甘いものが苦手な彼に スパイス入りチョコクッキー

水野仁輔のスパイスレッスン71

バレンタインデーが近づいているんだって!

ふうん、そうなんだ。だから、なに? 高校生じゃあるまいし、バレンタインデーに誰かがチョコをくれるんじゃないか、だなんてドキドキしている年齢じゃないんだよ、もう。そもそもさ、あれは元々お菓子メーカーの商品販売戦略だって聞いたよ。本当かどうか知らないけどさ、くだらないよ……。

なあんて冷めた調子でこの2月をすり抜けられたらいいんだけどね、そういうわけにはいかないんだ。いくつになったって、この時期がやってくるとソワソワしちゃうもんさ。もしかして、どこかで誰かが僕にチョコをくれるんじゃないかって。

ボウルに入れたバターを常温に戻して柔らかくしている間、僕は、一人でぶつぶつと言っている。傍らにあるスパイスは、グリーンカルダモン、シナモン、クローブ。無敵のトリオである。肉を煮込むときに活躍する3種でもあるし、チャイに香りづけをするときに手鍋に放り込む3種でもある。おろし金の裏側のきめの細かい部分でガリガリとひき始める。甘く奥深い香りがふわっと鼻をくすぐった。

バターを指で押せばムニュッと形が崩れるほど柔らかくなったら、電動泡立て器でガーッと混ぜる。砂糖を混ぜてさらに混ぜると、白っぽいクリームができあがる。このままペロリとなめたくなるけれど、じっと我慢して卵に手を伸ばした。そう、僕はクッキーを焼こうとしているんだ。

外へ出ると町はバレンタインの装いになる。百貨店はチョコレートの催事で大忙し。うわさによれば1年でダントツにもうかる時期らしい。結果、どれだけ多くの男女が幸せに包まれるのだろうか。僕だって……。でもね、現実はそんなに甘くない。きっと今年もまた僕は誰からもチョコレートをもらえないで終わるのさ。

正月気分が抜け、1月の終わりに差し掛かると僕の頭の中に毎年決まって「ブルー・ヴァレンタイン・デイ」という曲がグルグルと回り始める。故・大瀧詠一さんの作品だ。「君からチョコレートをもらえない僕」を歌っているから癒やされるんだろうか。どうせ誰からもチョコをもらえないんだから、自分で作ってしまおうと僕はキッチンに立っているのだ。

ボウルの中の白いクリームに溶き卵を少しずつ加えながら、さらに混ぜ合わせていく。レモン色のしっとりしたクリームができたら、ふるっておいた粉を加えてゴムベラで混ぜ合わせていく。切るように練るようにしながら。分量だけ計量しておけば、あっという間に生地はできあがる。寝かせて発酵させたりしなくていいから楽だ。

このまま焼くんじゃつまらない。生地にチョコレートとスパイスを混ぜ合わせることにした。最近はお菓子にスパイスを活用するパターンが増えた気がする。スパイスは辛いものばかりではない。そもそも香りがいいものだから、甘いものともよく合うのだ。

チョコが欲しい、だなんて言ってるけれどね、本当は毎年、バレンタインデーの時期は日本にいない。たいていはインドにいる。インド料理探求のために毎年欠かさずインドを旅することにしているからね。

だからさ、チョコが欲しくたってもらえないんだよ。それが僕にはちょうど良くってね。戦いの場にいる必要がないわけだから、モテまくっている友人を見て惨めな気持ちになったりしなくていい。「ごめんね、俺、2月14日はインドだから」なあんて、聞かれてもないのに断り入れたりしてね。

チョコの混ざった生地を天板にのせる。平たく伸ばせば焼き上がりはつるっとするし、無造作に置くだけならゴツゴツとして武骨な風合いに仕上がるし、どっちにしてもいい。型で抜いてもいい。180度で15分に設定するけれど、後半はたまにオーブンを開けてね、焼きあがったものから取り出していけばいい。

焼きあがったチョコクッキーを食べると、ほんのりとスパイスが香る。もっとスパイスを利かせてよかったかもな。想像している以上にクッキー自体の香りが強いんだ。翌日になってもキッチンにいい香りが漂ってくるほど。パウダースパイスを買ってきて、どさっと入れちゃったほうがいいのかもしれないなぁ。

僕:「はい、バレンタインデーのチョコレート」
僕:「ありがとう!」
僕:「はい、お返しにホワイトデーのクッキー」
僕:「ありがとう!」

 2月14日と3月14日の儀式が一瞬で終わる。しかも、おいしく香り高い。なんてすてきなチョコクッキーだろう。

◆スパイス入りチョコクッキー
【材料・2人分】
バター 45グラム
砂糖 30グラム
溶き卵 小1個分
薄力粉 70グラム
ベーキングパウダー 小さじ1/
板チョコ 30グラム
スパイス
 ・グリーンカルダモン 適量
 ・シナモン 適量
 ・クローブ 適量
 【下準備】
薄力粉とベーキングパウダーは合わせてふるっておく。チョコレートは包丁で砕いておく。スパイスはパウダースパイスを使うか、ホールスパイスならひいておく。
 【作り方】
常温に戻したバターをボウルに入れてねっとりしてくるまでよく混ぜる。砂糖を加えて白っぽくなるまで混ぜる。溶き卵を加えてよく混ぜる。薄力粉とベーキングパウダーを加えて全体がなじむまでゴムベラでよく混ぜ合わせる。板チョコとスパイスを混ぜ合わせる。クッキングシートを天板にしいて生地を乗せ、平たく伸ばし、180度に熱したオーブンで15分ほど焼く。

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水野仁輔
水野仁輔(みずの・じんすけ)
カレー&スパイス研究家

 1974年静岡県浜松市生まれ。99年に男性12人の出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。各地で食のライブキッチンを開催するほか、世界のスパイス料理やカレーのルーツを探求中。著書は40冊を超え、近著に「水野仁輔 カレーの奥義」(NHK出版)、「スパイスカレー事典」(パイインターナショナル)、「いちばんやさしいスパイスの教科書」(パイインターナショナル)、「幻の黒船カレーを追え」(小学館)、「水野仁輔のスパイスレッスン」(中央公論新社)など。2016年にスパイスをレシピとともに届ける「AIR SPICE」を設立。