5つの“しない”でおいしいパエリア

水野仁輔のスパイスレッスン47

 「おいしいパエリアを作りたいの」
 彼女が言う。
 「うんうん、いいね」
 僕が相槌あいづちを打つ。
 「でもね……」
 彼女が続ける。
 「わたし、3回に2回は失敗するのよ」
 僕は驚いてこう返す。
 「3回に1回じゃなくて2回も!? そりゃ大変だ」

 さて、ここからが分岐点である。

 仮に僕がさほど彼女に興味を持っていなかったら、こんなふうにアドバイスをするだろう。

 「でも最近はさ、スーパーなんかに行ったら適当なシーズニングキットが売ってるから、それ買ってきて炊飯器で炊いちゃえば? うまいかどうかは知らないけれど、少なくとも失敗はしなくてすむと思うよ」

 もし彼女が僕の気になる女性だったらそんな適当な態度はとらないだろう。

 「パエリアを成功させるにはいくつかのポイントがあるんだ。今度教えてあげるよ」

 とまあ、こうなる。なるよな、当然。「僕も昔は何度も失敗してさ」などと同調してみたりするかもしれないし、「君んち、フライパンか鍋はあるよね?」などと遠回しにお宅訪問を打診するかもしれないし、「できるようになったらさ、『わたし、失敗しないんで』とか言っちゃうわけ?」などとふざけてみるかもしれない。

 来たるべきその日のために、まずは練習しておくことにしよう。

 パエリアは僕の知る限り、スペインの代表的な料理のひとつである。パエリアを習うためにスペインを訪れたことはないから本当のところは知らないが、パエリア鍋というフライパンのように浅くて広い専用の鍋で米を炊けばいい。魚介類がメインの具というイメージがあるけれど、肉や野菜でもいいのだろう。サフランの香りが効いていたりすると気分が出るけれど、なきゃないでもよさそうだ。

 そんな風にどこかで聞きかじったレシピを基にうかつに始めると、たいていはうまくいかない。失敗“しない”パエリアを作るためには、5つの“しない”に気をつけるのが僕のやり方だ。

◎その1:米は洗わない

 洗ったり水に浸したりするのは、お米に水分を含ませてふっくら炊き上げるためのコツだが、パエリアに関しては不要なプロセスとなる。さらに言えば、調理中にも余計な水分を吸わせないために、あらかじめ油を混ぜておいて、コーティングしておくやり方が僕は気に入っている。よく混ぜ合わせ、米の表面がツヤツヤしてくれば準備完了だ。

◎その2:米は炒めない

 米をいためたくなってもじっと我慢。代わりに具を炒めよう。新鮮な魚介類、とくに頭のついたエビやアサリがあればベスト。なければ冷凍のシーフードミックスでもいい。その場合は、エビだけ細かく刻んでおく。短時間で出し汁をしっかり出すための工夫だ。ニンニクを炒め、あれば玉ねぎやセロリなどの香味野菜を炒め、トマトを炒め、スパイスを加える。ターメリックとレッドチリのコンビで香りと辛味を追加。

◎その3:具は混ぜない

 魚介類を炒め始める。まあまあ強火で表面が色づくくらいまで炒めたほうがいい。そのままつまんで口に運べるくらいまで、この段階で火を通してしまう。磯臭さが消え、香ばしい香りが漂ってきたら、白ワインを注ぎ、湯を加える。代わりに手作りのチキンブイヨンなんかがあったら最高。グツグツ煮込んで出し汁がきいたスープができたら、魚介類をいったん取り出しておく。そう、具は米と一緒に混ぜて煮ないほうがいい。米に均等に火を入れるためだ。

◎その4:ふたはしない

 ご飯を炊くのにふたをしないの? と思うかもしれない。でも僕はふたはしない。鍋中をのぞき込み、適度に逃げていく蒸気を見つめながら、イメージ通りに水分が飛んでいるかどうかを確認。強火で5分、弱火で12分。スープに隠れていた米が顔を出し、表面がうっすらと膜を覆い始め、やがて水分が飛び、ちりちりと鍋肌から焼けた音がし始める。火を止めてからふたをして3分。合計20分の加熱が米1合に対する適正時間だ。

◎その5:鍋は変えない

 使う鍋によって熱伝導の具合が違う。同じ材料、同じ分量で最適な加熱時間を求めるために、「自分だけのパエリア鍋」を決めてしまうのが大事。いい鍋を買うとか誰かのオススメを使うとかではなく、自分の鍋の性格を知り、使いこなせるようになるほうがいい。パエリアという料理は、自分の鍋でのレシピが確定してしまえば、二度と失敗しなくてすむのだ。

 そしてこの5つ目のポイントについては、決め台詞ぜりふも用意しておく。

 「ほら、『弘法、筆を選ばず』って言うでしょ? あれと同じよ。『水野、鍋を選ばず』ってね!」

 きっとここで彼女と僕との運命に分岐点が生まれるだろう。「おもしろーい!」となって一緒にパエリアを食べることになるか、「ありがとう、もう帰って」と冷めた口調で部屋から追い出されるか。まだ試したことがないのでわからないが、3回に2回は失敗しそうな気がしてならない。

◆パエリア
【材料】
 オリーブ油 小さじ2
 にんにく(みじん切り) 1片
 シーフードミックス(えびだけみじん切り) 250g
 白ワイン(あれば) 大さじ2
 トマト(みじん切り) 小1/2個
 パウダースパイス
  ・ターメリック 少々
  ・レッドチリ 少々
 塩 小さじ1/2
 湯 600ml
 サフラン(あれば) 数本
 米(オリーブ油 小さじ1と混ぜておく) 1合
 レモン 適宜
【作り方】
 フライパンに油を熱し、にんにくをきつね色になるまで炒め、シーフードミックスとを加えて表面が色づくまで炒める。白ワインとトマト、スパイス、塩を混ぜ合わせ、トマトがつぶれるまで炒める。湯を注いで煮立て、3分ほどグツグツと煮込んだら、シーフードを取り出しておく。米とサフランを加えてふたをあけたまま強火で5分ほど煮て、弱火で12分ほど煮て、火を止めてふたをして3分ほど蒸らす。ふたをあけてシーフードを戻し、レモンを搾る。

水野仁輔
水野仁輔(みずの・じんすけ)
カレー&スパイス研究家

 1974年静岡県浜松市生まれ。99年に男性12人の出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。各地で食のライブキッチンを開催するほか、世界のスパイス料理やカレーのルーツを探求中。著書は40冊を超え、近著に「水野仁輔 カレーの奥義」(NHK出版)、「スパイスカレー事典」(パイインターナショナル)、「いちばんやさしいスパイスの教科書」(パイインターナショナル)、「幻の黒船カレーを追え」(小学館)など。2016年にスパイスをレシピとともに届ける「AIR SPICE」を設立。