在宅火鍋、赤と白のツンデレ効果で毛穴が開く四川料理をポチっと

酒井順子・ずっと中華が好きだった

酒井順子さんの「ずっと中華が好きだった」コラムの火鍋イメージ

コロナ時代となって以降、お取り寄せ欲求が爆発しているのは、私だけではないことでしょう。

「あのレストランのあの料理もお取り寄せできるとは!」

と、かれたようにポチりまくり、家の片隅には段ボールがうず高く積まれることになりました。

外食をすることができないので、お店の支援も兼ねてプロの味を我が家でも味わいたい、という気持ちがそこにはあります。のみならず、連日家で食事をするために募りゆく「メニューを考える」ということの苦痛を減少させるためにも、お取り寄せは有効でした。

私の場合、食品だけでなく調理器具や食器も、しばしば買ってしまいます。焼き肉をしても煙や匂いが広がらないというプレート。何でも美味しく焼けるという鉄製フライパン。中身が麦茶でも気分が上がりそうなグラス。‥‥等々、「経済を回さなくては」という言葉を言い訳として、色々買ったなぁ。

後から見ると、「なんでこれ、買っちゃったんだろう」と思うものも、中にはあります。特に最初の緊急事態宣言の時は、パンデミックという未知なる状況に対するストレスと、“非常時ハイ”のせいで、訳のわからないものを買いがちでしたっけ。

四川で辛い料理の魅力に開眼

2回目の非常事態宣言では、最初の時よりはグッと落ち着いてきた私。とはいえそんな中でも、お取り寄せ欲は衰えませんでした。ある時は中華料理の本を読んでいる時に、ムラムラと火鍋が食べたくなってきたのです。何でも取り寄せることができるご時世においては、あの赤くて辛い麻辣マーラースープの素も簡単に手に入るのですが、しかし火鍋といったら赤いスープだけでなく、辛くない白湯パイタンスープも同時に楽しみたいところ。そう思ったら、鍋の中に陰陽太極図のような感じで曲線の仕切りがついている二色鍋が、欲しくなってしまったのです。

ネットで見ると、二色鍋にも色々な種類があるようです。吟味の結果、最もシンプルなタイプの鍋をポチっと。スープも2種入手して、しゃぶしゃぶ用のラム肉なども手配完了。自宅で火鍋と相成りました。寒い日、汗をかきながらの火鍋は美味しくて、シメのラーメンも二つの味で楽しむことができ、お得感が増します。単調になりがちな自宅での食事に、新たな調理器具は新風をもたらしてくれたのです。

在宅火鍋を堪能しながら思い起こしたのは、かつて四川に行った時のことでした。だいぶ前に某料理雑誌の取材で行った、四川の成都。三国志の舞台ということで史跡も見たし、パンダ飼育の本場でパンダもでました。が、主眼はもちろん四川料理なのであって、私はそこで、初めて辛い料理の魅力に開眼したのです。

最近は、若手の料理人が様々な四川料理を供するしゃれた店が増えています。しかしかつての日本で四川料理といったら、麻婆豆腐や坦々麺くらいしか知られていませんでした。

そんな中で四川に行ったら、辛い料理のバリエーションが、何と豊富なことか。四川は盆地で湿気が多いので、発汗して皮膚病などを避けるべく辛いものを食べるようになった、ということなのだそうです。

たとえば今では日本でもよく知られるようになった、よだれ鶏。棒棒鶏バンバンジーの四川バージョンと言いましょうか、でた鶏肉に赤い辣油のソースがたっぷりとかかっている料理は、「口水鶏コウシュイジー」との中国名の通り、見るだけで口中に浸水してくる感じ。かと思えば、北京ダックならぬ四川ダックという料理もあって、こちらはローストしたダックをスパイスの利いたスープ仕立てにしたもの。

スポーツをしているような快感

またある日は、火鍋の専門店に行きました。日本でも火鍋を食べたことはあったけれど、具材の種類と言い、鍋の大きさと言い、日本とはスケール感が違いました。店に入った途端、辛いスープの蒸気に圧倒され、店の一角では、具材の一つである田ウナギをおじさんが延々とさばき続け、人々は旺盛に鍋をつつく。その雰囲気に呑まれて私も火鍋と相対したのですが、赤いスープの辛さは、日本のそれの比ではありません。辛さのあまり相方である白湯スープに逃げ込めば、今度はホッとする味で包み込まれ、そうするとまた赤いスープが恋しくなって‥‥と、赤と白とのツンデレ効果で、延々と食べ続けることができるのです。さらに、好んで飲まれるスイカジュースという合いの手が入ることによって、ますますリズムがついてくるではありませんか。

私は、辛いものが特に得意なわけではありません。四川ではずっと、毛根からの発汗が止まらなかったのですが、しかしヒイヒイ言いながらも、なぜか箸が止まらない。そのうちに、食べていると言うよりはスポーツをしているような快感が湧いてきて、ほとんど「ゾーン」に入ったような状態となり、食べ終わると爽快な気分になっていたのです。

人生の中でも、最も辛いものをたくさん食べた、成都での数日間。日本に帰って真っ先に食べたのは、ご飯と味噌汁と漬物というあっさりした食事でしたが、きゅうりのぬか漬けなど噛んだ次の瞬間に湧き上がってきたのは、なんと「か、辛いものが‥‥、食べたい!」という欲望でした。唐辛子の辛さだけでなく、山椒の「麻」や色々なスパイスの「香」が混然となった奥深い辛さが舌の根っこの方から思い出され、それだけで「口水」が湧いてきたと同時に、毛根からは汗が‥‥。

そうして私は、四川料理の中毒性を知ったのでした。連続して食すことによってあの麻辣味は習慣化され、そして中毒化する。舌が、と言うよりは身体が、あの味と香りを欲するようになるのです。

今も私はこの文章を書きつつ、口水と毛根からの発汗とを自覚しています。この身体的欲求を鎮めるには、あの二色鍋を再び出動させるしかあるまい。ということで嗚呼ああ、買ってよかった二色鍋‥‥。

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酒井順子
酒井 順子(さかい・じゅんこ)
エッセイスト

高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。「負け犬の遠吠え」で講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。11月に「ガラスの50代」(講談社)を出版。