「美味しい豚肉はゴミみたいに安い」 中国のとろりと舌に甘い角煮

酒井順子・ずっと中華が好きだった

故宮博物院の名宝である、翡翠ひすいでできた白菜の彫刻について、前回は触れました。そして白菜と並んで強い存在感を放つ、故宮博物院のもう一つの人気者が、「肉形石にくがたいし」です。

こちらは玉髄ぎょくずいという素材でできた、豚の角煮にそっくりな彫刻。脂の部分のちょっと透明感がある感じも、表面の皮に毛穴が見える感じも、そして醤油で煮込んだような色合いも、本物に見まごうほどなのです。

白菜と同様に、どこかで掘り出された玉髄が肉のように見えたため、

「これ、もっと角煮っぽくしたいな‥‥」

と、彫刻家がせっせと細工に励んだのでしょう。いかにも軟らかそうで食欲をそそられる姿なのですが、しかし実際にかじったなら歯が折れることは必至、というところが面白い。

蘇東坡が見つけた、つらい人生での楽しみ

豚の角煮は、またの名を「東坡肉トンポーロー」といいます。日本人はこの料理名から、「肉」は中国語で「ロー」と読むのだな、と知るわけですが、では「東坡」とは何かといったら、蘇東坡そとうばのこと。すなわち、中国・北宋の政治家であり文人でもあった蘇軾そしょくを指します(「東坡」は彼の号)。蘇東坡は政治家・文人として優秀だったのみならず、料理も得意とする食通だったのであり、彼が創作した料理が「東坡肉」なのです。

シャリアピンステーキやらピーチメルバやら、人名が冠された料理は色々とありますが、「東坡肉」の背景には、彼のつらい人生が隠されているのでした。蘇東坡が今の四川のあたりに生まれたのは、日本で言うなら平安時代。文人一家に生まれた彼も優秀だったのであり、若くして科挙に合格し、超エリートとしての道を歩みます。

しかし我が国の菅原道真もそうですが、優秀すぎる人というのは、何かと嫉妬されがち。蘇東坡も難癖をつけられて、黄州(今の湖北省)に流されてしまいます。家族と引き離され、閑居生活を余儀なくされますが、彼はここでも自分なりの楽しみを見つけていくのであり、その一つが料理でした。

蘇東坡は黄州において、「食猪肉」という詩を書いています。猪は中国では、豚のこと。その名もずばり「豚肉を食す」という詩です。

「黄州好猪肉 価銭等糞土」

と始まるこの詩の書き出しは、「黄州の美味しい豚肉は、ゴミみたいに安い」との意味。黄州は豚肉の名産地でしたが、その価格は激安だったようなのです。その先を読むと、「安い食材なので金持ちは見向きもしない。そして貧乏人は豚を煮て食べるすべを知らない。わずかな水でじっくり時間をかけて煮れば、豚肉はおのずと美味しくなるものだ。毎日一碗ずつ食べているが、自分が満足できれば、他人にとやかく言われる筋合いはない」‥‥といった意の詩が続く。

本来であれば、蘇東坡は下賤げせんな豚肉を食べるような身分ではなかったのでしょう。しかし工夫して料理すればとんでもなく美味しいのであり、自分はそれを毎日食べることで満ち足りているんだよ、文句あっか、的な姿勢がそこには見られます。

「食猪肉」に書かれた料理が東坡肉なのかどうかはわかりませんが、じっくりと煮た豚肉は、とろりと舌に甘かったことでしょう。毎日その濃厚な豚を味わうことは、いつ終わるともしれぬ流謫るたくの日々の中で、大きな楽しみだったのではないか。

自分が流刑地で考案した料理が、今なお愛され続け、それも日本でも人気の料理となるなど、蘇東坡は夢にも思わなかったことでしょう。彼はただ、流謫の身になった我が身を恨まず、地元の食材をせっせと料理した。甘辛くこってりとした味わいが魅力の東坡肉が誕生した背景には、そのような彼の苦い人生があるのです。

脂身を残さず、覚悟を決めて一気に食す

東坡肉は本来、皮付きの豚肉を使用する料理です。肉形石も、明らかに皮付きの豚肉的なシェイプ。

とはいえ今の日本で皮付きの豚肉は手軽に手に入れられませんから、我々は普通の三枚肉、すなわちバラ肉の塊を購入することになります。圧力鍋を使用しないとなかなかに時間がかかる料理ですが、しかし蘇東坡のことを思えばそんな時間にも耐えられよう。集中力を途切れさせずに鍋と向かい合っていると、世俗の雑事を忘れることができるものです。

良い具合に脂が抜けて、脂身に透明感が出てくれば、東坡肉の出来上がり。茹で卵や青菜を添えれば、半分に切った卵の黄色、青菜の緑が、肉の茶色をひきたててくれます。

煮ているうちにだいぶ溶け出すとはいえ、東坡肉を食べる時には、脂分の存在感が気になるところではあります。しかしいざ食べるとなったら脂身を残したりせず、覚悟を決めて一気に行きたいところ。とろりとした脂身とほろりとした肉のミルフィーユに染み込んだ醤油と砂糖の味わいに、上戸のあなたならビールを、下戸の私は白いご飯を求めたくなるというものです。

蘇東坡は流されたり戻されたりを繰り返しつつ、最後は海南島から都へと戻される途中で、客死します。苦難の多い人生ではあったけれど、彼は東坡肉や肉の詩ばかりでなく、多くのものを今の世に残しました。中でも彼の書は、力強くて個性的で、今も見る者を圧倒するオーラを放っている。

さぞや魅力的な人だったのであろう、蘇東坡。どれほど高級な店の東坡肉も、蘇東坡が配所で手ずから煮た豚肉の味わいには決してかなわないのだろうなぁと、思います。

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酒井順子
酒井 順子(さかい・じゅんこ)
エッセイスト

高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。「負け犬の遠吠え」で講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。11月に「ガラスの50代」(講談社)を出版。