自宅のIHじゃ無理。緊急事態宣言でわかった中華の魅力とは

酒井順子・ずっと中華が好きだった

大手小町「ずっと中華が好きだった」中華料理の火力のイメージ画像

しばらく夜の外食を全くしていませんでしたが、ここにきて久しぶりに、近所のお寿司屋さんに行ってみました。

緊急事態宣言下ということで、閉店は20時。ですから早めにお店に入り、せっせと食べて素早く出る‥‥という感じだったのですが、その時のお寿司が、私はものすごく美味しく感じられたのです。お寿司が特別の好物ではないというのに、魚の細胞と味蕾みらいとが、久しぶりの邂逅かいこうを喜び合っているかのように感じられた。

コロナ時代となって、自炊には既に疲れ気味。テイクアウトを活用しても、プラスチック容器がたまっていくのを見ると何となく浮かない気持ちになる日々が続いています。そんな中で久しぶりの夜の外食という行為はいつになく新鮮にそして華やかに感じられ、

「美味しいね‥‥」

「うん、美味しい」

と、最もシンプルな言葉をもって、同行者と語りあったのでした。

その時、「プロの味は、違う」ということを、改めて私は思い知らされました。食べたいものを自分で好きに作ればそれなりに美味しいとは思うけれど、本職の料理人が作る味とは全く別もの。

「作り手の近くで食べたい」という欲求

さらに感動したのは、距離の問題です。アクリル板によって遮られてはいますが、カウンターを挟んで、客と寿司職人との距離はほんのわずか。握られてから10秒以内に、寿司は客の口の中に放り込まれます。

作ってから一定の時間が経った後に食べるデリバリーやらテイクアウトやらとは、その点がおおいに違うところです。作る人の近くで待ち構えてすぐに食べるということが、いかにぜいたくなことであるかも、思い知らされました。

中華料理についても、私はかねて「作り手の近くで食べたい」という欲求を強く持っていました。たまに、

「中華好きっていうことですけど、どういうお店が好きですか?」

と聞かれることがありますが、その時の私の答えは、

「狭い店」

というもの。つまり、料理を作る場所から客がいるテーブルまでの距離が、近ければ近いほど私の気分は盛り上がるのであり、だからこそ、厨房が客席から見えるような店が好き。

ホテルの中の広い中華料理店も、ラグジュアリーな雰囲気などを楽しむことができますし、もちろん美味しくもあります。しずしずと運ばれてきた料理は、ちゃんと温められたお皿にのっているので、さめてもいません。しかしどうも、その料理を作った「火」が遠くにあるということが、心寂しいのでした。

中国の人々は、冷たい料理は基本的に好まないと聞いたことがあります。私もまた、冷たい料理が苦手なタチ。であるが故に旅先では駅弁などもあまり食さないのですが、だからこそ、こと中華においては、火から下ろしたてを食べたい。‥‥ということで、広い店より狭い店、ということになるのです。

中華を作る時の躍動感が出ないIH

中華は、火力が重要視される料理です。私のお料理の先生のスタジオにおいても、普通の家庭用のコンロではなく、炎の輪っかが二重になっている中華用のコンロが使用されていましたっけ。
特に炒め物は、強火で短時間にチャッチャとあおるように炒めて供するという手順が、中華の中華たる所以ゆえん。寿司をのんびりと握っていては美味しそうには見えませんが、中華もまた同じであり、戦場のような厨房で作っていてほしいのです。

ステイホームが推奨される中では、もちろん中華料理が食べたくなって、自分で作りもし、またお取り寄せやテイクアウトなども利用してきました。しかし、いつも「これだ!」という満足感を得ることができないのです。

それというのも我が家の火力は、ガスではなくIH。「中華好きを自称していながらIHでいいのか」とのそしりはまぬがれないところですが、諸般の事情によりこうなった。

IH用の中華鍋も存在はするものの、IHのコンロは平面ですから、鍋を「振る」と言うよりは「揺する」と言う感じの動きになり、中華を作る時の躍動感が出ません。火力にも限界がある上に、私の腕のせいもあって、いつもピリッとしない出来栄えに。

テイクアウトやお取り寄せを利用しても、そこには「火との距離」の問題が付きまといます。お取り寄せの中には、名のある料理人が作った料理を冷凍したものもありますし、テイクアウトにしても、様々な工夫がされているけれど、やはり温め直して食べるのと、作りたてを食べるのとでは、違いを感じざるを得ない。

が、しかし。私はこの「かつえ」の感覚は、未来の調味料となるのではないか、と思っているのでした。コロナ時代となり、ずっと外食を我慢していたからこそ、久しぶりの寿司は驚くほどに美味しかった。同じように、久しぶりにプロが作った中華を火の間近で食べたなら、どれほどの感動に包まれることでしょう。

コロナ前は、外食が続くと、「ああ、家であっさりしたごはんを食べたい」と思ったものです。思えばその頃は外食に飽いて、そのぜいたくさを忘れていたのです。対して、今は逆の現象が起こり、我々は外食のありがたみを思い出している。

強い火で料理され、短時間に水分が飛ばされた肉や野菜の表面を、油膜が覆って照り輝く‥‥。プロが作ったそんな熱々の中華料理を久しぶりに口に入れる日を心待ちにしつつ、私は今日も自作のユルい中華でお茶を濁しているのでした。 

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酒井順子
酒井 順子(さかい・じゅんこ)
エッセイスト

高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。「負け犬の遠吠え」で講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。11月に「ガラスの50代」(講談社)を出版。