「お忙しいところ、すみません。いま、五香粉について調べているんですけど、水野さん、教えてもらえますか?」
「お、五香粉のことが気になる女……」
「ちょっと! マジメに答えてください!」
「あ、ごめんごめん」
「あの子、いったい何者なんですか?」
唐突に送られてきたメールでやり取りをしながらふと思った。「あの子、どこの子?」とか「あの子、どんな子?」みたいなミックススパイスって、世の中にたくさんあるよなぁ。どんなスパイスも何かの目的があってブレンドされ、さまざまな形で料理に活用されている。
たとえば五香粉は、「ウーシャンフェン」と呼ばれ、クローブ、シナモン、スターアニス、チンピ、花椒の5種類がミックスされたものである。いや、他の5種類の場合もあるし、5種類に限らない場合もある。ともかく、中国料理で臭み消しや香りづけに使われるスパイスだ。
だから正体不明というわけじゃないけれど、“もらったはいいけど、どうやって使えばいいの?”みたいなことがスパイスの世界にはよくあるのだ。
そんな“どんな子?スパイス”をすべて受け入れてしまうすごい料理を紹介したい。
キッシュである。キッシュ!? と思うかもしれないが、これが意外といい。先日、行きつけのタイカレー店でトリュフ風味の唐辛子調味料という謎の土産をもらったから早速、応用してみることにした。
キッシュという料理は、驚くほど簡単である。プロセスのほとんどをオーブンという調理器具がやってくれるから。キッシュの具はシンプルにベーコンがいい。ほうれん草とかブロッコリーとか緑のものを加えると映えるけどね、男はだまってベーコン。スライスした玉ねぎと一緒に炒める。ボウルに卵を溶き、生クリームと“どんな子?スパイス”を混ぜ合わせておく。
今回使用したスパイスは、油と唐辛子とにんにくを主体としてトリュフの香りを添えたようなものである。そもそも唐辛子とにんにくの相性が抜群にいいから、どんな料理にでもいけそうだが、たとえば、お土産でもらったハーブミックスとか、プレゼントしてもらったシーズニングスパイスとか、なんでもいい。このタイミングで卵と混ぜ合わせておこう。
生地を伸ばして耐熱皿に敷く。フォークの先でちょっと穴をあけておくといい。玉ねぎとベーコン炒め、チーズ、卵ソースの順で加えてオーブンへ。2~3人分なら200度で25分ほどが目安だが、表面の焼き色を確認しながら、こんがりと美味しそうになったところで完成にすればいい。何度とか何分とかいう数字よりも自分がおいしそうだなと思ったタイミングを大事にするべきだ。料理はそうあるべきだと僕は思う。
焼きあがったキッシュを適当なサイズに切り、食べる。のだが、キッシュというのは不思議な料理でホカホカしているときもうまいけれど、完全に冷めた後もうまい。むしろ、僕は冷めきったキッシュが好きだ。どことなく感じる悲哀とは対照的に、その味わいは予想以上の喜びをもたらしてくれる。
食べながら想像する。五香粉でキッシュはどうだろうか? ベーコンをチャーシューにして、玉ねぎを長ねぎにする。ごま油なんかで炒めたら、中華風キッシュができてしまうだろう。それはそれでおいしそうだ。キッシュ万歳! 我ながらいいレシピじゃないか。
「五香粉、思い起こせば大学時代にハマった記憶があります」
「五香粉に熱中する女子大生……」
「ちょっと!」
「あ、ごめんごめん」
「ネギ油と最高のコンビだと思っていたあの頃……」
「ステキな学生時代を過ごしたんだね」
そういえば、キッシュなんて料理も知らなかった大学時代、僕はアーリオ・オーリオにハマり、週の半分は唐辛子やにんにくと向き合って過ごしていた。あの頃に僕らが出会っていたらどうなっていただろうか? 意気投合していたか、ケンカしていたか、きっとどちらかだっただろうなぁ。
◆キッシュ
【材料・2~3人分】
冷凍パイシート 1枚
オリーブ油 小さじ1強
ベーコン(スライス) 70g
玉ねぎ(スライス) 100g
溶けるチーズ 40g
卵 2個
生クリーム 100ml
ミックススパイス(なんでも) 適量
小麦粉(打ち粉用) 少々
【作り方】
パイシートは常温解凍して打ち粉をふり、薄く伸ばしておく。卵を溶いて、スパイスと生クリームを混ぜ合わせておく。フライパンにオリーブ油を熱し、ベーコンと玉ねぎを加え、塩をふって炒める。耐熱皿にクッキングシートを敷き、生地を乗せ、器の型に沿って成形する。生地の上に炒めたベーコンと玉ねぎ、チーズをのせ、上から卵クリームを注いで200度に熱したオーブンで25分ほど焼く。