世界。日本人である私も「日本から来た」という理由で、研究が制限されたことがあります。まるでドラマみたいな最先端の研究を垣間見る面白さを伝えたかったんです。

大学時代にはモデルをした経験も。スラリとした長身で世界を飛び回る

 –––– いわばアウェーでの戦いを強いられる場面もあったのですね。

  アウェーはアウェーで心細いのですけれど、英語が不得意でも、相手にむかつかれても、わかるまで話をして、サバイバルしていくしかない。海外では、「いらない」と思われたら、話しかけられないし、興味も持たれない。放り出されないためには、実績を積み上げて、信頼してもらうしかないんです。厳しいですが、基本的にオープンマインドな人が多く、合理的であればよそ者の意見でも取り入れるし、感情論にならないので楽でした。日本で言うメンツや事務手続きはあまり重要視されず、組織のあり方や土壌が違う気がしました。 

–––– 2月にはアメリカで自動操縦の仕組みの実証実験に参加されたとか。

 2028年にアメリカが実用化を目指すFIMという自動化システムの実験です。航空機が周囲の状況を判断して自動的に安全な時間間隔を維持するシステムで、私もプロジェクトに関わっていました。実証実験では5時間ぐらい乗りっぱなしで、7回ぐらい上昇・降下の繰り返し。大変でしたが、この技術で未来の空が変わると思うと感激しましたね。

–––– 今後どのような研究を。

 ドイツと共同で実験機や航空管制シミュレーターなどを使う研究プロジェクトを進めていますし、東大を始めとする様々な大学と連携した研究プロジェクトを複数走らせています。そして、未来の羽田空港の混雑を回避するために、航空機が到着する時刻を効率的にコントロールする自動化システムを研究開発しています。同時に、科学と人とをつなぐ仕事もしてみたい。科学教育の本を近く出版する予定です。 

–––– オフの時の過ごし方は。

 10年近くフラメンコを習っています。一人好きなので、一人でもできるダンスをと思って(笑)。楽しくて、友達もできた。スペイン料理店で踊りを披露するときもあります。

––––  同世代の女性にメッセージを。

 自分の選択に価値があるかどうかわからず、行き詰まる場面があっても、勇気を持って人前に出ることで、可能性が広がることがある。遠慮したり、ためらったりせず、恥もてらいもなく、とにかくやってみる。それを続けることができれば、扉は誰にでも開くと私は思います。

仕事のお供
 職場の机の上に、NASAで研究をしていたときの仲間の写真(左)とフラメンコの発表会の写真を飾っています。

伊藤恵理(いとう・えり)
 1980年、京都生まれ。国立研究開発法人海上・港湾・航空技術研究所 電子航法研究所 主幹研究員。2007年、東京大学大学院博士課程修了(航空宇宙工学専攻)。ユーロコントロール実験研究所(フランス)、オランダ航空宇宙研究所、NASAエイムス研究所(アメリカ)での研究職を経て、14年10月から現職。2016年に「空の旅を科学する」(河出書房新社)を出版。2017年4月から東大大学院で「航空宇宙学特別講義I」を受け持つ。