時間と材料をきっちりはかって マサラチャイ

水野仁輔のスパイスレッスン40

 ミャンマーに長く住んでいた旧友からインスタントのミルクティーをもらった。イベントに遊びに来てくれ、小分けの茶葉が袋にどっさり入った状態で「これ、飲んで」と手渡ししてくれたから、僕は早速、その場に居合わせた友人と3人で飲むことにした。

 「ティーカップを3つ準備して」

 言われるがままに動く。

 「1100mlの熱湯が欲しいの」

 「オッケー。じゃ、300ml分を沸かせばいいね」

 手鍋に水を注ぎ、火にかける。彼女はインスタントの粉をカップに移している。お湯を注ぐだけで作れるのに、混ぜるとおいしいからと言って練乳まで持参してきているくらいだから、なかなかの入れ込みようだ。きっとこだわりも強いだろう、と僕は僕で計量カップを準備して湯が沸くのを待った。

上から時計回りに、クローブ、シナモン、カルダモン

 スパイスを使ったミルクティーといえば、僕にとってはインドのチャイがなじみ深い。「カルダモン&クローブ&シナモン」の3種を僕はチャイ用スパイスの3点セットと呼んでいる。これらがそろえばチャイは香り高くなる。他にも、好きなスパイスの組み合わせがある。「ブラックペッパー&ジンジャー」というのと、「ミント&レモングラス(今回はセロリで代用)」というのだ。いずれも個性的でとにかくうまい。砂糖はたっぷり加えて甘くするのがインド式。かつては茶葉を摘みにインドのダージリンを訪れたこともあるくらいだから、僕だってミルクティーには一家言ある。

 ついでに言えば、僕にはチャイの師匠までいる。神原博之さんという人だ。大阪の「カンテ・グランデ」という知る人ぞ知るカフェで40年以上、チャイを作り続けてきたチャイマスターである。師匠といっても弟子と認めてもらっているわけではない。「チャイの学校」という彼のワークショップに2度参加したというだけで生徒ぶっているわけである。

 神原さんのチャイ(通称:神原チャイ)は、スパイスを使わなくても十分に香り高く深みのある味を醸し出す。オリジナルでブレンドしている茶葉に秘密があるが、それ以上にレシピの完成度が高い。つい最近も、レッスンを受けたばかりだ。師匠のレシピそのものは、彼の書籍などを参照してもらうとして、不良生徒の僕が、自分なりにアレンジしたチャイはこんな感じである。

 直径(内径)14センチほどのステンレスの厚手鍋を準備し、たまたま自宅に残っていたそれほどグレードの高くないアッサムティの茶葉を6グラムと150mlの水を注ぐ。強火にかけてから2分で沸騰。それからスパイスを加えて2分間、中火でグツグツと煮出す。

 ピピピ、ピピピ、とタイマーが鳴ったら200mlの牛乳を注ぎ、また強火に戻す。2分経過すると沸騰。左手で鍋の取っ手をつかみ、右手でコンロのつまみをひねりながら微妙に火力を調節する。温まった牛乳は気を抜くとフワーッと吹きこぼれそうになるから、その手前で火力を落とす。モコモコと盛り上がった泡が鍋のふち当たりでピタリと止まった状態をキープ。これがスリルに満ちているから思わず集中で息が止まる。

 2分ほどグツグツさせたら火を止めてす。あとは砂糖を混ぜ合わせれば2人分のチャイができあがる。

  本家、神原チャイとは細かい点は色々と違っているが、とにかく、「しっかり分量を計量し、時間をきっちり守り、慎重に丁寧に作るべし」というのが神原流。師匠がチャイを入れると、茶こしで漉した後のチャイが、一人当たりピタリと130mlに仕上がるからすごい。歓声が上がる瞬間だ。

 2度目のレッスンを受けるとき、冒頭に師匠が参加者全員に向けて「チャイの魅力を多くの人に伝えたい」と思いを話し、愛嬌あいきょうを持ってこう付け加えた。

 「だから今日はみなさん、真剣に学んでください」

 どっと会場に笑いが生まれたのだが、僕だけはヒヤッと背筋が伸びた。緩い気持ちで臨んだのを見透かされたような気がしたからだ。もちろん真剣に学んだが、その後、不良生徒はこうやって自由に好みのスパイスを加えてアレンジしまくったりしているのである。

 スパイスAは王道の香り、スパイスBはビリッと刺激的な香り、スパイスCはスーッと健やかな香り。どれも捨てがたい。気分でれられるのがチャイのいいところだとしておこう。

 ミャンマー版ミルクティーの話に戻ろう。湯が沸いて計量カップに移すと、300mlのはずが、310mlあった。少し多めだけれど、ま、いいか。彼女に言われた通り、3等分して注ぎ、練乳を入れて混ぜ合わせる。3人で飲んだ。

 「あれ!?」

 彼女が眉をひそめる。

 「どうしたの?」

 「ちょっと薄い。これ、本当に1100mlにした?」

 「い、いや、あの、その、沸かしたお湯がちょっとだけ多かったんだよね……」

 「300mlって言ったでしょー!」

 不良生徒は、またも言いつけを守らなかったのである。しかし、まさかここにも師匠がいたとは。チャイとはなんとも繊細な飲み物である。その代わり、丁寧に作ればおいしさは約束されるのだ。

◆3種のマサラチャイ
【材料・2人分】
 水 150ml
 紅茶葉 6g
 牛乳 200ml
 三温糖 10g
 スパイスAの場合
  ・カルダモンパウダー 2.0g(小さじ1/4)
  ・クローブパウダー 1.0g(小さじ1/8)
  ・シナモンパウダー 1.0g(小さじ1/8)
 スパイスBの場合
  ・ブラックペッパーパウダー 0.5g(ひとつまみ)
  ・しょうが(すりおろし) 2.5g(小さじ1/2弱)
 スパイスCの場合
  ・ミント(みじん切り) 大さじ1
  ・セロリ(すりおろし) 小さじ2
【作り方】
 鍋に茶葉と水を入れて強火で煮立て、スパイス(AかBかC)を加えて中火にして2分ほどグツグツと煮る。牛乳を注いで煮立て、吹きこぼれる手前くらいの高さをキープしながら2分ほど煮る。茶こしで漉して三温糖を混ぜ合わせる。

水野仁輔
水野仁輔(みずの・じんすけ)
カレー&スパイス研究家

 1974年静岡県浜松市生まれ。99年に男性12人の出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。各地で食のライブキッチンを開催するほか、世界のスパイス料理やカレーのルーツを探求中。著書は40冊を超え、近著に「水野仁輔 カレーの奥義」(NHK出版)、「スパイスカレー事典」(パイインターナショナル)、「いちばんやさしいスパイスの教科書」(パイインターナショナル)、「幻の黒船カレーを追え」(小学館)など。2016年にスパイスをレシピとともに届ける「AIR SPICE」を設立。