「スパイス料理はもっと自由でいい」 水野仁輔さんのエッセーが書籍に

インタビュー

 カレー&スパイス研究家の水野仁輔さんが大手小町で連載中の料理エッセー「水野仁輔のスパイスレッスン」が、中央公論新社から書籍化されました。水野さんがこれまで出版したカレーやスパイスに関する本は約50冊。最新刊では、スパイスによってランクアップする料理のレシピと、それにまつわるエッセーがつづられています。どんな思いでレシピを考案したのか、水野さんに聞きました。

スパイスの魅力を伝える本を

――大手小町の「スパイスレッスン」の連載は55回を迎えました。書籍には、この中からよりすぐりの30本のエッセーが掲載されています。

 これまでカレーのレシピ本はたくさん出しているので、そうじゃないことをしたいと思い、「スパイスレッスン」の連載はスタートしました。「カレーに逃げない」というのが基本スタンスです。カレーそのもので本に登場するのは「かも肉のカレー」と「サバカレー」くらいですね。

 カレーには「これがないとダメ」というスパイスがあります。カレーになるかならないかは、そのスパイスでちゃんとカレーの味がするかどうかで決まります。

 以前、イベントで、スパイスを少なめにしてチキンカレーを作ったことがありました。チキンカレーとチキンシチューの間くらいのものが出来上がりましたが、カレーだと思って食べたお客さんは「アレ?」という顔をするんです。それで、「スパイスの量が足りないと、カレーだと思っておいしく食べてもらえないんだな」って。

 チキンシチューとしては間違いなくおいしいのに、カレーなのかシチューなのか、そこが中途半端だったので味わってもらえなかった。

 カレーを作ったら、だれが食べてもカレーになっていないといけない。スパイス料理はもっと自由でいいはず。つまり僕にとって、「スパイスレッスン」は、「カレーの呪縛」から逃れられる連載、読者にとっては、「料理の呪縛」から自由になれる連載なんです。

スパイスは味の邪魔をしない

――あらためて、スパイス料理の魅力って何でしょうか。

 スパイス料理だと、スパイスが一つあれば作れます。三つくらいあれば、その料理がおいしくなる。スパイスは香りと辛みと色を付けてくれるもの。香りは味の邪魔をしません。

 しょうゆラーメンにみそを入れたら、味がバッティングしちゃいますよね。スパイスは味がないから、どんな料理にものっかっていけるんです。どんな料理にも合わせられるから、世界中でスパイスが活用され、愛されている。

 日本料理に例えるなら、薬味的な意味合いだと考えれば、わかりやすいかもしれません。

「あったらあった、ないならない」でいい

――スパイスで味はつかない。あくまで「香り付け」というのは、この本を読んで気づかされました。

 スパイスには強い味の主張がありません。木の皮とか何かの種とかだから。その代わり、香りがいいので肉や野菜に入ると、素材の味を引き立ててくれます。お肉にしても野菜にしても、僕らは食材を味わっています。シンプルに言えば、食材と塩で料理はおいしく食べられます。

 でも、スパイスを加えると、その料理が華やいだり、味わいが引き立ったりする。それがスパイスのすごいところです。なくてもおいしく食べられるけれど、あると見違えるようにおいしくなります。

タコと芽キャベツのマリネはタイムで香り付け

 だから、スパイスは「あったらあった、ないならない」でいい。自由度がいいんです。

スパイスにテクニックはいらない

――スパイスレッスンでは、ハンバーグやポテトサラダなど、家庭でふだん作られる料理が取り上げられています。

 タマゴサンドは作れても、「スパイスのフレーバーをつけたタマゴサンドを作ってください」と言われた瞬間に「あー、無理無理」となってしまいますよね。でも、タマゴサンドを作っている途中でナツメグをパラッと入れたら、ふわっとさわやかな香りのするおいしいタマゴサンドになるんです。

卵スプレッドを作る途中にナツメグパウダーを入れると……

――スパイスは種類も多くて使い方がよく分からないため、料理に慣れていないと、なかなか手が出しにくいイメージです。

 スパイスを使うことにテクニックは要らないんです。ただ料理に入れるだけでいいから、誰でも使えます。僕が料理を作っている人の横に立ってパパッと足すだけで、スパイス料理が作れます。

 ただ、料理に入れるスパイスのチョイスや分量は、慣れている人じゃないと難しい。幸い、僕にはカレーの研究で学んだ知識や経験があるので、そこは、本に書かれてあるレシピの通りにやってみてください。

 それぞれのレシピは、自分でいうのも何ですが、よくできていると思います。 

――レシピはどうやって考え出したのでしょうか。

 友人や仕事仲間との「最近、この料理にはまっている」といったやり取りがベースになっていますね。実際の話をもとにしているから、読者に共感してもらえるのかもしれません。

ホーリーバジルの代わりにスイートバジルと黒胡椒で味付けしたガパオライス 「あの香りがなければこの香りで」

スパイスレッスンは新境地

――この本は、水野さんによる「妄想エッセー」が特徴の一つです。「この世の中にかけがえのない存在なんて、あるのかな。いやね、ついこの前、気になっている女性にこんなふうに言われたんだ……」などなど。エッセーに登場する「僕」と架空の「彼女」とのやりとりは、癖になるおもしろさです。

 現実と妄想をごちゃまぜにして、自由に書けるのがすごく楽しいです。いつもは文章を書くときに、優等生ぶっちゃうんですよね。みんなが期待している「カレーをこよなく愛し、みんなにカレーのおいしさを広めたい水野仁輔」を意識してしまって。だから、自分の文章がイヤだったんです。

 僕だって、たまには「カレー食べたくない時もありますよ」とも言いたい(笑)。スパイスレッスンは新境地でした。

コラムにレシピがくっついた

――これまで水野さんが出してきた本は、スパイスカレーのレシピ本などがほとんど。その中で、「スパイスレッスン」は異色の存在です。

 レシピは極力シンプルに、エッセーに手順や調理の際のポイントなどを書き込んでいます。エッセーには全部で93の脚注をつけ、スパイスに関する豆知識などを盛り込みました。本のために書き下ろしたコラムもあります。この本には、妄想エッセーと実用レシピが詰め込まれています。

 レシピ本として使ってもらってもいいし、エッセーをばーっと読んで、作ってみたいというものにトライしてもらってもうれしいですね。

(取材・文/メディア局編集部 山口千尋)

水野仁輔
水野仁輔(みずの・じんすけ)
カレー&スパイス研究家

 1974年静岡県浜松市生まれ。99年に男性12人の出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。各地で食のライブキッチンを開催するほか、世界のスパイス料理やカレーのルーツを探求中。著書は40冊を超え、近著に「水野仁輔 カレーの奥義」(NHK出版)、「いちばんやさしいスパイスの教科書」(パイインターナショナル)、「幻の黒船カレーを追え」(小学館)「スパイスカレーを作る」(パイインターナショナル)など。2016年にスパイスをレシピとともに届ける「AIR SPICE」を設立。