コロナ後に食べたい春餅 皮にたっぷり味噌を塗りセンチメンタル

酒井順子・ずっと中華が好きだった

エッセイスト・酒井順子さんの「ずっと中華が好きだった」春餅

冬来たりなば、春遠からじ。

‥‥とは言うものの、コロナのことを考えると、本当に「春」は来るのか、と不安になって来る昨今。暖かくなる日を、いつになく真剣に待っている自分がいます。

料理教室でかつて、「春餅」というものを習ったことがありました。こちらは中国、それも北京などの北部においてはそもそも、立春の時に食べるご馳走ちそうだったとのこと。

中国で「餅」は、日本のようなもち米をついたものではなく、小麦粉をこねて丸くして焼くなどしたものを言うのであり、北京ダックを包む皮も「ピン」。「春餅」のみならず、餃子ぎょうざのように肉あんを入れた「肉餅」、ねぎを入れた「葱花餅」など、様々なピン料理があるのです。

春餅は、北京ダックの皮と同じクレープ状のピンに、様々なおかずを包んで食べるという、日本の食卓で言うなら手巻き寿司ずしのような感覚の料理でした。そもそもは、春餅を揚げたものが春巻きだったのだそう。

強力粉に熱湯を加えて練り、延ばして焼いたものがピンなのですが、私の先生は、手間をかけるところはかける、抜くところは抜く、という主義。ですのでピンについては、

「『F食品』で売っていますから、自分で作るよりもお求めになった方が、お手軽ですよ」

ということで、市販のものを使用しました。

ちなみに「F食品」とは、西麻布にある中華料理材料の卸売店です。あまたある中華料理食材の中でも、ピンや餃子・春巻きの皮などを得意としているお店であり、中華料理店の人のみならず、一般人も購入可能。F食品のピンを蒸籠せいろうで蒸せば、家でもホカホカの春餅を楽しむことができるのです。

まさに「春」が到来したかのような食感

そんなわけで教室では、ピンに巻く具材の調理に専念した我々。その時は五種類のおかず的なものを作ったのですが、中でも欠かせないのは、もやしということでした。ピンの料理は北京が本場ですが、北京の立春といったらまだ寒く、野菜はあまり育っていない。そんな中でも生育しているもやしを食して、色の濃い野菜の登場を待つ‥‥という意味合いが込められているとのこと。

「なるほど!」

と感心しつつ、私達はもやしと黄ニラ、マコモダケという色の薄い野菜三種の塩炒めを作りました。

さらには、ほうれん草と春雨の炒め煮、千切りじゃがいもをかりっと揚げたもの、牛スネ肉の老酒ラオチュウスパイス煮(「ご自宅では面倒でしょうから、焼き豚をお使いになっても結構ですよ」と、先生談)を細切りにしたもの、そして蟹入りの炒り卵も作って、彩り豊かな五種類のおかずが完成しました。

蒸しあがったピンに、北京ダックの時に使用する甘めの味噌を塗って、さらし葱をトッピング。そこに五種類のおかずを少しずつのせて北京ダックの要領で巻いたなら、そのまま手づかみで、がぶり。

野菜、肉、卵‥‥と味もそれぞれでありつつ、シャキッとしたもやし、カリカリのじゃがいも等、歯ざわりも色々で、口の中は百花繚乱りょうらん状態。まさに「春」が到来したかのようではありませんか。

ここで先生は、

「さあさ、ピンはたっぷりありますから、あとは皆さん、それぞれお好きに召し上がって。でも、お味噌はたっぷり塗らなくてはダメですよ」

とおっしゃいました。北京ダックを巻くピンには甜麺醤テンメンジャンを使用することが多いようですが、先生は日本の赤味噌に砂糖や醤油、老酒に胡麻油などを加えて火にかけ、練り上げたものを使用。甘みが強いので、ダイエットなどを考えると量を控えそうになりますが、しかし確かに、お味噌をたっぷり塗った方が、全体の味がまとまります。さらし葱も、味噌という力強い援軍を得ると、生き生きと薬味としての役目を果たしてくれるのです。

暖かくなるまでのパワーを養う完全食

餃子は完全食であると以前書きましたが、春餅もまた、肉に野菜に炭水化物と、全ての要素を含んだ完全食でした。立春とはいえまだ寒いであろう北京では、このようなご馳走を食べることによって、本当に暖かくなるまでのパワーを養ったのでしょう。

市販のピンを使ったとて、具材として色々なおかずを作らねばならない春餅は、なかなか手のかかる料理です。またこれは、大勢でわいわいと食べるところに意味がある料理でもあって、人が集まってはならない今のご時世には向いていないという事情も。

‥‥と思ったら、無性に春餅が食べたくなってきました。コロナが明けて、本当の「春」がやって来たならば是非、春餅で祝いたいものだ、と夢は膨らみます。そして皆で春餅を食べることができる日がやってきたならば、昨年他界された先生の、

「お味噌はたっぷり塗らなくてはダメですよ」

という声がよみがえって、ちょっぴりおセンチになりそうな気がしてなりません。

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酒井順子
酒井 順子(さかい・じゅんこ)
エッセイスト

高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。「負け犬の遠吠え」で講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。11月に「ガラスの50代」(講談社)を出版。