爽やかなハーブで格上げ、適当サラダの「生ハム巻き」

スパイスレッスン80

5歳のころから生ハムが好物だったという友人がいる。彼女はこれまで、生ハムをひたすら単体で口に運んでいたようだ。大人になって別の楽しみ方を知ったらしく、ききとしてメールを送ってきた。

「このあいだ、スーパーでどっさり生ハムを買ったの。テイクアウトしたピザの上にのっけたり、焼いたパンの上にのせたり、ポテトサラダの上にのせたり。それだけで料理がランクアップする魅力的な食材だということに気づいたわ!」

おっ、おう。その程度のことが発見になるとは驚きだ。逆に、これまでどれだけぜいたくな生ハムライフを送ってきたというのだろう。文面を読みながら、少し動揺する。この調子だと「メロンやマンゴーと一緒に食べたらおいしいよ」だなんて返事したら、嫌みになるかもしれないなぁ。
僕は生のトマトを洗って切り、生のアボカドをスプーンでくりぬいて細かく切った。ざっとボウルに入れて生のディルを手に取る。「のせるだけで料理をランクアップさせる」という点では、ディルだって負けていない。最近は、生のハーブが普通にスーパーで手に入る時代になった。便利な世の中だ。
ディルを大雑把に包丁で刻んでボウルに散らし、ブラックペッパーとオリーブ油を振りかける。このオリーブ油だって、生といえば生なんじゃないだろうか。塩を振って全体を大きく混ぜ合わせ、味見する。うん、風味豊かでよろしい。いつも僕が作っている“適当サラダ”である。とにかく生の野菜を適当にボウルにぶち込み、生のハーブと合わせるだけだ。もちろん、ここに生ハムを加えてもおいしい。写真を撮って送ろうか、と思ったら、追い打ちをかけるがごとく、着信。

「最近、一番おいしかったのは、しょうが焼き用の豚バラ肉で生ハムとチーズを挟み、小麦粉と卵、パン粉で揚げ焼きにしたもの。豚肉in豚肉! すべてが最高でリピートしているの」

お、お、おぉぉぉ。今度は思わずうなり声をあげそうになった。豚肉in豚肉!? どうやら、彼女は自分に歯止めがきかなくなったらしい。まあ、そこは百歩譲ったとして、解せない点がある。「揚げ焼き」という部分だ。

ダメだ、加熱はダメだよ。だって、生のハムなんだから。冷蔵庫から生ハムを取り出し、しげしげと眺めてしばし考える。いかん、いけないよ。生ハムを生のまま食べないなんて。僕が何か別の料理を提案してあげよう。
生の料理、生の料理、生の料理……。ない頭をひねっても、何も出てこない。“豚肉in豚肉”が強烈すぎるからだ。仕方なく僕はライスペーパーをぬるま湯にくぐらせて、まな板の上に広げた。そこに生ハムを1枚、ぺらんと敷き、サラダに入れようと思っていたブロッコリースプラウトを置き、エビものせる。

短絡的だが“生”がつく料理の代表といえば、生春巻きだろう。ライスペーパーと一緒に生ハムを巻く。なかなかよさそうだ。適当サラダものせてライスペーパーを折りたたみ、くるくると巻く。この作業は慎重に丁寧にしなければならないが、とにかく楽しい。リアルな料理というよりもおままごと感があるからか、童心に帰ったかのように盛り上がる。
それにしても、生ハムも生春巻きも不思議な表現だな、と改めて思う。生ハムは豚肉の塊を塩漬けしたものだから、確かに加熱はしていない。ライスペーパーは製法上、米粉の生地を蒸しているから加熱をしているが、乾燥した状態で買ってきてぬるま湯ではなく、水で戻せば生調理。生春巻き(summer roll)も中国の揚げた春巻き(spring roll)に対して、加熱をせずにできあがる点では、生である。エビはボイルを使ったが、奮発して生食用(刺身用)のエビを使えば生調理。ブラックペッパーも塩漬けのものを使えば、とことん生にこだわったレシピができそうだ。
しばらく生の素材のことばかり考えた。「生麦、生ハム、生春巻き」。うん、なんだか早口言葉みたいだな。そうだ! 生ハムの生春巻きなんだから、料理名は“生ハム巻き”にしよう! 「青巻紙、赤巻紙、生ハム巻き」なあんて、ね。オヤジギャグを思いついた瞬間に彼女の冷めた表情が浮かび、我に返った。

生ハム巻きを包丁で3等分にし、スイートチリソースをつけて味見する。もっちりした皮に生ハムが見事に一体化し、具のサラダを包み込んでいる。プリッとしたエビやムニュッとしたアボカド、シャキッとしたブロッコリースプラウトが混然一体となり、もぐもぐしているとディルの爽やかな香りが鼻から抜けていく。

よし、レシピを送ることにしよう。喜んでくれるかな。でもなぁ、正直、豚肉in豚肉には勝てないよなぁ。

●生ハムの生春巻き
【材料】
サラダ用
・トマト(細かく切る) 1個
・アボカド(細かく切る) 1個
・ディル(ざく切り) 適量
・ブラックペッパー 少々
・オリーブ油 少々
・塩 少々
ライスペーパー 5枚
生ハム 5枚
ブロッコリースプラウト 1パック
むきエビ(ゆでて細かく切る) 200g
スイートチリソース 適量
【作り方】
ボウルにサラダ用の材料をすべて入れ、よく混ぜ合わせる。ライスペーパーをさっとぬるま湯にくぐらせてまな板に広げて置き、生ハムとブロッコリースプラウト、エビを置き、サラダをのせてぐるりと巻く。包丁で3等分にして、チリソースを添える。

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水野仁輔
水野仁輔(みずの・じんすけ)
カレー&スパイス研究家

 1974年静岡県浜松市生まれ。99年に男性12人の出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。各地で食のライブキッチンを開催するほか、世界のスパイス料理やカレーのルーツを探求中。著書は40冊を超え、近著に「水野仁輔 カレーの奥義」(NHK出版)、「スパイスカレー事典」(パイインターナショナル)、「いちばんやさしいスパイスの教科書」(パイインターナショナル)、「幻の黒船カレーを追え」(小学館)、「水野仁輔のスパイスレッスン」(中央公論新社)など。2016年にスパイスをレシピとともに届ける「AIR SPICE」を設立。