香りは最後にチューニング キノコの“絶望パスタ”

水野仁輔のスパイスレッスン63

もう、ダメかもしれないな。そんな嫌な予感が確信に変わったのは、ずいぶん久しぶりに見かけた彼女の服装が少し若返っていたからだ。ああ、そうか。やっぱり新しい恋人ができたんだな。ずっと前からそういう気はしていたけれど、ね。

とぼとぼと家路についた僕は、夜も更けているというのにパスタを作り始めた。こんな時には、あれを作るしかない。アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ(Spaghetti aglio, olio e peperoncino)を。イタリアでは“絶望のパスタ”なんて呼ばれているらしい。絶望的に貧しい状態でもニンニク(aglio)、油(olio)、唐辛子(peperoncino)さえあればできるからだという。

絶望的に切ない状態にも作るべきパスタじゃないかと思ったんだ。キノコを加えて秋を先取りしようと思ったのは、精いっぱいの強がりさ。このパスタはシンプルな分、おいしく作るのはとても難しい。理想的なゴールに向かって、すべてのアイテムを完璧に火入れしなくてはならないからだ。

たとえば、オーソドックスな手法でシメジを使ってトライしてみる。フライパンにオリーブ油とつぶしたニンニク、唐辛子を熱して香りが立ったところでシメジを加えて塩をふる。ふたをして蒸し焼きにする。くたっとしてシメジの水分が出たところで、であがった麺を絡め合わせる。食べてみると悪くない。まあまあだ。自己採点が高くないのは気分が落ちているからだろうか。

もっと優しい作り方にしたい。さらにもっと香りを大事にしたい。ニンニクをみじん切りにして香りを出しやすくしよう。オリーブ油と唐辛子を加えるのは後回しにしよう。ちょっとしたチューニングがこの料理を簡単に、そしておいしくしてくれる。

そうか、それで思い出したことがある。学生時代の友達でやたらとモテるやつがいた。あいつは、付き合う女性が代わるたびに服装の趣味がころころと変わっていた。それを僕は冷ややかな目で見ていたけれど、あれは、きっと彼の趣味自体が変わっていったんじゃない。相手に合わせていたにすぎなかったんだ。チューニングが上手な男はモテる。逆に誰の色にも染まれない自分は、モテない男の象徴なのである。

スタートに使うオリーブ油を半量にし、極弱火でニンニクをそーっといためる。ほんのり色づいたところでシイタケとマイタケを。シイタケを薄切りにしたのは、隠し風味として暗躍させるためだ。これが、仕上がりにきいてくる。塩を振ったらふたをする。蒸し焼きにすれば、素材そのものの水分で中まで火が通る。

マイタケの表面が色づき、全体がクタッとなるまで火を入れる。やりすぎたかな、と思うくらいでいい。ふたを開けて白ワインを加える。油と水分を乳化させたいのだが、まあ、ほんのり白っぽく泡立てばいい。

 麺はたっぷりの塩で茹でて麺自体にしっかりとした塩味をつけるべきだ、とか、ゆで汁をフライパンに加えながら乳化を目指すんだ、とか、そういうことは熟練のシェフがやること。何も考えずに麺を茹でればいい。

茹であがった麺をソースに加えて絡め合わせたら、ここからが本番だ。器に盛る前にオリーブ油を回しかける。ここで使うために、スタートの油を控えめにしたのだから。盛り付けたら細かく刻んだ唐辛子をふりかける。

オリーブ油と唐辛子を料理の仕上げに持ってきたのにはワケがある。香りのいいものは、後半に加えるほど食べるときに強い印象を残すからだ。粉チーズも一緒に振りかけてしまったのは、ほんの出来心である。この風味だって悪くない。

スパイスやオリーブ油は頼りになる“香りのチューニングアイテム”である。最後に羽織ったコートや出掛けにシュッとふりかけた香水が、出会った人の第一印象を決めるのと同じなのかもしれない。

はい、できあがり。ほらね、こんなふうに料理のチューニングだったら、僕にだってできるんだ! しかし、食べ過ぎたかな……。切ない気持ちになったからって、深夜にシメジとマイタケのスパゲッティ、2皿両方をやけ食いするのはめたほうがいい。

◆キノコのスパゲティ
【材料】
オリーブ油         大さじ1強
ニンニク(みじん切り)   小1片
マイタケ          1株(120g)
シイタケ(薄切り)     1枚
塩             適量
白ワイン(あれば)     大さじ2
スパゲティの麺       80g
粉チーズ          適宜
唐辛子(種を取って刻む)    1本
【作り方】
鍋に半量のオリーブ油とニンニクを加えて、うっすら色づくまで炒める。マイタケ、シイタケを加えて塩をふり、ふたをして弱火で10分ほど蒸し焼きにする。ふたを開けて白ワインを加えて混ぜ合わせる。茹でてざるにあげた麺を加えて絡め合わせ、さっと炒める。火を止めて残りのオリーブ油を回しかける。器に盛って粉チーズと唐辛子をふりかける。

水野仁輔
水野仁輔(みずの・じんすけ)
カレー&スパイス研究家

 1974年静岡県浜松市生まれ。99年に男性12人の出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。各地で食のライブキッチンを開催するほか、世界のスパイス料理やカレーのルーツを探求中。著書は40冊を超え、近著に「水野仁輔 カレーの奥義」(NHK出版)、「スパイスカレー事典」(パイインターナショナル)、「いちばんやさしいスパイスの教科書」(パイインターナショナル)、「幻の黒船カレーを追え」(小学館)など。2016年にスパイスをレシピとともに届ける「AIR SPICE」を設立。