カヌレ ガリッとかじれば、たちまち幸せ

瀬戸理恵子のおやつ便り

本日のおやつは、真っ黒で艶やかなカヌレ。ガリッとかじると焦げた香りが鼻をくすぐり、中はもっちりやわらかくて、ラム酒やバニラ、卵の香りがたーっぷり。何度食べてもたまらないおいしさです。

初めて出合ったときは、「なに、この黒焦げでゴツゴツ、硬そうなお菓子?」と思ったけれど、今ではお店に並ぶカヌレを見つけるだけで、思わず笑みがこぼれてしまうくらい大好きなお菓子。なかでも銀色の足つきトレーに山盛りにされた、「オーボンヴュータン」のカヌレは、私の一番のお気に入りです。

「オーボンヴュータン」のオーナーシェフ、河田勝彦さんが話してくださったのは、カヌレとの運命の出合いでした。1967年、シベリア鉄道(飛行機でなく!?)に乗って渡仏し、やっとの思いでパリのお菓子屋さんで職を得て、働き始めた河田さん。ところが、翌年に勃発した五月革命でその仕事を失ってしまい、パティシエとして働く気力もすっかり萎えてしまって、放浪の旅へ。そのままボルドー近郊のワイナリーで、ブドウを摘むアルバイトをしていたそうです。

そんなとき、休日に出かけた小さな町で出合ったのが、このカヌレでした。今とは違い、当時はまだ、カヌレはその土地だけで作り継がれていた“門外不出”の郷土菓子でしたから、河田さんにとっては未知の物体。恐る恐る口に入れてみると、あまりのおいしさと見た目とのギャップに心を揺さぶられて、「雷に打たれたような衝撃でしたね」と、懐かしそうに語ります。

この出会いによって、「俺にはまだまだ知るべきことがある!」と、パリへ戻る決意をし、お菓子の世界に舞い戻った河田さん。本場フランスの味を追求し続ける情熱は、75歳となった今も変わらず、「オーボンヴュータン」にはカヌレをはじめ、味わい深くて魅力あふれる郷土菓子や古典菓子がたくさん並んでいます。

そんなふうに職人の心に火をつけ、突き動かしてしまうなんて、カヌレ、あなたって本当にすごい! 心の中でつぶやきながら、今日もおいしくいただきます。

カヌレ ド ジロンド
  210円
店舗 オーボンヴュータン
東京都世田谷区等々力2-1-3
電話 03-3703-8428
営業時間 9:00~18:00
火曜、水曜休

瀬戸理恵子(せと・りえこ)
フードエディター・ライター

 1971年東京都生まれ。銀行勤務を経て2000年にパリへ製菓留学し、エコール・リッツ・エスコフィエ、ル・コルドン・ブルー パリで菓子ディプロムを取得。ピエール・エルメ氏のもと研修を重ねる。2001年帰国し、月刊誌「料理王国」、「料理通信」の編集部を経て、2009年独立。お菓子を中心にフリーランスのフードエディター・ライターとして活動中。監修・共著に「東京手みやげ 逸品お菓子」(河出書房新社)など。このほか、「『オーボンヴュータン』河田勝彦の郷土菓子」(誠文堂新光社)など、パティシエの書籍製作も手がける。

【あわせて読みたい】
人形焼 卵も餡もたっぷりのぽんぽこ狸
パヴロヴァ エキゾチック トロピカル気分で軽やかに
笹ほたる ほのかな明かりに誘われて
Kakigori フリュイルージュ 驚きあふれる真っ赤なかき氷
モエルー オ シトロン キュンとさわやかなレモンケーキ