全部適量で作れちゃう 簡単アヒージョ

水野仁輔のスパイスレッスン46

 ときどき自分に嫌気がさす。

 特にカレーのレシピを書いているときが多い。たとえば「玉ねぎ 1個」と書く。1個と言っても色んな大きさの1個があるよな。産地や季節によって味わいが変わるんだよな。収穫期によって水分比率も違うよな。より正確に、と要素を盛り込むとこうなってしまう。

 「できれば淡路島産玉ねぎ(秋収穫) 1個(200g・もし春の新玉ねぎの場合は220230g程度)」

 理屈っぽい! ああ、いやだいやだ、こんな自分。もっとアバウトに気分でレシピが書けないものだろうか。分量なんて、全部、「適量」でいいじゃないか! 理屈ではなく感覚で生きられる人間になりたい。左脳レシピよりも右脳レシピの書ける男になりたい。実際、自分が料理をするときには、だいたいで、適当に、なんとなく、気分に任せてやっているのだから。

 僕は嫌いな自分から脱皮するために右脳料理を作ることにした。選んだのは、アヒージョである。あの陽気で明るく情熱的なスペイン人が食べている、にんにくのオイル煮だ。

 オリーブ油とにんにく、唐辛子くらいは、たいていキッチンにある。煮たい素材だけを買ってくればいい。さ、スーパーに行こう。おいしく食べたいから旬の食材にしておこうかな。アヒージョの定番というのが何なのかは知らないが、なんとなく魚介類のイメージが近い。この「なんとなく」に盛り上がり、スーパーの中を歩く。

 牡蠣かきがありそうだな、と魚介類のコーナーに行ったら、「加熱用」と書かれたのが売っている。生牡蠣として食べられるやつのほうがいいけれど、まあ、どっちでもいい。脇に目をやると、たらがある。お、いいね。でも、生たらではなく、「塩だら」とある。これでいいか。料理に使う塩を減らせばいい。

 よしよし、アバウトに食材を選んでいる自分が頼もしい。

 キッチンに戻ってフライパンを準備しようとしたら、フライパンがない。ま、いっか。深めの鍋を使えばいい。オリーブ油を注ぐ。何ミリリットル? などと心配する必要はない。だいたい1センチくらいの深さになるまで、トクトクトクと注ぎ込む。

 にんにくを無造作にたたきつぶし、唐辛子の殻を割って種を取り除く。辛いのが好きなら種ごと煮ればいいし、辛すぎるのはこまるけど香りを強めたいなら種を取った唐辛子をどっさり入れたらいい。弱火にかける。にんにくと唐辛子の香りが油に移るまで少々時間がかかるから、その間に牡蠣とたらの水気を拭きとっておこう。たまに鍋の中をのぞいてみると、ほんのりと香りがたっていたり、にんにくの周囲に小さな気泡が出てきたりするのが見える。「いい調子だよ、もう少し頑張って」なあんて鍋に声をかけてみたりして。洗い物でもしておこうかな。

 いいぞいいぞ、しかめっ面で鍋に張り付いたりしない自分がいとおしい。

 牡蠣とたらに加えてエリンギも買ってきた。本当はマッシュルームがよかったんだけど、売っていなかったんだ。キノコならなんでもいいか、と目に留まったエリンギを買い物かごに入れた。まな板と包丁を用意して、それから、定規を持ってくる。たらの厚みを計ってみると約1センチである。それなら、エリンギは同じ1センチ幅に切りたい。

 定規をまな板の上に置き、手前にエリンギを並べて正確に切っていく。トン、トン、トン……とやり始めてハッとした。いかん! いかんいかん。ちょっと気を抜くとこうだよ。左脳が出てきてしまった。エリンギなんてのは包丁で切るんじゃなく、手で割けばいいんだった。

 食材を加えて塩をふる。塩をどのくらい振り入れたらいいの? なんて心配する必要は全くない。アヒージョって料理は、鍋やフライパンの中にできあがるものをすべて口に入れるわけじゃない。塩気が強くなりすぎたって牡蠣やたらがしょっぱくて食べられないなんてことはないのだから。仮に入れすぎても、バゲットなんかと一緒に食べるから適度に緩和されていい。

 鍋の中で気にするべきは別にある。オイルがゆっくりと流れているかどうか。ピクリともしない沼のような状態ではなく、そよ風に水面がかすかに揺れる湖畔のような感じになっているほうがおいしくできあがる。なぜかって? 気分だよ、気分! アヒージョクッキングには根拠や正解を求めちゃいけない。大事なのはグルーヴなんだ。たまにはそっと鍋を揺らしてみたり、鍋中をゆっくりかき混ぜてみたりしてね。グルーヴィーな雰囲気が出てくればオッケー。

 へいへい、料理にグルーヴを持ち込むなんて、自分で自分を褒めてあげたいぜ。

 煮る時間も自由に決めればいい。最低でも数分ほど加熱すれば火は通るからおなかを壊す心配はない。そこから先は、ご自由に。さあ、完成したら、盛り付けよう。バゲットは忘れずに。適当なサイズに切ったりちぎったりする。定規は要らないよ。オイルに浸して食べるんだ。あ、最後に大事なポイントをひとつ。アヒージョは一人で黙々と食べる料理じゃないんだ。誰か気になる人でも誘ってさ、楽しく食べようね。酒のつまみにもいいから、たくさん呼んでパーティーでもいいね。

 あー、楽しかった。また理屈っぽい自分が出てきそうになったら、右脳で作るアヒージョに助けてもらおうと思う。

◆アヒージョ
【材料】
 オリーブ油 適量
 にんにく(つぶす) 適量
 赤唐辛子(種を取る) 適量
 牡蠣(加熱用) 適量
 たら(切り身) 適量
 塩 適量
 エリンギ(適当に切る) 適量
【作り方】
 鍋にオリーブ油とにんにく、赤唐辛子を熱し、香りが立ってきたら、牡蠣とたら、塩を加えて弱火でかき混ぜながら10~15分ほど煮る。

水野仁輔
水野仁輔(みずの・じんすけ)
カレー&スパイス研究家

 1974年静岡県浜松市生まれ。99年に男性12人の出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。各地で食のライブキッチンを開催するほか、世界のスパイス料理やカレーのルーツを探求中。著書は40冊を超え、近著に「水野仁輔 カレーの奥義」(NHK出版)、「スパイスカレー事典」(パイインターナショナル)、「いちばんやさしいスパイスの教科書」(パイインターナショナル)、「幻の黒船カレーを追え」(小学館)など。2016年にスパイスをレシピとともに届ける「AIR SPICE」を設立。