型破りの作り方で新たな味わい ネパール式チキンカレー

水野仁輔のスパイスレッスン58

ある夜、旧知の2人が初めて会う男を連れてやってきた。夜といっても深夜12時を回るころである。もう3人ともずいぶん飲んでいたようだが、そこからワインのボトルを開け、2時過ぎまで飲んだ。

ふらりと現れて軽く握手を交わしたこの男は、パリで活躍するハットクリエイター。帽子部門で日本人初のM.O.F.(フランス国家最優秀職人章)を受た過去を持つ。僕が「パリだ、パリだ」と騒いでいたから引き合わせてくれたのだろうか。

こちらはこちらで賞とは無縁だが、カレークリエイターである(えへん!)。ハットクリエイターとカレークリエイターが語らう夜。大いに盛り上がった。

あの夜のことを思い出しながらキッチンに立つ僕は、ネパール式のチキンカレーを作ろうとしている。理由はおいおい明かしたい。ひとまず、5種類のスパイスを準備した。ターメリック、パプリカ、クミン、コリアンダー、ガラムマサラ。スパイスでカレーを作るならまずはそろえておきたい王道ラインアップである。

「基本に忠実に……」

ぶつぶつと独り言を口にしながら玉ねぎをきざむ。にんにくとしょうがはすりおろしにした。最近はもっぱら、にんにくとしょうがはみじん切りにすることが多かったから、すりおろしは昔の自分に戻ったような新鮮さがある。青くフレッシュな香りが鼻を突いた。

彼と盛り上がった話は、「創造」についてだった。彼がハットを創るときと僕がカレーを創るときに大事にしていることが全く同じで酒が進んだのである。

「クリエイションには3つのステップがある」
言い回しは正確に覚えていないが、彼がそう言った。

「ファーストステップは、とにかく基礎技術を磨くこと。それができたら、セカンドステップにあえて“型”を壊す」

そうそう、その通り。だから、僕は今日、ネパールカレーを作っているのだ。スパイスでカレーを作るときには、ベースをいためてスパイスを加え、それから水分と具を加えて煮込むという“型”がある。ところが、ネパールのカレーはちょっとだけ違う。

玉ねぎを炒めてベースができる前に鶏肉を入れてしまう。その後にスパイスを加えて炒める。本来、ベースになるはずのにんにく、しょうが、トマトは最後に加えるのだ。大阪にあるネパール料理店のシェフに教わったやり方だ。

早い段階で鶏肉を投入するプロセスは、型破りではあるが、結論から話し始めるときのような明快さがある。投入するスパイスは、5種類すべてが小さじ1という潔さ。「1:2:4」だとか「1:1:6」だとか、そういう難しいことはしない。スパイスの配合がどうのこうの、ということは一通り経験しているからこそ、この単純さの魅力にかれる。

レッドチリの代わりにパプリカを使ってしまったのは僕がひよったからだ。少し前に友人が「ネパール料理を食べに行ったら辛すぎて困った」と愚痴をこぼしていた。それを僕に言われても……。でも、これなら子供だって食べられる。

修練して型を作ったものだけに見える世界がある。技術力だけでも差は出るが、そこから型をどう崩して表現するかに個性が出る。そう、型破りは型がある人にしかできない芸当なのである。

僕が思うネパール式カレー最大の特徴は、すりおろしたにんにくのフレッシュな香りが際立っていること。だって、おろしにんにくは、調理の最終段階で登場するからだ。え! そのタイミングで!? 初めて見たときはわが目を疑った。

自分で作ってみるとこれがうまい。ごろごろとした鶏肉をギューッとかみしめるたびに、ジンワリと脂分のうま味や肉の味わいを感じ、その都度、スパイスとにんにくの香りが訪れる。今年の2月に訪れたカトマンズの景色がよみがえってくるようだ。

ネパール式のカレーは不思議な存在である。型を破って生まれた味わいが型として定着しているのだから。

深夜のワインでかなり酔ってはいたものの、ハッキリと覚えている話がある。ハットクリエイターの彼は、「クリエイションには3つのステップがある」と言った。その3つ目のことである。

「技術を磨いて型を崩した先に、もう一度ゼロベースに戻して世の中に全くなかったものを創造できる人がいる。そういう人が本物だと思う」

いつか僕はそんなカレーを創ることができるだろうか……。難題を残して雨の降る中、彼は帰っていった。次に会うのは、パリかなぁ。

◆ネパール式チキンカレー
【材料・4人分】
 サラダ油        大さじ5
 玉ねぎ(スライス)   小1/2個
 鶏もも肉(ひと口大)  500g
 パウダースパイス
  ・クミン      小さじ1
  ・コリアンダー   小さじ1
  ・ターメリック   小さじ1
  ・パプリカ(またはレッドチリ) 小さじ1
  ・ガラムマサラ(あれば)    小さじ1
 塩           小さじ1
 にんにく(すりおろし) 1片
 しょうが(すりおろし) 1片
 トマトピューレ     大さじ3
 水           100ml
【作り方】
鍋に油を熱し、玉ねぎを加えてタヌキ色になるまで炒める。鶏肉とパウダースパイス、塩を加えて炒める。にんにく、しょうがを加えてさっと混ぜ合わせ、トマトを加えて混ぜ合わせる。水を注いで煮立て、肉に火が通るまで煮る。

水野仁輔
水野仁輔(みずの・じんすけ)
カレー&スパイス研究家

 1974年静岡県浜松市生まれ。99年に男性12人の出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。各地で食のライブキッチンを開催するほか、世界のスパイス料理やカレーのルーツを探求中。著書は40冊を超え、近著に「水野仁輔 カレーの奥義」(NHK出版)、「スパイスカレー事典」(パイインターナショナル)、「いちばんやさしいスパイスの教科書」(パイインターナショナル)、「幻の黒船カレーを追え」(小学館)など。2016年にスパイスをレシピとともに届ける「AIR SPICE」を設立。