挽き肉のうまみを感じる タコライス

水野仁輔のスパイスレッスン48

 おだてられると図に乗るタイプだと自覚している。

 アヒージョで「すべて適量」のレシピを披露したら、予想外の反響があった。「そういうのを待っていました!」とか「面白い!」とか。こういうときの快感は余韻を残すから、欲深い僕は、もう一度、あの喜びを味わいたいと思ったのだ。そこで、「すべて適量」のレシピならぬ、「すべて適宜」のレシピを披露することにした。

  レシピ表記における適量と適宜はちょっと意味合いが違う。適量は、あるならあったほうがいいが適度な量を自分で決めていい場合。適宜は、あってもなくてもどちらでもいい場合である。

 「あったらあったで、ないならないで」という考え方は、僕の日常の根底に流れている。長年、出張料理をしてきたから、不十分な環境でカレーを作るスキルは身についた。そのスタンスにさらに磨きがかかったのは、ケータイ電話を持たないで過ごした3年ほどだ。不便を前向きに楽しめるようになった。

 適宜レシピで作る料理は、タコライスに決めた。沖縄で生まれ、定着したオリジナルの一皿である。聞くところによれば、メキシコ料理のタコスをトルティーヤではなくライスに乗せたことから名づけられたそうだ。だからタコは使わない。「タコ飯」と中途半端に略してしまうと、別の食べ物になってしまうから要注意。

 何はなくてもき肉が必要になる。こればかりは適宜というわけにはいかない。油でいためるときに使うスパイスは、クミンシード、レッドチリパウダー、ブラックペッパーパウダーとした。クミンだけを粉にしなかったのは、口の中でプチッとはじけるおいしさを味わうためである。

 しっかり火が通るまで炒めたら、ケチャップとソースで味付けをする。このままライスにかけたらキーマカレーになりそうだが、いくつかの野菜を一緒に盛ることでタコライスとなる。不思議な食べ物である。

 野菜を準備する。欠かせないのはトマトとレタス。あったらあったで、なければないで大丈夫だけれど、アボカドやチーズ、玉ねぎのみじん切りなどを加えると、さらにおいしくなってしまう。

 ボウルに加えてオリーブ油やレモン汁と一緒に混ぜ混ぜしているときに、ふと別の料理が頭に浮かんだ。これって、ハンバーガーと同じじゃないのか? レタスを豪快にちぎり、アボカドとトマトをスライスし、さっき炒めた挽き肉はこねてハンバーグにする。ライスにのせずにチーズと一緒にパンで挟んだら、アボカドチーズバーガーの出来上がりである。 調理の途中で気が変わったら、キーマカレーやハンバーガーに路線変更できてしまう料理。タコライスとはなんて便利な料理なんだろう。

 あ、いけない、いけない。不便を楽しもうと“適宜レシピ”を作っているはずだったんじゃないか。

 そういえば、ケータイがなくて最も困ったのは、待ち合わせである。「ちょっと遅れる」とか「場所が変わった」とかいう大事な知らせは、僕にだけ届かない。何度か会えずじまいの待ち合わせを経験した。

 連絡が取れないままBARのカウンターで4時間半、待ったこともあった。たまたまカバンに入っていたニール・ヤングのCDアルバムを取り出し、ライナーノーツと歌詞を2時間くらいかけて熟読したことを思い出す。

 結局、その夜、彼女は来なかった。後日、「ごめん、寝ちゃったの」という弁解を鵜呑みにした僕は、今思えばウブすぎたのかもしれない。きっと彼女にとって僕は「適宜な男」だったのだろう。いたらいたで、いなかったらいなかったで、どちらでもいい存在。適宜な料理はいいけれど、適宜な男は切ないなぁ。

 タコライスが完成した。タコライスとは何だろう? どこまでがタコライスでどこからがタコライスじゃないんだろう? タコライスに欠かせない食材は何だろう? それ以外はすべてレシピ上、「適宜」としておきたい。

 挽き肉を炒めてトマトと混ぜ、器にご飯を盛り、千切りのレタスと一緒に盛り付ければタコライスとなるはずだ。スパイスは適宜とはしない。使えば必ずいつものタコライスがもっとおいしくなるはずだから。香りと刺激で挽き肉のうま味が引き立つあの感じをぜひ味わってほしい。

◆タコライス
【材料】
 オリーブ油 小さじ1
 にんにく(みじん切り) 小1片(適宜)
 クミンシード 小さじ1/2
 合い挽き肉(できれば粗挽き) 200g
 パウダースパイス
  ・レッドチリパウダー 小さじ1/4
  ・ブラックペッパーパウダー 小さじ1/4
 塩 小さじ1/2
 トマトケチャップ 大さじ1(適宜)
 ウスターソース 小さじ1(適宜)
 トマトサルサ
  ・トマト(みじん切り) 1個
  ・玉ねぎ(細かいみじん切り) 1/8個分(適宜)
  ・アボカド(1センチ角) 1/2個(適宜)
  ・オリーブ油 小さじ1(適宜)
  ・レモン汁 大さじ1(適宜)
 ライス 2皿分
 レタス(千切り) 3~4枚
 とろけるチーズ 20g(適宜)
【作り方】
 鍋にオリーブ油を熱し、にんにくとクミンシードを加えてきつね色になるまで炒め、挽き肉を加えて表面全体がしっかり色づくまで炒める。パウダースパイスと塩を加えて炒め合わせ、ケチャップとソースを混ぜ合わせる。火を止めてサルサを加えて混ぜ合わせる。器にライスを盛りレタスを乗せて具を盛り、チーズをちらす。

水野仁輔
水野仁輔(みずの・じんすけ)
カレー&スパイス研究家

 1974年静岡県浜松市生まれ。99年に男性12人の出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。各地で食のライブキッチンを開催するほか、世界のスパイス料理やカレーのルーツを探求中。著書は40冊を超え、近著に「水野仁輔 カレーの奥義」(NHK出版)、「スパイスカレー事典」(パイインターナショナル)、「いちばんやさしいスパイスの教科書」(パイインターナショナル)、「幻の黒船カレーを追え」(小学館)など。2016年にスパイスをレシピとともに届ける「AIR SPICE」を設立。