ハンバーグ男子に勝つ…「恋人未満」の逆転ミートローフ

水野仁輔のスパイスレッスン67

僕の好きな彼女は、もしかしたら、僕のことも好きなのかもしれない。

海面にうつる月を手ですくいあげるような不確かな予感が確信に変わったのは、彼女からクリスマスディナーのお誘いがあったからだ。そりゃもう、舞い上がったよ。夜空に手が届きそうなほど大きな満月が煌々こうこうとしている。またとないチャンスだ。

でもね、何を隠そう僕は断ったのさ。「ごめん! その日は友達とパーティーがあるんだ……」ってウソをついてね。それから急いで仲間たちに声をかけた。

「ミートローフを作るからパーティーしようぜ」

僕はパーティーの準備に取りかかった。牛き肉をどっさりボウルに入れて、塩とスパイスを振った。もし僕がハンバーグを作るんだったら、ブラックペッパーとナツメグパウダーを使うだろう。でも、ミートローフはちょっと違う。なんというか、もう少し別のものを足しても受け入れてくれる気がしているんだ。

ちょうどジャマイカから帰国したばかりだった僕は、オールスパイスを粉状に挽き、フレッシュなタイムをみじん切りして加えることにした。オールスパイスは、シナモンとクローブとナツメグを合わせたような香りを持つ万能スパイス。タイムは肉料理と相性がいい。どちらもジャマイカ料理を代表するアイテムだ。

牛肉をこねている間、玉ねぎとセロリは細かくみじん切りにして塩を振り、放置しておいた。本当はバターでいためておきたかったのだけれど、ちょっと手間がかからない別の方法を思いついた。脱水してぎゅっと絞れば、肉とよくなじむはずだと思ったんだ。バターを加える代わりにオリーブ油を混ぜ合わせればいい。

ミートローフっていうのはハンバーグのようにフライパンではなく、オーブンで焼くのが特徴。だからコンロを使わずに仕上げたい。

卵とパン粉を加えてさらにこねる。なんだかやっていることは、ハンバーグを作る準備と変わらない気がしてくる。だが、何度も言うようだけれど、ミートローフとハンバーグは違う。ハンバーグは焼く前に小分けにするが、ミートローフは焼いてから切り分ける。ハンバーグは熱々の状態で食べたいけれど、ミートローフは熱を落ち着かせてから食べたい。大きな違いだ。

世の中の男子は、ハンバーグ系とミートローフ系に分かれると僕は思う。「ハンバーグ男子」は派手でわかりやすくモテる。目の前でジャーッと大きな音を立てて焼かれる姿は目を引くし、まるで「キミだけのものだよ」なんて言わんばかりに提供される。ナイフを入れたらジュワーッと肉汁があふれ出したりして、「私だけのことをそんなに思ってくれているのね!」なんて、女子を燃え上がらせてしまう。

一方、「ミートローフ男子」は、いまいち地味で目立たない。オーブンの中で静かに焼かれる姿は食べる人には見えないし、大皿にドーンと乗せて提供したところで、「どうせあなたはみんなのものなのね……」と女子を落胆させてしまう。ちなみに、僕は正真正銘のミートローフ男子である。

ボウルの中に入ったすべての材料は、手でよくこねる。よくこねるけれど、成形する前に手のひらやまな板にパンパン打ち付けて、空気を抜いたりはしない。そんなことはしなくていいんだ。しっとりと落ち着いた味わいに仕上げたいからね。その代わり、こね終わったらラップをして30分ほど寝かせたい。これで全体がなじむ。人間だってそうだよね、寝かせるから深みが出るんだ。

金の延べ棒のように成形して耐熱トレイに置こう。真ん中を少しヘコませておくといい。オーブンで焼くときは、低温。180度くらいで45分ほどじっくりと焼く。

彼女のことを頭に浮かべながら、焼き上がりを待つ。きっと今頃、彼女は僕の知らないハンバーグ男子とデートしているんだろうな。別に後悔しているわけじゃない。これは僕の作戦なんだ。

昔、活躍した将棋の棋士に大山康晴十五世名人って人がいてね、こんな名言を残している。「最初のチャンスは見送りなさい」。そう、それに従ったまでなんだ。最後に勝つのはきっと、ミートローフ男子の僕に違いない。

45分が経過したら一度取り出し、表面にハチミツを塗って高温で短時間さっと焼きを入れる。仕上がったミートローフは、すぐに食べてはいけない。オーブンから取り出して、また30分ほど落ち着かせる。見えない肉汁が巨大なミートローフの中で騒いでいる。祭りが終わり、明かりが消え、人々が夜の闇に消えていくまで待ってナイフを入れる。器に盛り付け、ソースとケチャップを混ぜ合わせてとろっとかけておこう。

ぎゅっとした牛肉の風味を深みのあるオールスパイスと爽やかなタイムの香りが彩る。月の周りにちりばめた星々のようだ。クリスマスパーティーは無事成功した。誰もいなくなった後、僕は事前に切り分けておいたミートローフ一切れを丁寧にホイルで包み、彼女に連絡するんだ。

「ミートローフを焼いたんだ、ほんの少しだけ余っているから、一緒に食べない?」

うまくいくかな。いくといいな。ついに僕は月面着陸を果たすのだ! いや、でも、やっぱり、そんなにうまくは、いかないよな。まもなく彼女から返事があった。

「ごめん、もう私、ハンバーグでおなかがいっぱいなの……」

メリークリスマス! 僕。

◆ミートローフ
【材料・7~8人分】 ※3~4人分なら全て半量
玉ねぎ(みじん切り) 1/2個
セロリ(みじん切り) 10センチ
塩 小さじ2
牛挽き肉 800g
スパイスA
 ・タイム(みじん切り) 大さじ2
スパイスB
 ・オールスパイス 小さじ1
 ・ナツメグ 小さじ1/2
 ※ガラムマサラ 小さじ1弱で代用可。
パン粉 1カップ弱(45g)
卵 3個
オリーブ油 大さじ2
はちみつ 適量
中濃ソース 適量
ケチャップ 適量
【作り方】
香味野菜(玉ねぎとセロリ)には半量の塩を振っておき、水気を絞っておく。ボウルにひき肉と残りの塩、スパイスA、Bを加えて混ぜ、パン粉と香味野菜、溶いた卵、オリーブ油を加えてよく混ぜ合わせる。成形して180度のオーブンで45分焼き、一度取り出してはちみつを表面にぬる。250度で5分ほど焼いた後、オーブンから取り出して30分ほど置いて粗熱をとる。ソースとケチャップを混ぜ合わせて添える。

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水野仁輔
水野仁輔(みずの・じんすけ)
カレー&スパイス研究家

 1974年静岡県浜松市生まれ。99年に男性12人の出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。各地で食のライブキッチンを開催するほか、世界のスパイス料理やカレーのルーツを探求中。著書は40冊を超え、近著に「水野仁輔 カレーの奥義」(NHK出版)、「スパイスカレー事典」(パイインターナショナル)、「いちばんやさしいスパイスの教科書」(パイインターナショナル)、「幻の黒船カレーを追え」(小学館)、「水野仁輔のスパイスレッスン」(中央公論新社)など。2016年にスパイスをレシピとともに届ける「AIR SPICE」を設立。