じっくりと手間をかけて オニオンスープ

水野仁輔のスパイスレッスン55

 「最近、親のかたきのように作っている料理があるの」
 唐突に彼女が言う。

 オヤノカタキなんて、最近、使う人いないよね、昭和じゃあるまいし……、と僕は思う。思いながら「昭和じゃあるまいし」なんて表現も古いよな、と自分で自分に突っ込む。

 「何の料理を作っているの?」
 「新玉ねぎのポタージュ」

 そこで僕は手を止めた。だって、目の前には大量の新玉ねぎがあるからだ。これから150人分のカレーを作るのにせっせと玉ねぎの皮をむいている僕に向かって、なぜ彼女はそんな挑発的なネタを繰り出してきたんだろう。僕はきれいに皮をむいた新玉ねぎをひとつとシナモンリーフを1枚、テーブルの上に置いた。

 「バターで新玉ネギをいためて圧力鍋にコンソメと水をちょっといれて、バーッと加圧して、ブレンダーでガーッとやれば出来上がり」

 得意げに彼女が言う。バーッとしてガーッとやる。昭和のプロ野球監督じゃないんだから、とまた僕は心の中で突っ込みを入れる。さらにもうひとつ突っ込みたくなったのは、“圧力鍋”と“コンソメ”の部分である。それを使ったら簡単においしくなってしまうじゃないか。僕の闘争心に小さく火がついた。

 僕はイベント用のカレーに使うはずのない小鍋を準備し、くし形に切った玉ねぎをひとつ入れてヒタヒタに水を加え、塩をふって強火にかけ、鍋にふたをした。

 「料理していて一番うれしいのは、『この値段でこのおいしさ!』って時なの。テレビ番組とかで、材料にこだわりまくって料理をしている場面を見ると、なんだかものすごいモヤモヤする。『いや、そんな高い肉使ったら美味おいしいに決まっているじゃん。こちとら、限られた中で料理をすることで勝負しているんだ!』と。ま、誰と戦ってるんだ?って話だけれどね」

 今日は、いつになくよくしゃべるなぁ。何かあったのかな。

 小鍋のふたを開けると玉ねぎがクターッとしているから、ザクーッと木べらで鍋中を混ぜ合わせ、そこからはふたを開けたまま、グツグツ―ッと煮立たせるようにして水分を飛ばしていく。いいね、いいね、僕も監督風になってきた。

 水分が飛んできたらバターをひとかけ加えて、強火のまま玉ねぎを鍋底と鍋肌で焼きつけるように色づけていく。

 「これがさ、メイラード反応って言ってね、アミノ酸と糖分が化学反応を……」
 そう言おうとしたけれど、やめておこう。今日の彼女は、何を言ってもまともに聞いてはくれなさそうだ。

 「外食も高いよね、量も少ないし。『この料理、2,000円もするけど、家で作ったら材料費800円くらいだよね』とか。すみませんねぇ、貧乏くさくって。でも、自分で作ると、素材もよくて美味しいから、なんだかお得な気分になれるの」

 きつね色になった玉ねぎに水を注ぎ、シナモンリーフをはらりと1枚。しばらく煮込んだら、塩で味を整える。玉ねぎは事前にキッチリ火を入れておけば圧力鍋で煮る必要なく、溶けそうなほどクタクタになるし、コンソメを使わなくても十分なくらいうま味が出るのである。

 「材料は新玉ねぎと塩と水とバター、葉っぱが1枚だからね。値段にして100円くらいかな」
 勝ち誇った調子でそう言おうとする前に、彼女がうれしそうに言った。

 「あれ? ポタージュができてる! カレーを作ってたんじゃなかったの!? これを2~3日に1回は作って朝食に飲んでいるの。だから、私の血液は春の小川並みにさらさらになっているはず」

 そう、この料理は、この後、ブレンダーでガーッとやれば、オニオンポタージュになる。このままスーッと飲めばオニオンスープ。ざるでして玉ねぎのエキスをギューッと絞れば、高級なオニオンスープになるのだ。

 自分で手間をかけて作れば、美味しさとともに喜びも味わえる。彼女の意見に賛成だ。ただ、それで血液が春の小川のようになるかどうかは、わからないけれどね。

◆オニオンスープ
【材料】
 新玉ねぎ(くし形切り)  大1個(300g)
 塩      小さじ1/2
 バター    10g
 水      600ml
 シナモンリーフ(なければローリエ) 1枚
【作り方】
 鍋に玉ねぎと玉ねぎがヒタヒタになる程度の水(分量外)、塩を入れて強火にかけ、ふたをして蒸し煮にする。水分が飛んで玉ねぎがクタッとしてきたらふたを開けてバターを加え、強火のまま鍋中をよくかき混ぜて玉ねぎの表面を焼いていく。全体的にこんがり色づいたらシナモンリーフと水を加えて煮立て、弱火にして10分ほど煮る。

水野仁輔
水野仁輔(みずの・じんすけ)
カレー&スパイス研究家

 1974年静岡県浜松市生まれ。99年に男性12人の出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。各地で食のライブキッチンを開催するほか、世界のスパイス料理やカレーのルーツを探求中。著書は40冊を超え、近著に「水野仁輔 カレーの奥義」(NHK出版)、「スパイスカレー事典」(パイインターナショナル)、「いちばんやさしいスパイスの教科書」(パイインターナショナル)、「幻の黒船カレーを追え」(小学館)など。2016年にスパイスをレシピとともに届ける「AIR SPICE」を設立。